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木次線・芸備線の旅(1)
伯備線・境線の旅から続く
松江にて
8月初旬、伯備線と境線に乗車し境港まで足を伸ばし、夕刻松江に到着。松江に泊まるのは2度目だが、落ち着きのある良い町との印象が残っている。駅前のホテルにチェックインした後、散策に出た。
あてもなく町を歩きながら、夕暮れにはまだ少し早いが宍道湖に架かる橋からの美しい景色に息をのむ。遠くに松江城の天守が見え隠れし、何となくその方向に歩いていく。結局城までたどり着いてしまい、受付で聞いてみると「6時半までなので、まだ行けますよ」との明るい返事。結局、入館料を払って天守のてっぺんまで登った。時間が遅いので、他の入館客はほとんどない。ここまで酷暑の中を歩いて来たが、天守には涼しい風が吹いていて気持ちがいい。そして何より松江の町が一望できるのがいい。
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気持ちのいいまま城を辞し帰路につくが、足腰の疲れは隠しようがなく、県民会館前にさしかかった時にちょうどやってきたバスに迷わず乗車する。車内は勤め帰りの人などで満員である。松江駅まで170円也。駅ビルの中の店で夕食をとり、心地よい疲れとともにホテルに戻った。
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山陰本線で宍道まで
翌日。今日はいよいよ今回の旅のメインイベント、木次線と芸備線に乗車する。朝、ホテルでゆっくりと過ごし10:00過ぎに松江駅に。まずは10:30松江発の山陰本線普通列車で宍道まで向かう予定である。駅の案内を見ると、東京から来る寝台特急「サンライズ出雲」の到着が1時間程度遅れているとのこと。その影響で、これから乗車予定の普通列車も少し遅れるかも…との駅員さんの情報である。
改札を通ってホームに向かう。今日は「青春18きっぷ」である。
4面ある松江駅のホームには人影はまばらである。しばらく待つうちに、「サンライズ出雲」が55分遅れで到着。人気の寝台特急を目の前で見られて、少し興奮する。写真を1枚。
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待つこと少し、12分程遅れて出雲市行きの2両編成の普通列車が到着する。列車からは多くの乗客が降りてくる。
10:42松江発。車内は4人掛けボックスシート仕様である。当方の向かいに座った青年は窓外にしきりにカメラを向けている。すぐに右手に宍道湖が見えてくる。
10:44乃木着。対向列車すれ違いの後出発。右手の宍道湖が近くに迫ってくる。空は青く、対岸まで見通すことができる。そこには一畑電鉄が走っていてずっと以前に乗った記憶がある。湖面は風があって少し波立っている。
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10:49玉造温泉着。大きな荷物を持った人たちが乗車してくる。車内は5~6割ほどの埋まり具合か。若者の姿も多い。
しばらくして、向こうから特急「やくも」が走ってくるのが見える。いつの間にか線路は複線になっている。
10:55来待着。すぐに出発。湖辺に住宅地が続く。いつの間にか単線に戻っている。そしていつの間にか12分遅れが5分遅れに短縮されている。
11:00宍道着。車内アナウンスが、木次線は下りたホームの向かい側3番線で待つように告げている。
駅に着くと、思っていたより多くの乗客が下車する。向かいの青年も下車。そしてみんな目の前の3番線の乗車口と思われる場所にすばやく並ぶので、当方も慌てて列に並ぶ。ホームにいるのは同好の士と思われるおじさんたちがほとんどで、みんなカメラを抱えている。その数十数名。念願の路線を行くことへの期待感で胸が高鳴る。
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いよいよ木次線に!
