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物理学博士がプロ奢られヤーに奢ってきた話

僕の話

僕は最近、30歳になった。だからなんだという話なのだけど、いい区切りなので何か文章を書いてみたいなと思ってnoteに初投稿することにした。
これから書く出来事はもう一年くらい前のことだから、ところどころ記憶が曖昧な部分があるがご容赦いただきたい。ちなみに僕が30歳になったことと、タイトルにあるようにプロ奢られヤーに奢ってきたことはなんの因果関係もない。
僕は去年物理学の分野で博士号をとり、今はITエンジニアとして会社で働いている。
こう書くと凄そうに感じるかもしれないが、実際にはアラサーになるまで社会経験もなく何の役にも立たない物理学やら初期宇宙やらの研究をずっとやってたある種の社会不適合者である。なんの社会経験もないまま社会に放り出されてしまった僕だけど、なんだかんだで会社ではそれなりにやっている。最近はコロナでもう数ヶ月以上会社には行っていないけれど。。
僕にはバズる記事というのがよくわからないので、目立つ画像を貼るわけでもなく、文面をキラキラさせるわけでもなく淡々と書いていこうと思う。

僕とプロ奢られヤー

プロ奢られヤー(以下プロ奢さんと呼ぶ)という人間を知っているだろうか。僕が初めて彼を知ったのは確かツイッターのRTで回ってきたのをたまたま見た時だったように思う。彼はどうやらいろんな人からご飯を"奢られる"ことで生活しているらしく、奢ってきた人のエピソードで度々ツイッターでバズっていた。彼に奢りにくる人はそのへんの女子高生から研究者、前科者など脈絡がなく幅広い。そもそも彼に奢る人にとって何一つメリットなどないのに、なぜ皆が彼に奢りたがるのかとても興味があった。フォロワーは2020年の現時点で9万人おり、彼に奢ってきた人数は数千人に上るという。彼の歯に衣着せぬ言い回しはたびたびツイッターで話題になっていた。

ツイッターのDMを送ってみた

正直に言えば、僕は実際に彼に会うまで彼のことをよく知らなかった。ただなんとなく、面白そうな人だから奢ってみたいなと思ってDMしてみた。
返事がくることは期待していなかったが、意外とすぐに返事が来てとんとん拍子で奢ることになった。
彼は様々な経歴の人から奢られることをネタにしていたため、僕の「物理の分野で博士号を取った」という経験はなんとなく彼にとってもネタになるんじゃないかなとは思っていた。実際に彼は博士課程の人の話をとても聞きたがっていたように思う。
待ち合わせ場所は彼の生息地?である池袋と指定されていた。どうやら定職についてなければ住居もなく、家賃も食費もすべて誰かに奢られたり泊めてもらったりすることで解決しているみたいだった。
このころの僕には少なからず彼のことを「図々しい人」「変人」くらいに考えている部分があった。
だってそうだろう。働きもせず、相手に合わせて待ち合わせ場所を変えたりという気配りもせず、一方的に「奢られてあげる」というスタンスなのだから。
ただ、そんな彼に少なからず興味を抱いていたのも事実だった。

待ち合わせ

待ち合わせの時間に池袋に行くと、彼はふらっと現れた。
ネットでは有名人の彼だが、特に周りに気付いている人もいない様子だった。
「どこ行きたいとかあります?」
彼は飄々とした雰囲気でそう言った。多分、彼に奢る人は
「この店の焼肉を奢りたい!」
みたいな願望がある人も多いのだろう。
僕は完全に無計画で何も決めていなかったので
「うーん、何も決めてないですね」
と正直に言った。彼は表情を変えずに
「あー、じゃあ僕がいつも行ってる店でいいっすか?」
みたいなことを言ってきた気がする。初対面ではあったが、気を許した友人と仕事帰りに待ち合わせして適当に飲む場所を決めるような、そんな空気を感じた。

