僕はビルボード横浜に行ってきたんだ
生きてきた中で「場違いなところに来てしまったな」と思った場所は過去に2つある。
一つ目は初めて東京に降り立った時。
田舎から東京へ夜行バスで向かい、終点の池袋駅前で降り立った時。
壁のように聳え立つ西武百貨店の看板を見て思った。
田舎もんが来るような場所じゃないと。
二つ目は初めてのミュージカルを観覧するため、日生劇場に行った時。
多くのマダムに囲まれ、心細く座席に座っていた。
お目当ての人を見るためとはいえど肩身の狭い思いをした時に思った。
初心者が来るような場所じゃないと。
そして今回で3つ目。
舞台は高層ビルが立ち並びながらも開放感のある横浜・みなとみらい。
これは、煌びやかでうっとりとしてしまいそうな装飾と美味しい酒・料理と最高のショーを提供するビルボード横浜へ出向いた、20代後半に差し掛かった男の奮闘記である。
ビルボード横浜へ行こうと決めた、きっかけ
何気なくTwitter(現X)を覗き見ていた時に、とある情報に目を留めた。
平野綾がライブをするらしい。
思わず身を乗り出して、その情報にかぶりついた。
私は中高生の頃から、彼女のファンであると自負している。彼女のライブならぜひ行きたい。そう思ったのだ。
しかし、ライブの場所がビルボード大阪・横浜と書かれていた。
それを見て、自分みたいな人間はお呼びでないな。と思ったのだ。
ビルボードライブ。
少し調べる。出てくる画像や資料に目を通せば通すほど、音楽を嗜み、酒や料理を楽しむ大人たちの社交場のように見えた。
こんなところに自分は行ってはいけない。
酒は飲まないし、大人になりきれていない自分がそんなところに行ったら浮いてしまう。そして、そんな場所に行く勇気すら持ち合わせていない。
今回のライブは諦めよう。
すぐに自分は判断した。懸命な判断だ。と思った。
その後、ライブがあることさえすっかり忘れていった。
しかし、ライブの開催まで3週間ほどというところで急に興味が湧いてきた。
それは一体なぜか。
彼女の芸能活動が25周年を迎えた。そして、2019年以来のライブ。今回のライブには行かなくとも、後に何らかのイベントはあるだろう。と思っていながらもライブの興味を捨てきれなかった。
コロナウイルスの蔓延で多くのイベント開催が滞る以前、何度か舞台にも行ったし、ライブにも行った。しかし、2020年以降はパタリとイベントは消え去った。どうにもならない情勢に諦念し、イベントに参加しないような生活を送ることに決めた。それが当たり前になった。
それがここ最近の、5類に移行されたことでの世間一般で多くのイベントが再開されたことに感化された。
4年のブランクを少しでも埋めたいと思ったのだ。
時間は元に戻らない。
空白の時間を埋めるには今、行動するしかないのではないか。
今、このブランクを埋めたい。
そう思うと、衝動を抑えられなくなった。
ビルボードライブなんて高貴な場所な気がする。
服装はどうしたらいい?食事もできるらしいがどんなのがあるんだ?という不安が吹き上がる。そして、それを解決する方法なんて全く知らない。
それでも衝動は不安を押しのける。
はっきりと理解しないままに、公式サイトへアクセスし、クレジットカード番号を入力し、チケットを購入した。最早、本能に近い。
ライブへの高揚感と不安に近い疑問を抱きながら、3週間近くを過ごした。
当日。
7月24日午後6時半。
緊張感が出てきた。開演まであと1時間。慣れないことをするものじゃないな、とどこか後悔の気持ちを抱く。
ビルボードの近くにホテルを取った。自宅から横浜まで2時間。ライブを終えた後に自宅に帰る体力はないだろうと思ったからだ。
部屋から外を見る。カーテンを開けてみると大岡川が見えた。川の横に立つホテルの9階。横浜みなとみらいの空は暮れなずみ、沈むかけの陽の光が目に刺さる。
意を決して部屋を出た。ホテルのロビーは妙に静かだった。チェックインの際にいた外国人観光客の姿がない。みんな街に繰り出したのだろうか。静けさが緊張感に拍車をかける。
道中は嫌に足取りが重かった。場違いなところに行く緊張感もそうだが、ドキドキとはっきりとした鼓動が耳に響く。すごい緊張だ。こんな緊張はいつ以来だろうか。
就職試験でもこんな緊張を抱いたことはない。
思い出した。そうだ。2019年のライブ以来だ。
平野綾単独のライブとしては2019年のライブ以来4年ぶりだ。
2019年にはビルボードライブ以外にも渋谷のO-WEST(現Spotify O-WEST)でもライブがあった。私は渋谷のライブに参加した。
