
なぜ人は、存在しない『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の吹替に思い入れを持ってしまうのか。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』新吹替版が放送
去る2月7日、日本テレビ系「金曜ロードショー」にて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が放送された。
🎊発表🎊
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) January 9, 2025
金曜ロードショーでしか見られない新吹替版✨
2月7日⚡️本編ノーカット
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
2月14日⚡️本編ノーカット
『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』
2月21日⚡️本編ノーカット
『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』#宮野真守 #山寺宏一 #三宅健太… pic.twitter.com/7zJdD8JrJp
3週連続放送の一発目で、いわばこけら落としとも云うべきオンエア。売りになっていたのは、金ローでしか見られない新吹替版である。
マーティ:宮野真守
ドク:山寺宏一
ビフ:三宅健太
ロレイン:沢城みゆき
ジョージ:森川智之
ジェニファー:瀬戸麻沙美
ストリックランド:浦山迅
翻訳:島伸三(ソフト版台本を部分的にリライト)
演出:安江誠
↓端役と特別出演まで含めた全キャスト↓

マーティ(マイケル・J・フォックス):宮野真守、ドク(クリストファー・ロイド):山寺宏一をはじめ、スター声優・実力派声優をめいっぱい集めた、間違いの無い布陣。『PART3』に登場し、ドクが一目惚れするクララ(メアリー・スティーンバージェン)役には、朴璐美の登板が発表されている。
金曜ロードショーは近年、オリジナル吹替版の製作に力を入れており、2021年には『パラサイト/半地下の家族』、22年に『ローマの休日』、23年には『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』の新規吹替を製作した実績がある。2024年に新規の吹替製作が無かったのは、本作のためにパワーを溜めていたのだろうか。
個人的に良かったのは宮野マーティの、慌てたり狼狽えたりする芝居。マイケル・J・フォックスの魅力である「コミカル寄りの二枚目半」キャラに、宮野の上ずった声が絶妙にマッチ。コメディ要素のある映画で、吹替によって笑い所が増えるのは、何だかお得感がある。
過去の『BTTF』吹替版
『BTTF』第1作は1985年の映画で、今年(2025年)で40周年を迎える。その間、テレビの映画枠でも繰り返し放送されてきた。おそらくあなたも、テレビで見て、その面白さに驚いたクチではあるまいか。
で、洋画が地上波放送されるときは、吹替での放送がデフォルトになる。そして民放各局がそれぞれ映画枠を持っていた90年代までは、ビデオソフト用の吹替が既にある作品でも、テレビ放送用に別の吹替版が製作されるケースが多かった。
『BTTF』もご多分に漏れず、日本語吹替のバージョン違いが複数存在する。そんなTV放送版吹替に思い入れある人も、たくさんいるようで。
仕方ない事なんだけど。
— アスラン (@Qg4kkABVAmGca9v) January 10, 2025
この映画の歴史は青野さんと三ツ矢さんでしか成り立たない所があって。
これ以降の歴史は、この二人で成り立って行くんだろうけど、それでもやっぱり個人的には前者が好きかもしれないなぁ。
せっかくだから同じタイミングで過去のアフレコ版をBSで放送してくれないかな?聴き比べが出来たら最高の贅沢だよ。
— AFC(昭和脳人) (@afc3bikidoumei) January 31, 2025
個人的にはマーティ=三ツ矢雄二、ドク=青野武版が好み。 https://t.co/qGBXifqqsr
ウォォォォーーーーー
— リュウ (@JirotanianSV) January 31, 2025
来週バック・トゥ・ザ・フューチャーじゃねえかーーーーー
三ツ矢雄二だよな⁉️青野武だべ⁉️
……
へ、宮野真守❓山寺宏一がドク❓
吉原年齢みたいに騙された気分だぜ…
(ハリー・ポッターにはあえて触れない) pic.twitter.com/Bil6kb24K7
マモマーティ、山寺ドクは楽しみだけど、やっぱり三ツ矢雄二&青野武(敬称略)版がいちばんだなぁ…
— 八花堂/伊庭薫 (@hakkado88) January 26, 2025
吹き替えはテレビ版の魅力の一つ。
— はる (@gurruttkansai) January 10, 2025
僕はバック・トゥ・ザ・フューチャーと言えば三ツ矢雄二さん(マーティ役)と青野武さん(ドク役)。 https://t.co/QGUznnf01Y
私も青野武さん×三ツ矢雄二さんの組み合わせが一番馴染み深いですね〜。
— 三井 裕 (@blue_sky_303) January 10, 2025
今度は宮野真守さん×山寺宏一さんという新しい組み合わせなので、楽しみです!
