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風呂なしアパート人生、バンザイ。

J-WAVEのラジオ番組
『 TRAVELLING WITHOUT MOVING 』
野村訓一さんのあの低音ボイスと
旅心を刺激してくれる話しが大好きで
毎週欠かさず「radiko」で聴いています。

お気に入りの聴き方は
ドライブをしながら車内で聴くか
街へひとり飲みに行ったときに歩きながら聴くか。

移動していることで旅感覚になりやすくて
話しや音楽がスーッと入ってくるからかなと思います。

で、ちょっと前に
たまらなく心を動かされてしまった回がありました。
自分の人生を久しぶりに振り返ってしまうほどに。

その回のテーマは「風呂なしアパート」。

そう、自分も住んでいたことあるんです
風呂なしアパートという物件に。

コスタリカでの
フットボールライフから帰国した
20代後半から30代半ばにかけて
吉祥寺南町のトイレあり風呂なしアパート
久我山の玉川上水沿いのトイレ共同風呂なしアパート
吉祥寺本町のトイレ共同風呂なしアパートと
合わせて8年くらいもの間
風呂なしアパートで生活を送っていました。

当時、お金がそんなになかったから
という理由も正直あります。

しかも
お風呂がないから家賃が安いというだけでなく
最初のふたつの物件に関しては
取り壊しが決まっている
期間限定でしか住めない物件ということで
吉祥寺南町アパートは35,000円くらい
(1Kで部屋は6畳、吉祥寺駅から徒歩5分)
久我山アパートに関しては20,000円くらいと
(4畳半のみのワンルーム、久我山駅から徒歩8分)
かなりお得な物件ではありました。

ただ、あえて風呂なしアパートを選んだのは
お金がないからという理由だけではなくて
住む場所自体にお金をかけたくなかったから。

ブラジルやコスタリカで生活をしたり
様々な国への旅で安宿に泊まっているうちに
どこでも寝られる身体になっていたこと
不便な環境で暮らすのが苦ではなくなっていたこと
周りからの見られ方が気にならなくなっていたこと
そして、そもそも家で過ごす時間が短いこと
(家にずっといることが耐えられない…)
そんな諸々の理由から
家賃にお金をかけたくない思考になっていき
自然と風呂なしアパートを
選択するようになっていきました。

家にお風呂はないので
高校でのサッカー指導後に
学校のシャワーを浴びさせてもらったり
いくつかの銭湯に日替わりで行ったり
コインシャワーでパッと済ませたり
台所の水道でシャンプーをして
タオルで身体を拭くだけというときもありました。

洗濯機もないので
洗濯は銭湯に併設されているコインランドリーで。

とても便利とは言えない生活でしたが
不思議と不快な感じはまったく残らなくて。

それはたぶん
初海外となった19歳のときのブラジルでの寮生活が
それまでの自分の固定観念を
ぶち壊してくれからじゃないかなと。

2段ベットが4つあるだけの8人部屋で
壁は太陽の熱を持って暑く、クーラーはなし。

トイレとシャワーは
25人前後が住む寮内にひとつしかなく
しかも同じスペースにあるので
どちらかを使っていたら空いてる方は使えず。

食事は
吹き抜けになっているスペースにある食堂で
常にハエが飛び交っているなかで。

最初は戸惑いましたが
そんな不便な環境にもあっという間に慣れ
楽しく生きていくことができていました。




『深夜特急』のなかで
沢木耕太郎さんがこんなことを綴っていましたが
これにとても近い感覚かなと思います。


「 便所で手が使えるようになった時
 またひとつ自分が自由になれたような気がした。
 ガヤの駅前では野宿ができた。
 ブッダガヤの村の食堂では
 スプーンやホークを使わず
 三本の指で食べられるようになった。
 そしてこのバグァでは
 便所で紙を使わなくてもすむようになった。
 次第に物から解き放たれていく。
 それが快かった 」


制限のある環境のなかだからこそ
物や固定観念から解き放たれていくんだ。
頭も、心も、身体も自由になれていくんだ。

旅などの非日常の醍醐味は
そんな快さが味わえることなんですよね。

で、自分のなかでその快さは
「生きていく上での根拠のない自信」
にもなっていくんだよなぁと思っています。

数年前に
海外サッカー留学を斡旋している会社の人から
こんな話しを聞いたことがあります。


「 留学を考えている家族への説明会で
 現地の寮の写真を見せて説明していたら
 " 共同のキッチンとかは無理です "
 " ひとり部屋じゃないならやめます "
 ということを結構言われるんです… 」


否定はしないのですが
なんかもったいないなぁとは思います。

おそらく今の日本は世界で一番
不便が少なく便利に囲まれている国なので
便利を取りに行ったとしても
子どもの経験値にはならないんじゃないかなと。

逆に日本では味わえない不便なことを
たくさん経験していけたなら
日本に帰ってきたときの
その子の目はきっと前よりも輝いているはず。

プランニングディレクターの西村佳哲さんが
あるインタビューのなかで
「冒険」についてステキなことを言っていました。


『 人間には
 「コンフォートゾーン」という馴染みがあって
 安心できる空間があるといいます。
 多くの場合はそれが
 家庭だったりお母さんとの関係性だったり
 あるいは飼い犬やおばあちゃんや
 近所にある木だったり。
 自分が安心していられる場所を
 みんな持っています。

 冒険というのは
 そのコンフォートゾーンから
 外に一歩足を踏み出してみること。
 ダメだったらまた戻って
 機会があったらまた踏み出して、また戻って。
 でももう一度踏み出したとき
 「ここにいられるな」って感じたら
 そのとき自分のコンフォートゾーンが膨らむ
 広がるんですよね。

 これが冒険教育における「成長」だと。
 めっちゃ素敵って思って 』


そう、冒険教育。

それをサッカーのなかで考えると
やっぱり「エコロジカル・アプローチ」だなと。




これからの人生で
風呂なしアパートに住むことは
もうないかもしれないけど
間違いなく言えるのは、旅に出たときに
綺麗で整った4つ星や5つ星のホテルに
ずっと滞在することはない、ということ。

安宿や民泊のような
その国や人が見えるところに滞在したいんですよね。
そして、その国っぽい
食堂や屋台に食べに行きたいです。

ああ、旅したくなってきた…

沢木耕太郎の「深夜特急」や
猿岩石の「ヒッチハイクの旅」に惹かれたり
街でバックパッカーを見ると声をかけたくなる方は
『 TRAVELLING WITHOUT MOVING 』
ぜひぜひ聴いてみてください。




35歳のとき、吉祥寺本町の風呂なしアパートの前にて


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