やがて左の奥から、ぺんぺん草の生えまくった線路の上を、オレンジ色とクリーム色の2両編成の列車が入ってくる。ほぼ全員がカメラを向けている。当方が並んでいた場所は2両目の入り口だったのだが、そこはロングシートばかりで、すばやく1両目に移動して4人ボックス席を確保する。席に着いたとたん、車内アナウンスが後ろの車両は出雲横田で切り離し、前の車両だけが備後落合まで行くことを告げている。前の車両に移動して大正解。たぶん当方以外のみなさんは知っていたのだろうな…。
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11:18、定刻に列車は宍道駅を出発。木次線の旅のスタートである。
車内は5割程度の乗客で、地元の人らしい方もちらほら見えるが大半は同好の士と思われる人たち。すぐに深い山中に入っていく。
11:24南宍道着。山中の駅前にぽつんと一軒家が見える。
線路はさらに奥深い山中へ。両側に迫る木々の葉っぱが進む列車に触れてパチパチ言っている。これぞローカル線…。しかし先はまだまだ長い。出発してまだ10分しか経っていない。列車はディーゼルのうなり声を上げて、坂を登っていく。途中、民家がちらほら。
11:32加茂中着。駅のまわりに民家がたくさん見える。ほとんどが赤瓦である。さすが石州。出発後、少し平地が開けて田んぼが広がる。ひと山越えて中国山地のなかの盆地に入ったようである。
11:37幡屋着。途切れなく民家が続いている。
11:41出雲大東着。ここまで通ってきた中で一番の賑やか感を感じる町である。駅前には雲南市立病院と書かれた大きな建物も見える。
出発後、再び山が迫ってきて、11:47南大東着。乗降客はない。線路のすぐ横に民家があって、その境界には柵も何もない。家の庭先に線路が走っている感じ…。そう言えばここまで線路脇に田んぼや畑を見てきたが、その境界にも何もなかった。
11:53木次着。路線名にもなっている中心的な駅である。車内から駅前の様子はわからないが、周囲には多くの家々が立ち並んでいるのが見える。地元の方らしい人が下車していく。少し時間調整して、11:57木次発。
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亀嵩から出雲横田へ
12:03日登(ひのぼり)着。古風な駅名看板が見える。
出発後、久しぶりに線路の両側に山が迫ってくる。木々の枝や葉っぱが車体にあたるバチバチ音。列車はディーゼルエンジンのうなり声を上げながらゆっくり進んでいく。自転車くらいの速度か。眼下には深い谷が切れ込み、川が流れているのが見える。
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ひと山越えて少し谷が開けてきたところで、12:18下久野着。ホームには草が生え、乗降客はない。出発後、再び山中へ。しばらく走って長めのトンネルに入る。抜けたところで少し平地が開け、12:28出雲八代着。ここまで駅間10分。2~3名が乗降する。
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ここで、4人ボックス席の向かいに中年の女性が着席。後ろの車両から移ってきたようである。バッグには飲み終えたと思われるビールの缶が2本、顔をのぞかせている。列車はトンネルを抜けながら木々の間をゆっくりと走っていく。
12:36出雲三成着。「出雲」のつく駅名が続くが、景色に大きな変化はない。ちなみに各駅にはそれぞれ「神様」の名とその案内が表示されており、ここ出雲三成は「大国主命」の看板が見える。
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ここで、前の女性が席を立ち、さらに前方のロングシートの方に移動していく。代わって後ろの席にいた男性が当方の向かいに来て着席する。何やら動きが激しいなと思っていたが、その理由は次の駅で判明する。
12:45亀嵩(かめだけ)着。ホームに「出雲そば」の弁当売りの男性が見える。すると、列車が止まるやいなや車内にいた数名が前方のドアに小走りで向かい、開いたドアからすばやく弁当を買っている。みなさんよくご存じである。この路線に何度も乗っているのか、はたまた事前に様々な情報を得ているのか…。初心者の当方はただ驚くばかりである。
ちなみに、前方に移動していた女性はご主人の分と2つ、しっかりと「出雲そば弁当」を手に入れロングシートで2人仲良く食べている。新しいビール缶もしっかり手にして…。後から当方の前に座った男性も、目の前で同じ弁当を広げはじめる。車内が完全な昼食タイムとなる。
出発後、当方の横のボックス席で後ろ向きに座り、ずっと居眠りをしていた男性もいつの間にか目を覚まし、何やら持参の弁当を食べている。なお、当方はいつものことながらパンとコーヒーで先ほど済ませたところ…。
車窓は相変わらず山が深い。時々開けた土地に民家が見える。