三ツ矢マーティ、青野ドクに慣れてしまったので、新吹き替え違和感あるぜ…(笑)
— 古山彩美 (@saibi_himejo) February 7, 2025
でもほんっと何回見ても面白いから、好きですわ~
と、ここまで並べておいて何だが、マーティ:三ツ矢雄二、ドク:青野武というキャスティングの吹替は存在しない。迂闊なことを書き込む前に、ウィキペディアくらい読んでみてはどうか。
正しい過去の『BTTF』吹替版

『BTTF』シリーズの日本語吹替は、今回の新吹替版を除いても延べ5バージョンあり、現在ソフト収録されていて容易に視聴できるのは、
・ビデオ版
・テレ朝「日曜洋画劇場」版
・BSジャパン(現:BSテレ東)「シネマクラッシュ」版
の3バージョンである。以下、駆け足で3バージョンをそれぞれ紹介していこう。
※『PART1』のみ存在するフジテレビ版(通称Wユージ版)、『PART3』のみ存在する旧・日テレ版は割愛。今はもう見る手段が無いので。
<ビデオ版(ソフト版)>
マーティ:山寺宏一
ドク:青野武
ビフ:谷口節
ロレイン:佐々木優子
ジョージ:富山敬
ジェニファー:勝生真沙子
ストリックランド:大木民夫
クララ:吉田理保子
翻訳:島伸三
演出:伊達康将
元々は機内上映用に製作されたものらしい。ビデオ、DVD、Blu-ray、UHDと、全てのパッケージソフトに収録。さらに各種配信サービスでも使用されている、オフィシャルにしてスタンダードな吹替。
2020年に『金曜ロードSHOW!(現:金曜ロードショー)』にて初めて地上波放送された。その影響か、UHDのパッケージでは、このバージョンが日テレ版として扱われている。メニュー画面の音声選択では「ビデオ/『金曜ロードSHOW!』版」という表記。ややこしいな。
声優オタク的に面白いのは、マーティの父ジョージが富山敬で、母ロレインが佐々木優子、つまり『ちびまる子ちゃん』のさくら友蔵・こたけ夫妻なところ。ドクの青野武は2代目友蔵だし、『BTTF』は『ちびまる子ちゃん』だったのか!?
(そう考えると、なんだか親近感が増すよね)
個人的にソフト版で推したいポイントは、ビフ(トーマス・F・ウィルソン):谷口節である。
後述するテレ朝版の玄田哲章ビフは、どこかアニメチックな愛嬌を残していた(それはそれで魅力的)。それに対し谷口節ビフは「圧」の強さが尋常ではなく、全身から純度100%の「近づいちゃいけないワル」オーラがみなぎっている。まさしく『PART3』におけるビュフォードの異名「マッド・ドッグ(狂犬)」そのものであった。
<テレ朝「日曜洋画劇場」版>
マーティ:三ツ矢雄二
ドク:穂積隆信
ビフ:玄田哲章
ロレイン:高島雅羅
ジョージ:古川登志夫
ジェニファー:佐々木優子
ストリックランド:池田勝(PART1)、宮内幸平(PART2)、加藤精三(PART3に登場するご先祖)
クララ:池田昌子
翻訳:たかしまちせこ
演出:左近允洋
三部作すべて地上波での初放送はテレ朝「日曜洋画劇場」で行われ、以後の再放送でも、ほとんどはこのバージョンが長らく使われた。そのため非常に人気が高く、たぶん『BTTF』の話をする映画オタクの78%くらいは、テレ朝版吹替を念頭にしてトークしてると思う。何を隠そう、私が初めて『BTTF』を見たのもこの吹替だったから、とても思い入れが強い。
ソフト収録を望むファンの声に応え、2008年「ユニバーサル思い出の復刻版」にてDVD化(現在は入手困難)。その後、2010年発売のBlu-rayにも収録され、気軽に見ることが可能となった。
なお、初版BDは『PART2』のみ、音質が非常に悪い。その後、製作35周年記念で発売されたUHDと4Kリマスター版BDでは、クリアな音質のものに差し替えられている。
