見出し画像

なぜ人は、存在しない『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の吹替に思い入れを持ってしまうのか。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』新吹替版が放送

去る2月7日、日本テレビ系「金曜ロードショー」にて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が放送された。


3週連続放送の一発目で、いわばこけら落としとも云うべきオンエア。売りになっていたのは、金ローでしか見られない新吹替版である。

マーティ:宮野真守
ドク:山寺宏一
ビフ:三宅健太
ロレイン:沢城みゆき
ジョージ:森川智之
ジェニファー:瀬戸麻沙美
ストリックランド:浦山迅

翻訳:島伸三(ソフト版台本を部分的にリライト)
演出:安江誠

↓端役と特別出演まで含めた全キャスト↓

上記リンク先から引用

マーティ(マイケル・J・フォックス):宮野真守、ドク(クリストファー・ロイド):山寺宏一をはじめ、スター声優・実力派声優をめいっぱい集めた、間違いの無い布陣。『PART3』に登場し、ドクが一目惚れするクララ(メアリー・スティーンバージェン)役には、朴璐美の登板が発表されている。

金曜ロードショーは近年、オリジナル吹替版の製作に力を入れており、2021年には『パラサイト/半地下の家族』、22年に『ローマの休日』、23年には『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』の新規吹替を製作した実績がある。2024年に新規の吹替製作が無かったのは、本作のためにパワーを溜めていたのだろうか。

個人的に良かったのは宮野マーティの、慌てたり狼狽えたりする芝居。マイケル・J・フォックスの魅力である「コミカル寄りの二枚目半」キャラに、宮野の上ずった声が絶妙にマッチ。コメディ要素のある映画で、吹替によって笑い所が増えるのは、何だかお得感がある。


過去の『BTTF』吹替版

『BTTF』第1作は1985年の映画で、今年(2025年)で40周年を迎える。その間、テレビの映画枠でも繰り返し放送されてきた。おそらくあなたも、テレビで見て、その面白さに驚いたクチではあるまいか。

で、洋画が地上波放送されるときは、吹替での放送がデフォルトになる。そして民放各局がそれぞれ映画枠を持っていた90年代までは、ビデオソフト用の吹替が既にある作品でも、テレビ放送用に別の吹替版が製作されるケースが多かった。

『BTTF』もご多分に漏れず、日本語吹替のバージョン違いが複数存在する。そんなTV放送版吹替に思い入れある人も、たくさんいるようで。

と、ここまで並べておいて何だが、マーティ:三ツ矢雄二、ドク:青野武というキャスティングの吹替は存在しない。迂闊なことを書き込む前に、ウィキペディアくらい読んでみてはどうか。

正しい過去の『BTTF』吹替版

2010年発売のブルーレイBOXより

『BTTF』シリーズの日本語吹替は、今回の新吹替版を除いても延べ5バージョンあり、現在ソフト収録されていて容易に視聴できるのは、

ビデオ版
・テレ朝「日曜洋画劇場」版
・BSジャパン(現:BSテレ東)「シネマクラッシュ」版

の3バージョンである。以下、駆け足で3バージョンをそれぞれ紹介していこう。
※『PART1』のみ存在するフジテレビ版(通称Wユージ版)、『PART3』のみ存在する旧・日テレ版は割愛。今はもう見る手段が無いので。

<ビデオ版(ソフト版)>

マーティ:山寺宏一
ドク:青野武
ビフ:谷口節
ロレイン:佐々木優子
ジョージ:富山敬
ジェニファー:勝生真沙子
ストリックランド:大木民夫
クララ:吉田理保子

翻訳:島伸三
演出:伊達康将


元々は機内上映用に製作されたものらしい。ビデオ、DVD、Blu-ray、UHDと、全てのパッケージソフトに収録。さらに各種配信サービスでも使用されている、オフィシャルにしてスタンダードな吹替。

2020年に『金曜ロードSHOW!(現:金曜ロードショー)』にて初めて地上波放送された。その影響か、UHDのパッケージでは、このバージョンが日テレ版として扱われている。メニュー画面の音声選択では「ビデオ/『金曜ロードSHOW!』版」という表記。ややこしいな。

声優オタク的に面白いのは、マーティの父ジョージが富山敬で、母ロレインが佐々木優子、つまり『ちびまる子ちゃん』のさくら友蔵・こたけ夫妻なところ。ドクの青野武は2代目友蔵だし、『BTTF』は『ちびまる子ちゃん』だったのか!?
(そう考えると、なんだか親近感が増すよね)

個人的にソフト版で推したいポイントは、ビフ(トーマス・F・ウィルソン):谷口節である。
後述するテレ朝版の玄田哲章ビフは、どこかアニメチックな愛嬌を残していた(それはそれで魅力的)。それに対し谷口節ビフは「圧」の強さが尋常ではなく、全身から純度100%の「近づいちゃいけないワル」オーラがみなぎっている。まさしく『PART3』におけるビュフォードの異名「マッド・ドッグ(狂犬)」そのものであった。