お店に着いて

プロ奢さんの行きつけという店に行くと、彼はメニューも見ずに
「適当に食べたいもの、飲みたいもの頼んでいいっすよ。俺は酒とか飲まないんで」
と言った。
なんだか意外だった。てっきり「他人の金で食う飯はうまい!」と言わんばかりに注文しまくるのかと思っていたからだ。
「奢られる」というのはあくまでいろんな人から話を聞くためのきっかけでしかなく、この人の目的はあくまで僕の話を聞くことなのだろうなとこの時察した。
そう考えるとこのシステムはよくできているなと思った。
「割り勘で飲みましょう」と言われても会ったことも話したこともない人間とわざわざ会って飲もうとは思わないし、むしろ「奢ります」と言われても身構えてしまう。
この人のようにいろんな人と会って情報を収集するには「奢られてあげる」スタイルでなければならないのだ。だからこそ人は物珍らしさに興味を持ち、彼に奢り、話のネタが増え、フォロワーも増え、さらに奢りたがる人間が増える。
そうして幅広く仕入れたネタはツイートしたり、一部をnoteなどで有料で配信したりして収益にする。なかなか思いつかないし、実行するのも難しい。
「この人はただの無職ではなく、かなり頭のいい人だ」とその時に思った。
彼の正確な収入は知らないけれど、多分普通のサラリーマンよりはずっと稼いでいる。
僕はお酒を飲んだ方が饒舌になるのでビールをがぶがぶ飲みながら話したが、プロ奢さんのほうはというと烏龍茶か何かを飲みながら少し食べ物を摘むくらいのものだった。


最初に話したこと

「よくこの店くるんですか?」と聞いてみた。
「最近はジョーブログ (Youtuber)とここに来たかな」と言っていた。僕はちょうどその頃ジョーブログのアフリカ縦断(だっけ?)の動画にハマっていたので「ここにジョーブログも来たのか〜」となんだか神妙な気持ちになった。
「あ、録音してもいいっすか?」と言うと、彼は会話を録音し始めた。
こうやって後からネタをまとめるらしい。
ちょうどその時は本を執筆しているらしく、本のネタも集めているようだった。
「今日の話も本に載りますか?」
と聞くと、
「本の内容はもう決まってるので載らないっすね。今日の話は博士に奢られたシリーズとしてnoteで売ろうと思ってます」
と言われた。
本に載れると思ったんだけどなーとちょっとだけ残念だった。
ちなみに後日発売された本がこれ↓


僕は買ってないけれど、amazonのレビューを見る限り評価は高いっぽい。

その話めっちゃ面白いっすね

僕の話になったので、ここでも自分の話を少し書く。
タイトルの通り僕は物理の分野で博士号をとったのだけど、昔から人より少しだけ知的好奇心が強い人間だったように思う。
小学生のころに「世界がどうやって誕生したのか」に興味が出始めた。138億年前(当時の通説では137億年前)にビッグバンで宇宙が誕生したらしいというのをどこかで知り、将来は物理学者になって宇宙誕生の謎を解明したいと思うようになった。そんなわけで僕は小学生のころから「物理を専攻して博士課程に進み、教授になる」というプランを描いていたため、ある種思った通りの人生を歩んでいたとも言える。
小学生の僕の想定と少し違ったのは博士号をとったからといってすぐに教授になれるわけではなく、研究者への道はかなり不安定で厳しいということであった。自分より優秀で研究者としてポストに付けずに挫折する人を何人もみているうちに就職の道を選ぶようになった。
そんなわけで普通に会社に就職することは当初の僕の想定外ではあったのだけど、働いてみると会社で働くのもこれはこれで楽しいなと思うようになった。
話をプロ奢さんに戻す。
「どのような研究をやっていたのか?」と聞かれて僕は大学院の実験でどのようなことをやっていたのかをざっくりと話した。
「加速器を用いて粒子をほぼ光速まで加速して衝突させることで、一時的に擬似的なビッグバンのような状態を起こせるんです」
プロ奢さんは
「その話めっちゃ面白いっすね」
と笑った。彼のその表情や目を見れば、彼が本当に僕の研究内容に興味を持ってくれていることがわかった。
「博士号」というは日本ではあまりよく知らない人が多いと思う。在学中はタクシーの運転手さんに「今なんの仕事してるの?」と聞かれて
「博士(はかせ)課程なのでまだ学生なんです」と言うと、
「あー、お医者さんなのね。頭いいね。頑張って!」とか言われる。
日本だと理系でも修士課程で就職する人が多いので、博士課程の存在自体を知らない人は多い。
ちなみに知らない人のために説明すると、大学4年間通って得られる学位が「学士(Bachelor)」、その後大学院に二年間通って得られる学位が修士(Master)、そしてその後さらに約3年間(人によっては2-5年)たって得られる最終学位が博士(Doctor)だ。
なので、博士課程を卒業するころにはストレートでも28歳になっている計算だ。

