夢幻星#15
「私、結構みんなに女の子っぽくないとか言われるんだけど、それでもいいの?」
特に行くあてもないドライブ中の車内で真珠さんがボソリと呟いた。
「ん?俺はそういう真珠さんの着飾ってない感じに惹かれたんだよ」
俺がそう答えると
「えへへ」
と、くしゃっとした笑顔をこちらに向けてきた。とは言ってもマスクをしているのでくしゃっとしているかどうかは実際にはわからないが、目元をみればマスクの下が笑顔になっているのは、容易に想像ができる。
「でもちょっとは女の子扱いしてよ。いくら女の子っぽくないって言われても、好きな人の前では女の子でありたいし、可愛くありたいし、可愛いって思ってもらいたいから」
いやもうその言葉が可愛いっつーの!
「おう、任せろ。まっ十分今のままでも可愛いけどね〜」
そう言って車を走らせる。正直この道は全然知らないし、このドライブをした先に何があるのかなんて分かんないけれど、こういうのはどこに行くかではなくて、誰と行くかが重要だと思う。
市街地を抜け、車通りも段々と少なくなってきた。
こうやって女の子を助手席に乗せてドライブをするなんていつぶりだろうか?
最後に彼女がいたのは2年ほど前だ。当時の彼女とは半年ほど付き合ったが、俺が動画制作にどハマりしてしまったせいで、段々と心の距離が離れてしまった。
「毎日毎日動画ばっかり作って仕事人間じゃん。ほんとに私のこと好きなの?もうそのストイックさについていけない」
そう言ってすっぽりと振られてしまったのが最後である。
夢中になる事ができてしまうと彼女そっちのけで作業してしまうのは俺の悪い癖だ。周りの友人からも、お前は恋愛が向いてないと言われたものである。
当時は、彼女のために仕事をしていたはずなのに何なんだその言い方は!と腹も立っていたけれど、確かに彼女側からしてみれば随分と寂しい思いをさせていたのかもしれない。
2人でいる時ぐらいは動画制作のことを忘れて、もっと2人の時間を大切にするべきだったのかもしれない。
それ以来恋愛なんてまともにしてこなかったせいで、女心がイマイチわからないし、世の中のカップルがどうやって過ごしているのかも分からない。完全に恋愛下手になってしまったし、恋愛がどういうものだったのかも忘れてしまっていた。
俺も普通になるべきなのかな?
自分の映像作品を作って俺が生きていた証を残したい!
なんて言わずに普通に会社員として働いていくべきなのかな。
これだけ世間から変わった人扱いをされて、いろんなものを手放してまでするべき事なのだろうか?
もう自分の作品を作ることなんてやめてしまえば、もう少しまともな人生を歩んでいけるのかな?
そんなことを考えていた時、偶然出会ったのが真珠さんだ。
彼女は俺のやっていることに興味を持ってくれた。
周りの人は、変わっている。考えてる事が理解できない。もっと普通になれば?と言ってくるが、真珠さんだけは俺のやっていることを否定せずにむしろ興味を持ってくれて、肯定してくれた。
それは真珠さんが僕と同じ分類の人間だからだろう。
似たもの同士だからこそきっとこれからも上手くやっていけるはずだ。
俺の夢を一緒になって応援してくれるはずだ。
どれくらい走っただろうか?
車通りはさらに減り、もう俺の車しか走ってないんじゃないか?的な感じの田舎道に来ている。
「ずいぶん遠くまで来たね。この辺の道麦くんよくドライブで行くの?」
真珠さんが助手席からキョロキョロと窓の外を眺めながらそう尋ねてきた。
「いや、初めてこんなところきた。行く先なんて決めずに適当にドライブしてたから」
「えーー!何それ!てっきり目的地があるのかと思ってた」
そう言って真珠さんは運転中の俺の肩を叩きながら笑っている。こんな適当な俺の行動をこうやって笑ってくれる人はどれくらいいるのだろうか?