<テレ朝「日曜洋画劇場」版>

マーティ:三ツ矢雄二
ドク:穂積隆信
ビフ:玄田哲章
ロレイン:高島雅羅
ジョージ:古川登志夫
ジェニファー:佐々木優子
ストリックランド:池田勝(PART1)、宮内幸平(PART2)、加藤精三(PART3に登場するご先祖)
クララ:池田昌子

翻訳:たかしまちせこ
演出:左近允洋

三部作すべて地上波での初放送はテレ朝「日曜洋画劇場」で行われ、以後の再放送でも、ほとんどはこのバージョンが長らく使われた。そのため非常に人気が高く、たぶん『BTTF』の話をする映画オタクの78%くらいは、テレ朝版吹替を念頭にしてトークしてると思う。何を隠そう、私が初めて『BTTF』を見たのもこの吹替だったから、とても思い入れが強い。

ソフト収録を望むファンの声に応え、2008年「ユニバーサル思い出の復刻版」にてDVD化(現在は入手困難)。その後、2010年発売のBlu-rayにも収録され、気軽に見ることが可能となった。

なお、初版BDは『PART2』のみ、音質が非常に悪い。その後、製作35周年記念で発売されたUHDと4Kリマスター版BDでは、クリアな音質のものに差し替えられている。

テレ朝版で白眉なのは、なんと言ってもクララ:池田昌子だろう。なにせメーテルである、オードリー・ヘップバーンである。「美女」という概念をそのまま音声に変換したかの如き優雅な声は、『PART3』に付き纏っていた
「ドクが一目惚れするクララが魅力的でない」
などという批判を、真っ向から打ち砕く輝きを放っていた。映画の弱点を声優の演技がかき消す、まさに日本語吹替の醍醐味を体現したキャスティングといえよう。


<BSジャパン(BSテレ東)「シネマクラッシュ」版>

マーティ:宮川一朗太
ドク:山寺宏一
ビフ:新垣樽助
ロレイン:小林沙苗
ジョージ:加瀬康之
ジェニファー:白石涼子
ストリックランド:青山穣
クララ:戸田恵子

翻訳:たかしまちせこ(テレ朝版台本を部分的にリライト)
演出:向山宏志

元々マイケル・J・フォックスは、TVドラマ『ファミリータイズ』で有名になった。同作は日本でもテレビ東京で地上波放送され、そこで吹替を担当していたのが、俳優の宮川一朗太である。

宮川はマイケルが映画スターとなった後も、『摩天楼はバラ色に』、『ハード・ウェイ』、『カジュアリティーズ』、『さまよう魂たち』等、多くの作品で吹替を担当。しかし、代表作である『BTTF』のマーティを演じる機会には、長らく恵まれなかった。
(フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」で『BTTF』が放送された際、マーティの吹替は織田裕二
マーティを演じられなかった悔しさを、宮川は「死んでも死にきれない」と表現している。

時は流れ2014年。

『ファミリータイズ』のファンだったBSジャパン(現:BSテレ東)のプロデューサー:久保一郎が一念発起。満を持してマーティ:宮川一朗太のバージョンが制作される運びとなる。しかもドクには、かつてマーティを演じた山寺宏一を起用(だから日テレ版の山ちゃんドクは2度目)。Wユージ版ならぬ、Wマーティ版の登場となった。

4年経った2018年に『PART2』『PART3』も吹替が製作され、『PART1』を含めた3週連続放送を実施。吹替マニアが長年待ち焦がれた、宮川マーティの『BTTF』三部作が出揃い、完結を迎えた。

2018年の放映当時、三部作をやりきった宮川一朗太が「思い残すことはありません」とコメントしたが、見届けた私も、まったく同じ気持ちだった。『PART3』の終幕を表す

THE END

の字を見たとき、これまでに無い達成感が、全身を駆け巡った。

思えば長いこと、

「もしデロリアンに乗って過去に行けたら、フジテレビに突撃して『BTTF』Wユージ版の制作をやめさせたい。マーティに宮川一朗太をキャスティングして、ドクは中村正か羽佐間道夫あたりを……」

などと埒もないこと妄想してきた。それを叶えてくれたダークボPには、深く感謝している。

その後「35thアニバーサリーエディション」にて、ビデオ版・テレ朝版と共に、BSテレ東版もめでたく収録。3部作を3種の吹替で視聴できる究極のソフトを入手したことで、私が『BTTF』に関して思い残すことは、全て無くなった


あなたの中の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

今回新しく製作・放映されたマーティ:宮野真守バージョンで、『BTTF』を初めて見た人もいるだろう。もしかしたら、このnoteを今読んでいるあなたが、その初見さんかもしれない。

過去に製作されたバージョンには、それぞれに思い入れを持ったファンがいる。おそらくみんな、「最初に見た」という動機で、好きな吹替を推すのだろう(私にとってはテレ朝版)。

日テレ版に対して、そんな思い入れを持つ層が生まれたのかと思うと、なんだかワクワクしてくる。2018年「シネマクラッシュ」で特集放送された際の予告で使われた

「永遠に愛されるSF映画の名作」

というフレーズを、しみじみと噛みしめる今日このごろなのである。


いいなと思ったら応援しよう!