すごい!頭いいんですね!

「博士過程で一番大変だったことは何か?」
とたまに聞かれることである。
一般的に想像される苦労は
「研究成果を出すのが大変」「論文を書くのが大変」「収入がないこと」
などだろう。決して間違ってはいないのだが、博士課程まで進む人はだいたい研究が好きでやってるので、研究自体を苦に思うことは僕はほとんどなかった。むしろ自分が浮いた存在であることを一番感じるのは研究室の外、例えば友人の結婚式に呼ばれたときだ。
30歳手前になると大学時代の同期も働いて数年たって落ち着いてくるため、結婚して式に呼ばれることも増える。
そうなると久しぶりに会った友人はみな社会人だ。
ある友人の結婚式で初めて会話する女性がいた。たまたま雑談する機会があり、
「新郎のご友人の方ですよね?どんな仕事をなさっているんですか?」
と聞かれた。
「あ、僕まだ学生なんです。大学院に通っていて...」
相手は僕が仕事をしている前提で話を振ってきたため、予想外の回答にびっくりしながらも
「そうなんですね。どんな研究をされてるんですか?」
と聞かれた。僕はできるだけ専門用語を使わず、知らない人にもわかるように噛み砕いて研究の説明をする。
「えっと、加速器っていう装置を用いて...」
一通り聴き終わった彼女は笑顔を作ってこう言うのだ
「すごい!頭いいんですね!」
彼女の目を見ればわかる。彼女は社交辞令で雑談を振ってきただけで、僕の研究には1ミリも興味がないのだろう。
多分、「SEをしています」とか「テレビ局で働いてます」とか、そういうわかりやすいのを期待していたのだろう。
ほとんどの人によって僕が面白いと思っている宇宙の誕生や、物理法則や、いろんな不思議な現象はどうでもいいのだ。
これは決して珍しいことではない。むしろ彼女は会話を広げようと一生懸命に話を聞いてくれたとてもいい人だった。
ただ、僕が面白いと思っていることはほとんどの人にとってそんなに興味のないものだということを僕は研究室の外の世界に出るたびに感じていた。

サボテンってすごいんすよ!

なので、プロ奢さんが僕の研究の話を聞いて「面白いっすね!」といったとき、本当にこの人は僕の研究に興味を持ってくれているのだと思った。
「すごい!」でも「頭がいい!」でもなく、「面白いっすね!」だったのだ。
僕はプロ奢さんを見て、この人は知的好奇心が強い点において凄く自分と似ていると思った。
「最近植物にハマってるんですよ。なんでサボテンがあんな形してるか知ってます?」
突然彼は植物の話題を振ってきた。そして続けて
「普通植物って雨がよく降る場所選ぶじゃないですか。でもサボテンはライバルがいない砂漠を敢えて選んだんですよ。それで水分を逃さないためにあの形状になった。面白くないっすか?」
彼の目はキラキラしていた。夢を語る小学生のようだった。
僕は物理が専門で生物についてはあまり詳しくなかったのであまり専門的な話はできなかったが、最近読んだ「サピエンス全史」と「銃・病原菌・鉄」という本の話題を振ってみた。
プロ奢さんも既にどちらも読んでいたらしく、話は盛り上がった。
前者は我々の直接の祖先であるホモ・サピエンスがなぜ今のように進化できたのか?という本で、かつて我々人類の直接の祖先よりも脳の大きい(=頭の良い)人類が存在していたのに、なぜ我々が生き残ることができたのか?というのを多角的に考察していてとても面白い本だ。