その時も今と同じように、緊張感が凄まじかった。
渋谷に行き慣れていないのもあっただろう。初めてのライブハウス、その日の朝からソワソワして、浮き足立ってしょうがなかった。
当日のライブはステージから2列目の中央に自分は立った。初めてのライブにしては好位置だったと思う。
彼女がステージに現れた時には見惚れて、マイクに向かって歌い始めた瞬間には体が弾ける感覚があった。
近い距離で気持ちを込めて歌う姿に感動した。全てに全力で妥協なんてしない。ライブにかける思いを感じ取れた。
そのライブ以来だ。また、あんな風に気持ちを動かされると思うとまた鼓動が強まる。
横浜市役所の横を抜けていく。
自然と視線は下へ向かう。灰色のコンクリートが永遠と続くような気がする。高層ビルの影が自分を覆う。
トボトボと歩いていると、気づけば馬車道駅への入り口が見えてきた。また鼓動が速くなる。交差点に差し掛かり信号が変わるのを待っているとビルボードの看板を見つけた。
とうとう来てしまったようだ。もう引き返せない。鼻から全身の力を抜くように息を吐き出した。
我はビルボードへ行くのだ
ビルボード横浜は北仲ブリック&ホワイトと言う商業・文化の中にあった。
自分の想像では大きな入り口がドンと構えているのかと思ったが、奥の方のこぢんまりとしたところにあった。
しかし、そこは大人が音楽を嗜む場所。光る「Billboard」の文字。入り口からただのライブハウスではないという空気を感じる。
おしゃれじゃない奴が来たぞ!とスタッフに囲まれるのではないかと恐る恐る自動ドアを潜り抜けて行く。
そこには肩まで髪を伸ばし精悍な面構えをした男性スタッフがいた。そこで少し恐縮してしまったが、そこは心配はない。
ビルボード公式サイトでチケットを購入するとQRコードで入場するが可能だ。コミュ障の人にとってはありがたいシステムだ。
チケットが発券されると先ほどの男性スタッフが近づいてきて、2階に行ってくださいと指示してくる。
スタッフが指した方向には階段があった。ゆっくりと階段を上がっている最中も緊張感がある。
2階に到着し、通路に出るとアーティストの写真が上から下まで壁に飾られていた。ここでも、ただのライブハウスではないんだぞという圧迫感。
2階はステージと同じフロアに置かれた席があり、3階にはカジュアル席という気軽に楽しみたい人向け、ステージを見下ろす形の席がある。
私は2階の指定席を購入したが、第一の感想としてはステージに近い。
着席すると天井から吊られている大きなシャンデリアが2つ。
ステージの方に目を向ければ、マイクスタンドやピアノ、ドラムがはっきりと見て取れる。公式サイトではアーティストとの近さを売りにしていると書かれていたが、伊達ではない。
近さゆえに気をつけたいところがある。ステージに向かって椅子が置かれているわけでない。テーブルに向かって椅子が置かれていて、自分で調整する必要がある。
また、出演者が動くようなことがあれば、前列の人の頭に被ることもあるため、そこは注意したい。
席は4人テーブルの相席。
隣には若い女性、そして男性が一人。周りを見渡せば、お酒を水のように飲むおじさんいれば、スイーツをゆっくりと味わって食べる女性もいたりと、人それぞれのやり方で開演まで過ごしている。
ここで一つの問題が発生した。私も何か軽食や飲み物が飲みたいな、とメニュー表を開き、スタッフを探すのだが、みんな忙しそうなのである。
すみません、と大声で言えば済む話なのだ。しかし、元から店員に声を掛けるという行為自体があまり得意ではない私は、この時間だけでも5分近く浪費した。
できれば、ファミレスのように呼び出しボタンとかがあれば、松屋みたいに食券制度があれば、と己のコミュ障を棚にあげるようなことを考えた。
結果として、スタッフを呼び出し注文はできた。が、開演前に体力を使い切りそうになった。
注文後、QRコードが印刷された紙を渡された。QRコードを読み取れば、スマートフォン上で注文もできるし、クレジットカード番号を入力すれば注文の決済までできてしまう。
ぜひ、使ってください。とスタッフに言われたが、なら最初っからその紙置いてくれたっていいじゃん!。と心の中で思うのであった。
そういえば、と気になっていた服装、これも周囲を見渡せば人それぞれだ。
お化粧をばっちりと決め、服装も高級そうなドレスを着た女性もいれば、ランニングの途中で来たのかな?とスポーティな服装で来ている男性もいた。
会場内の雰囲気を壊さない程度であれば、別段高級な服を着てくる必要はないようだ。
ライブの彼女は輝いていた