テレ朝版で白眉なのは、なんと言ってもクララ:池田昌子だろう。なにせメーテルである、オードリー・ヘップバーンである。「美女」という概念をそのまま音声に変換したかの如き優雅な声は、『PART3』に付き纏っていた
「ドクが一目惚れするクララが魅力的でない」
などという批判を、真っ向から打ち砕く輝きを放っていた。映画の弱点を声優の演技がかき消す、まさに日本語吹替の醍醐味を体現したキャスティングといえよう。
<BSジャパン(BSテレ東)「シネマクラッシュ」版>
マーティ:宮川一朗太
ドク:山寺宏一
ビフ:新垣樽助
ロレイン:小林沙苗
ジョージ:加瀬康之
ジェニファー:白石涼子
ストリックランド:青山穣
クララ:戸田恵子
翻訳:たかしまちせこ(テレ朝版台本を部分的にリライト)
演出:向山宏志
元々マイケル・J・フォックスは、TVドラマ『ファミリータイズ』で有名になった。同作は日本でもテレビ東京で地上波放送され、そこで吹替を担当していたのが、俳優の宮川一朗太である。
宮川はマイケルが映画スターとなった後も、『摩天楼はバラ色に』、『ハード・ウェイ』、『カジュアリティーズ』、『さまよう魂たち』等、多くの作品で吹替を担当。しかし、代表作である『BTTF』のマーティを演じる機会には、長らく恵まれなかった。
(フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」で『BTTF』が放送された際、マーティの吹替は織田裕二)
マーティを演じられなかった悔しさを、宮川は「死んでも死にきれない」と表現している。
時は流れ2014年。
『ファミリータイズ』のファンだったBSジャパン(現:BSテレ東)のプロデューサー:久保一郎が一念発起。満を持してマーティ:宮川一朗太のバージョンが制作される運びとなる。しかもドクには、かつてマーティを演じた山寺宏一を起用(だから日テレ版の山ちゃんドクは2度目)。Wユージ版ならぬ、Wマーティ版の登場となった。
4年経った2018年に『PART2』『PART3』も吹替が製作され、『PART1』を含めた3週連続放送を実施。吹替マニアが長年待ち焦がれた、宮川マーティの『BTTF』三部作が出揃い、完結を迎えた。
2018年の放映当時、三部作をやりきった宮川一朗太が「思い残すことはありません」とコメントしたが、見届けた私も、まったく同じ気持ちだった。『PART3』の終幕を表す
THE END
の字を見たとき、これまでに無い達成感が、全身を駆け巡った。
思えば長いこと、
「もしデロリアンに乗って過去に行けたら、フジテレビに突撃して『BTTF』Wユージ版の制作をやめさせたい。マーティに宮川一朗太をキャスティングして、ドクは中村正か羽佐間道夫あたりを……」
などと埒もないこと妄想してきた。それを叶えてくれたダークボPには、深く感謝している。
その後「35thアニバーサリーエディション」にて、ビデオ版・テレ朝版と共に、BSテレ東版もめでたく収録。3部作を3種の吹替で視聴できる究極のソフトを入手したことで、私が『BTTF』に関して思い残すことは、全て無くなった。
あなたの中の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
今回新しく製作・放映されたマーティ:宮野真守バージョンで、『BTTF』を初めて見た人もいるだろう。もしかしたら、このnoteを今読んでいるあなたが、その初見さんかもしれない。
過去に製作されたバージョンには、それぞれに思い入れを持ったファンがいる。おそらくみんな、「最初に見た」という動機で、好きな吹替を推すのだろう(私にとってはテレ朝版)。
日テレ版に対して、そんな思い入れを持つ層が生まれたのかと思うと、なんだかワクワクしてくる。2018年「シネマクラッシュ」で特集放送された際の予告で使われた
「永遠に愛されるSF映画の名作」
というフレーズを、しみじみと噛みしめる今日このごろなのである。