後者は現在のような大陸ごとの文明の格差はなぜ生まれたのか?というのを斬新な視点から考察する本で、この本もとても面白い。この本では人類が農耕を始めたのが大きなターニングポイントだったと述べている。


これらの話は一例でしかないけど、とにかく彼はいろんな分野の学問に対する興味、関心が強かったし僕なんかよりずっと本をよく読む人だった。
僕のように博士課程で一つのことを突き詰めるのと違い、彼はいろんな専門家やいろんな環境の人から話を聞いて、それを素直に「面白いなぁ」と楽しんでいるように見えた。
「いやぁ、博士課程の人の話を聞くのはおもしろいです。一つのことを突き詰めてる人の話って面白い」
彼はそう言った。
「じゃあ逆に専門家以外の人からはあまり奢られないんですか?」
と聞くと、
「いや、そんなことないですよ。ごく普通のJKとかからも奢られます」
と言っていた。
「普通のJKから奢られて、その話って面白いんですか?」
と、僕は素直な疑問をぶつけた。
「普通のJKだから面白いんですよ。だって、今のJKの間で何が流行ってるとか直接聞けるんですよ?大人になって普通に生活してたら教師でもない限りJKの日常について聞けることなんてないじゃないすか」
そう言われてみると、確かにそうだ。
JKは「当たり前」に存在しているが、社会に出て働く大人にとって、現在のJKと話す機会は決して「当たり前」ではない。
彼と話すとそういった様々なことに気づかされた。
彼はその風変わりな言動から、いろんな人から目をつけられてSNSで知らない人から罵詈雑言を浴びている。
しかし、彼はそういった人たちを「多様性」と呼んで、それ自体を楽しんでいるようだった。彼にとってアンチは「自尊心を傷つける嫌な奴」ではなく、「わざわざSNSで粘着してくる不思議で多様な人々」くらいなのだろう。そのメンタリティに学ぶことは多い気がする。

終電

気付くと数時間が経過していて、終電の時間が迫っていた。
「じゃあそろそろ終わりましょうか」
お会計はほとんど僕が勝手に飲み食いしたもので、プロ奢さんは本当に烏龍茶一杯のみながら適当に食べ物をつまんでいるだけだった。
そういえば...
僕は思い出した。確か最初のルールには「時間は1時間」と明言されていたはずだ。
「1時間、越えちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
と聞くと
「うん、大丈夫。1時間って言っておけば話がつまらなかった時でも1時間で抜ける理由になるでしょ。今日は楽しかったから」
この人、何も考えないのかと思っていたけど、結構したたかだと思った。
「じゃ、お疲れ様です」
と言うと、彼はふらっと池袋の人混みの中へと消えていった。

橋下徹と本田圭佑

後日、僕はテレビで彼を見た。
林修の番組で、橋下徹が高学歴ニートに説教する、という内容だった。
テレビに映るプロ奢さんにはいかにも社会不適合者という雰囲気で
「別に親が勝手に産んだだけだし、親孝行なんてしなくていいでしょ」
というスタンスを貫いて橋下徹に絶句されていた。
プロ奢さんは、多分テレビ番組における自分の役割をわかって敢えて演じているように見えた。僕は彼がニートと言いつつそのへんのサラリーマンより稼いでいることや、親にお金を渡していることを知っていた。
この人は決して社会不適合者なんかじゃない、と思った。
この人は誰よりも器用に、したたかに、現代社会に溶け込んで生きている。
そう思った。
さらに後日、Youtubeを見ていたらたまたま橋下徹と本田圭佑が対談していて、橋下徹が
「いや、最近テレビ番組でニートの人たちに授業したんだけどね」
という話をしていて、本田圭佑が熱心に頷いていた。
なんだか話がどんどん大きく、遠くなっていくように感じた。
プロ奢られヤー。彼は僕が今まであった中で一番不思議な人間だったかもしれない。

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