19時31分。バンドメンバーがステージに上がった。
各々が音を合わせる。その音が足元から伝わって腹に響き、ライブへの期待感が膨れ上がる。
バンドが鳴らす音楽と共に、平野綾がステージに上がった。
4年ぶりに見た彼女がライトに照らされる。ドラマの撮影があるらしく、髪色はハイトーンになっていた。ステージの中央に立った彼女は輝いていた。
2019年の時もそうだった。その表情を見た時に、4年ぶりであっても何も変わらないという安心感があった。
一曲目が始まった瞬間、彼女の目が鋭くなった。スイッチが入ったんだ。席から見てもはっきりとわかった。
バンドが鳴らす音はもっと腹の奥に入り込む。彼女の歌声は力強く、鼓膜を揺らした。
セットリストはあらかじめ彼女が写るポストカードの裏面に書かれていた。ライブが始まる前に周りはそれを凝視したり、どんな楽曲なのかを調べている人もいたが、私はあえて見なかった。
その時その時でどんな曲が待っているのかを知りたかったというのと、その時その時で新鮮なリアクションをして音楽を味わいたいからだ。
というのは建前で、映画音楽や舞台音楽には疎いので、調べてもしょうがない、というのがある。
もしかしたら、こういった場所ではセットリストをあらかじめ頭に叩きこむというのが普通なのかもしれないが。
ライブが始まり、2曲目が終わった頃。私の前は長らく空席だったが、白人の男性が座った。その男性は黒地のシャツを着ていたのだが、そのデザインに目が行った。
涼宮ハルヒの憂鬱のシャツだった。ライブということに合わせてきたのかわからないが、文化祭でハルヒと長門がギターを弾くシーンがプリントされていた。
この人は本物だ。一瞬にして理解した。
こちらは服装を最後の最後まで、どうしたらいいのか考えあぐねていたというのに。
服装は自由。思いがあれば、十分である。そう思い知った。
彼女の出世作である涼宮ハルヒに関する話もあったり、「冒険でしょでしょ」も歌われた。その時の歓声は凄まじかった。
ビルボードライブという場所柄、手拍子で合いの手をしていたが、観客からの手拍子にはひとつひとつに力があった。
今回のライブでは、彼女の音楽に対する想いや幼少期に聴いた楽曲について話す場面があった。週刊誌やネット記事のインタビューではなく彼女から直接聞けたことはファンとしてとても嬉しかった。
2019年のライブでは、アイドルとしての平野綾。今回のライブでは、女優としての平野綾。
2019年の時とは違うベクトル、女優としてのライブは彼女の抱く想いや考えを肌で実感できた気がする。
舞台には何度か足を運んだ。初めての日生劇場で初めて舞台を見た。
その時も歌や演技に感動したものだ。それでも、今回のビルボードライブはそれ以上のものだった。
近い距離で長い時間味わえたことや見えた景色はこの先も心に残り続けるだろう。
現実への帰還と横浜
アンコールも終わり、照明が明るくなったと同時に力が足元から抜けていく感覚を覚えた。
慣れない場所で慣れないことをして、久しぶりのライブに浮き足立って体が一気に疲れを感じたのだろう。少し背もたれに寄りかかった。
暫くして、足に力を込めて立ち上がった。
悲しいが現実に戻らなくては。
ステージ上にはまだマイクスタンドが立っていた。シャンデリアもキラキラと光続けている。興奮冷めやまないライブの残り香を感じた。
自分はもう一度、このビルボード横浜に来ることはあるのだろうか。
料理を注文した場合、カウンターで会計する必要がある。しかし、今回はQRコード決済を済ませているため、スタッフに伝票を渡してそのまま退出する。本当にスムーズだった。
ビルボードライブというものを過剰に恐れていた、今になってそう思う。出演するアーティストによっては客層や雰囲気は変わるかもしれないが、服装も人それぞれだったし、そこまでお堅い感じもしない。
席種も豊富で、料理もうまい。大人な雰囲気が苦手な人でも、一歩踏み出して始まってしまえば気にならないはずだ。
もし、自分が応援している、推している、興味があるアーティストが出演するのなら、足を運んでも損はないと思う。
人の流れに乗ってビルボード横浜を出た。熱帯夜と言われていたが、妙に熱を帯びた体を横浜港から流れてきた風が冷ましていく。
多くの人はみなとみらい線の馬車道駅の入り口へと吸い込まれていく。人の流れを抜けて、ホテルへと向かった。
夜9時。人気が疎な大通りの横断歩道で一人背筋を伸ばしながらゆっくりと歩く。
今日のライブは楽しかった。心内ではっきりと思う。
ふと、顔を上げると聳え立つ高層ビルと白く光る三日月がこちらを覗き込んでいた。