「まぁそういうの好きだからいいけどさ。なんか行き当たりばったりな感じ嫌いじゃないし。なんかワクワクするね」
確かに何が起こるのか分からない行き当たりばったりはワクワクする。その先に何か新しい発見があるのかもしれない。
しばらく進んでいると少し開けた場所に辿り着いた。これが行き当たりばったりの醍醐味だ。どうやら車を停めるところもあるみたいだ。そして少し歩いたところにコンビニもある。
俺はとりあえず車を停めた。
「へぇこんなところあったんだ。私が住んでるところとは想像できないくらい静かで落ち着く場所」
「確かにな。これも行き当たりばったりだからこそたどり着けた場所だな」
とりあえず車から降り、コンビニで飲み物でも買うことにした。
2人でカフェラテを買った。ついでに俺はタバコも買った。
「タバコ吸っても平気?」
「うん全然平気だよ」
2人でコンビニの喫煙所へと歩き、俺はタバコを、真珠さんはカフェオレを口にした。
「はぁ〜タバコうめ〜」
ちょっと涼しいこの時間帯と長時間運転した後に吸うタバコは格別に美味い。
吐き出したタバコの煙が夜の闇に吸い込まれるように空に消えていく。
「はぁ〜カフェオレうめ〜」
俺の横で真珠さんは、明らかに俺の真似をしてカフェオレを一口飲むと、ストローから口を離し息を吐き出した。
「真似すんなし」
「真似じゃないよ。私も同じこと言おうとしてたし。先に言うか後に言うかの差だね」
そういうと真珠さんはもう一口カフェオレを飲んだ。
そしてそれを真似るように俺はタバコを吸った。
「ずいぶん遠くまで来ちゃったけど時間大丈夫?」
「まぁ明日は学校休みだし、バイトも夕方からだからね。全然大丈夫」
「なるほどね」
「麦くんは大丈夫なの?」
「明日は仕事は休みだし、夜知り合いとご飯行く予定があるくらいだから全然大丈夫」
吐き出した煙を追って上を見上げると、星たちが綺麗に輝いている。
高い建物がなく、街の明かりが全くない田舎は夜になると星たちが鮮明にその姿を現し始める。
「すげぇよな星って。こうやって今見てる星の光ってもう何万年も前の光なんだもんな」
「そうだね。星たちって何万年もかけて私たちにその存在を知らせてくれてるんだね」
素敵な言葉だなと思った。あの巨大な星でさえ、その存在を僕たちに知らせるために何万年もかかっているのだ。
なんの取り柄もないこんなちっぽけな俺が作った映像作品の存在を世間のみんなに見つけてもらい、納得させるのはそう簡単じゃない。そう教えてくれているような気がしてくる。
「俺さ、真珠さんと会うちょっと前に、もう映像作品を作るのやめようかと思ってたんだ」
別にこんなことわざわざ真珠さんに言うことではないのかもしれないけれど、伝えられずにはいられなかった。
「あの日、宮島で撮った映像作品を最後に、もうこんなこと辞めようと思ってた」
「え?そうなの?どうして」
真珠さんの顔を見ているわけではなかったが、その声のトーンから悲しそうな顔で俺を見ているのが分かった。
「やっぱり、こういう活動をしてると失うものも多くてさ。なかなか俺の考えとかやってることが理解されなくていつの間にか1人、2人と周りから人が離れていくんだよね。そんな成功するかも分からない活動を続けても幸せになんかなれない。普通になれよって。それでも俺は諦めたくなんてなくて、ずっと自分の道を進んでたわけなんだけど、いくら作品を作ったところで全然世の中に見つけてもらえなくて。いつしかこれって自分のエゴなんじゃないかと。作品を作ってもそれが誰かの元に届いてなければ、それは作ったことにはカウントされない。俺が今まで作ったと思っていたものは全部未完成品で、そんなもののために大切なものや人を手放すのはもう馬鹿馬鹿しいと思って」
自分でもこんなネガティヴな発言がスラスラ出てくることに驚いた。どうやら俺は自分が思っている以上に精神的に作品を作ることに対して嫌気がさしてきていたのかもしれない。
「でも初めて真珠さんに会った時、俺の作品を見てるって言ってくれて本当に嬉しかった。あぁやっと俺の作品が誰かに届いたと感じた」
吸っていたタバコはもう残りわずかになっていたので、最後の一口を吸って灰皿に灰を落とした。
「じゃああの日声をかけて本当によかった。もし私が声をかけなかったら映像作品作るのやめてたんでしょ?そんなのもったいないよ。続けてたら叶うはずのことも辞めちゃったら叶わなくなるじゃん。あんなに素敵な映像作品作れるんだもん。才能なんて無くないし、むしろ独学であそこまでできるんなら才能の塊なんじゃないの?あの巨大な星だって自分の存在を私たちに見つけてもらうために、何万年もかかってるのに」
初めてみる気迫のこもった真珠さんの表情に俺は少し驚いてしまった。それと同時にこの人が彼女でよかったと思った。本気で俺のやっていることを応援してくれているんだ。
「うん。ありがと」
そう言ってさっき買ったカフェオレを一口飲んだ。
「私は麦くんの1番のファンだからね」
ストローに口をつけながら真珠さんはそう言って微笑んでくれた。
その一言でどれだけ救われただろう。これまで俺の作品のファンだなんて言ってくれる人なんて1人もいなかった。今にも消えそうだった火が、もう一度業火へと変わっていくような気がした。
俺はそう言ってくれた真珠さんの目を見つめ、ゆっくりと真珠さんの唇に自分の唇を重ねた。
真珠さんとの初めてのキスは、タバコとカフェオレが混じった少しほろ苦い味だった。