夢幻星#14
「次の信号を左に曲がって少しするとコンビニがあるんで、そこで降ろしてもらっていいですよ。そこから歩いて2分くらいなんで」
「オッケーりょうかーい」
楽しい時間はあっという間だ。
駐車場から家まで結構な距離があったはずなのに、もうすぐ家に着いてしまう。
多分30分くらいかかっているとは思うけれど、体感時間は10分程度だ。
相変わらず麦くんは鼻歌を歌いながら運転をしている。
コンビニまであと2、3分。
真珠は美咲が言っていた言葉を思い出した。そしてそれを麦くんに確認したいがその答えを聞くのがまだ怖い。
もうとっくに自分の気持ちには気付いている。まだ出会ってから2回しか会っていないけれど、これは運命の出会いだと直感で感じる。
女の人が男の人を好きになるのはポイント制だっていうのを聞いた事があるけれど、この2回でもうとっくにポイントはMAXまで溜まっているし。
何から何まで私の理想の男性だ。
憎たらしいくらいに。
*
*
楽しい時間はあっという間だな。
っていうかさっき勢いで今作っている作品のテーマ曲を言っちゃったけれど、あれって捉え方によってはもう告白だよな。
真珠さんの様子からみるに、そんなことには微塵も気付いてないっぽいけど。
なんか急に恥ずかしくなってきた。とりあえず鼻歌でも歌っとくか。
まぁこれは俗にいう運命的な出会いっていうやつだ。
たまたま声をかけた人がずっと会いたいと思っていた人で、たまたま声をかけてくれた人が、俺が作りたいと思っていた作品に必要なラストピース。
俺は真珠さんを通してこの作品を完成させたい。それはつまり真珠さんと恋人同士になりたいということだ。
よし。コンビニに着いたら思い切って言ってみよう。
目的地のコンビニに近付くにつれて鼓動が速くなっていくのを感じる。俺はその鼓動を聞かれまいとBGMのボリュームを少し上げた。
やがて2人を乗せた車は目的地のコンビニへと到着した。
「とうちゃーく。わざわざ送ってもらってありがとうございました」
隣に座っている真珠さんはやけに高いテンションでそう言うと、荷物をまとめ始めた。
やばい速くしないと真珠さんが車から降りてしまう。
ついさっきまで告白する気満々だったのに、いざその場面になると言いたいことがなかなか口から出ない。もし振られたらどうしよう。一緒に作品を作るという約束をしたのに振られたらその約束もパーになるんじゃないのか?よくない展開ばかりが頭の中を駆け巡り、たった一言が言い出せない。
「また一緒に作品作りましょう。いつでも連絡してくださいね」
そう言って真珠さんは車のドアを開けた。
まるでさっきまで暖かった俺の心を冷やすかのように外の冷たい風が車の中へと入ってくる。
「おう。また撮影の予定立てたら連絡するわ」
心にも思ってないことが口から出てきてしまう。違うそんなことを言いたいんじゃないんだ。もうちょっと待ってくれ。そんな俺の心の声なんて聞こえるはずもなく、真珠さんは車の外へと飛び出してドアをバタンと閉めてしまった。
ドアの向こうで真珠さんが笑顔で小さく手を振っている。
冷たく流れ込んできた外の風がバタンというドアを閉める音と共に遮断され、車の中には冷たくもなく暖かくもないどっちつかずの空気が流れてきた。まるでそれは優柔不断などっち付かずの俺の心を表しているかのようだ。
あぁ俺は千載一遇のチャンスを逃してしまった。このチャンスを逃したら、だらだらと撮影者と演者という関係性がいつまでも続くような気がしていたのに、そのチャンスを逃してしまった。
俺は車の背もたれを倒し背中を預けた。狙ったわけでもないのに自然とため息が溢れた。
あーあ。俺はいつもそうだ。いつも一歩遅い。大きく伸びをし、スマホを手に取って今日撮った動画の素材を確認し始める。
まぁ確かに恋人同士じゃなくても撮影はできるし、作品も完成するはずだ。
だけど俺は恋人として俺の隣にいてくれる真珠さんをモデルにしたかった。俺が指示を出して演じてくれる真珠さんを撮影するのではなく、居酒屋の帰り道に酔っ払った真珠さんを撮影したように、素の状態である真珠さんを通して撮影がしたい。そしてそれはきっと、本物の恋人同士でなければならないはずだ。
車内には真珠さんが残したであろう甘い香水の香りが、もともと車に置いてあった芳香剤の香りによって段々と消えていくのが分かった。
俺はコンビニでタバコを吸うためにポケットへととを突っ込み、車を出ようと運転席側のドアに手をかけた。
ーーコンコンーー
真珠さんが車を降りてから20秒ほど経った頃だろうか、助手席側から車のドアを叩く音がした。
音が鳴る方に目線をやると、そこにはさっき帰ったはずの真珠さんが立っていた。
俺はびっくりしてドアを開けた。
「ごめん麦くん。忘れ物したみたい」
そう言って真珠さんは上半身だけを車内へと入れて、車のダッシュボードに置いてあったマスクを手に取った。
「あ、ごめんごめん。俺も全然気がつかなかった」
「危ない危ない。せっかく送ってもらったのに、ゴミ置いて帰るところだった」
真珠さんはそう言ってケラケラ笑っている。
真珠さんが車を開けてくれたおかげで、車の中にまたしても新鮮な外の冷たい風が入ってきた。そしてこの風はさっきまでどんよりと沈んでいた俺の心を一新するだけの力を持っていた。
今しかない。
真珠さんがドアに手をかけもう一度閉めようとした。
「あのさ」
「あのさ」
「え?」
俺はドアを閉めようとする真珠さんに向かって、真珠さんはドアを閉めようとしていた手を止めてほぼ同じタイミングでお互いに声をかけた。
「どうした?」
真珠さんに問いかけてみた。
「いや、麦くんの方こそどうしたの?」
2人の間に少しの沈黙が流れた。
「ちょっと言い忘れてた事があってさ」
「うん?」
「俺、真珠さんの事が好き」
少し沈黙が流れた。
「俺と付き合ってください」
冷たい空気が車の中に入ってきて俺の体を冷やしてくれているはずなのに、一向に俺の体の体温は下がってくれない。むしろ上がってきている。
真珠さんは閉めかけていたドアをもう一度開き、助手席へと腰を下ろした。
「はい。ぜひ」
真珠さんは俺の目を真っ直ぐ見つめそう答えてくれた。
ダッシュボードに置き忘れていたマスクありがとうである。これがなければもう一度チャンスが巡ってくる事はなかった。
「え!まじで!やったぁ!あ、そういえばさっき何か言いかけてなかった?」
「ううん。もう大丈夫。もう聞かなくても答えわかったから」
そう言って真珠さんは手に持っていたマスクをつけた。それはまるで少し赤くなった頬を隠しているかのように見える。
「そっか」
「麦くん。もうちょっとだけドライブしない?」
マスク越しでも真珠さんが微笑んでいるのがわかる。
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