12:57出雲横田着。駅前から市街地が広がっているのが見える。出雲横田は“たたら”による町おこしで有名となったとの記憶あり…。
宍道から2両で走ってきた列車のうち後ろの車両はこの駅までとなる。切り離し作業のため、しばし停車。多くの乗客がホームに出て体を伸ばしたりしている。当方もホームから列車の切り離し作業を写真に撮る。ここまで1時間半余り乗車してきて、少し疲れを感じてきた体に良い休憩となった。
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13:11出雲横田発。ここからは1両での旅となる。ちなみに切り離された後ろの車両は、1m後ろで折り返し木次行きとして出発を待っている。車窓には田畑や民家が広がり、やがてまた山が迫ってくる。
初めてのスイッチバック体験
13:17八川着。若いお母さんと子どもが乗ってくる。ホームには祖母らしい人が何度も手を振っているのが見える。
当方の向かいに座っている男性はボックス席から立ち上がって振り返り、前方を眺めている。少し落ち着かない。隣のボックス席の男性は、また居眠りをはじめている。線路は急勾配の上りで、列車のスピードは必然的に遅くなる。平均時速20kmくらいといったところか。車内は17~8名。ほとんどが同好の士と見える。
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13:32出雲坂根着。ついに“3段式スイッチバック”の地に到着である。当方にとって今回の旅の一大イベントの一つである。
列車はいったんこの駅で10分間の停車予定である。この間に多くの乗客がホームに出て、車両や線路の写真を撮ったりしている。当方もパシャパシャと何枚か…。線路の向こう側には「この駅は三段式スイッチバックの停車場です」「標高564m」「となりの三井野原駅は標高726m」「JR西日本で一番高所にある駅です」などと書かれた立て看板があってとてもわかりやすい。
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当方、この駅はもう一つ「延命水」が有名であることを、他の乗客の動きから教えられる。人の後について駅横に湧き出る「延命水」のところへ行き、口に一杯ありがたくいただく。
車内に戻ると、運転士さんが後ろの運転席に移動している。列車はこの後いったん逆方向に向かうことになる。
13:42出発。いよいよスイッチバックの始まりである。列車は(当方から見て)後ろ向きにゆっくりと坂を登っていく。進行方向右上に線路が見えている。折り返して後ほどあそこを通るのか…。予想以上の高所である。
13:45停止。辺りは森の中である。運転士さんが乗客の間を通って前方の運転席へ移動していく。この間、多くの乗客も車内を行ったり来たりして写真を撮りまくっている。
13:47、再び向きを変えて出発。列車はゆっくりと坂を登っていく。当方もここで席を立って車両の後方に移動。過ぎてゆく線路の写真を撮る。
こうしてスイッチバックが終了。ものの5分ほどの間であるが、とても興奮した。われわれはこうして楽しんでいるけれど、苦労して線路を敷設した先人の偉業に思いを馳せる。
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備後落合へ
景色は変わらず両サイドに木々。聞こえるのはディーゼルエンジンのうなる声とカーブで車輪がきしむ音、そして枝や葉っぱが車両にあたる音ばかりである。いくつかのトンネルを抜けたところで平地が少し開け、14:01三井野原着。先ほどの看板の数字からすると出雲坂根から一駅で162mも標高を上げてきたことになる。JR西日本で一番の高所だけあって車窓は高原の様相である。
三井野原を出発すると列車の音が急に軽やかになる。一転、坂を下っているのがわかる。地図によるとこの辺りがそろそろ県境か。長らく走ってきた島根県とお別れし広島県に入ることになる。左下方に道路が見える。ただし走っている車は見られない。
14:10油木(ゆき)着。周辺に民家がちらほらと見える。すぐに出発。
ここで車内アナウンスが「次は終点、備後落合です」と告げる。到着予定時刻まであと15分もある。何かの間違いかと一瞬思ったが、何の間違いでもなく列車は最後の15分間、何本かのトンネルを抜けながら木々の間をゆっくりと曲がりくねって坂を下っていった。
定刻14:25、列車は終点・備後落合に到着。3時間余りの木次線の旅が終了した。振り返ってみればあっという間の刺激的な旅であった。同じ車両の空間で3時間の時を過ごした同乗の方々と(当方勝手に)親近感を感じてしまった。
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ただし、ここまでが今日の旅の前半。後半は備後落合から芸備線でさらに3時間かけて広島に向かうことになっている。ちなみにここまで隣のボックスに座っていた男性は、3時間のうち9割以上は眠っていた。旅行だったのか仕事だったのか、少し気になっている。
木次線・芸備線の旅(2)へ続く