渡瀬恒彦が好きすぎてつらい

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渡瀬恒彦を知っているだろうか。
昭和の名優、近年は数多くのサスペンスドラマに出演しお茶の間の主婦たちを楽しませていた。

私はバリバリの平成生まれである。
そんな世代の違う私がなぜ「渡瀬恒彦」なのかというと、サスペンス好きの母親の影響だ。
お茶の間の主婦(母親)だけではなく、その子供(私)もバリバリに楽しんでいたというわけだ。

私は三姉妹の末っ子に生まれた。
長女の出産自体が母の年齢的に少し遅めだったので、私の両親はもう70代前後と高齢だ。
もはやおじいちゃんとおばあちゃんである。

そんなおじいちゃんおばあちゃんは(私の子供のころはそれはもう色々あったが、大人になった今となって思い返してみれば)日々を穏やかに暮らす心の優しいひとたちだ。

渡瀬恒彦は、どこか父親のようだった。
もちろん初期の出演作はほとんど見る機会がなかったので、後年のサスペンスを見ての感想だが、優しく、おだやかで、諭すように怒り、おちゃめで、聡明で、かっこよかった。
私のよく知る父親像に、理想的な父親像が詰め込まれていた。

渡瀬恒彦は2017年3月に亡くなった。72歳だった。

訃報を聞いて絶望して泣いた。
大好きな父親が死んだようだった。今でも思い出して涙が出る。
Wikipediaなんぞ見ようものならしゃくりあげながら泣いてしまう。

渡瀬恒彦が好きすぎてつらい。


サスペンスの話をしよう。
渡瀬恒彦の代表的なサスペンス出演作は「十津川警部」「タクシードライバーの推理日誌」「おみやさん」「捜査一課9係」あたりだろうか。
9係以外はすべて見たことがある。

特にタクシードライバーとおみやさんは大好きだった。
タクシードライバーは離婚した妻との娘や昔の刑事仲間をタクシーに乗せながら事件を解決していくのだが、彼は毎回別の女性に惚れる。
そしてその女性は毎回事件に関わっている。想いが実ることはない。

そのお決まりの不憫さと、なんだかんだで頼ってくる刑事仲間や娘とのやりとりがとても好きだった。

おみやさんは、迷宮入りした事件などの記録を保管する「資料課」に勤めるおみやさんとパートナーの女性(櫻井淳子または京野ことみ)が、新たな事件を過去の事件と繋げながら解決していく。

普段頼りなさげなおみやさんが事件で見せる推理力と過去の事件を繋げる記憶力は見ていて爽快であり、ほんのり恋の行方も気になった。

この二つに共通するのは「おちゃめな渡瀬恒彦」ではないだろうか。

十津川警部の渡瀬恒彦はクールだ。
もちろんシャレたことのひとつやふたつは言うが、おちゃめな役はどちらかというと亀さん(伊東四朗)だった。

そんなクールで厳格そうな渡瀬恒彦が、民間人になり、事件に首をつっこみ、女性にフラれ、窓際部署に勤め、家政婦や年下の女性とわいのわいのする。
かと思いきや抜群の推理力はいつでも健在で、ここぞというときはかっこいい。

渡瀬恒彦が好きすぎてつらい。


Twitterをやっている方は、以前「震える舌」という映画についてのツイートがバズっていたのを覚えているかもしれない。

これはサスペンスではなく、破傷風の闘病映画である(リアルすぎてむしろホラーと評されてもいるようだ)。
ツイートで知り、渡瀬恒彦が好きな私としては見ないわけにはいかなかった。

そして感動した。

映画はあまりみない、読解力もたいしてなく演技なんかもわからない私が、ラストの彼の演技に感動したのだ。

ネタばれになるが、破傷風にかかった彼の娘は、無事治療を終え病気を完治させることになる。
そのときの彼の喜び――病院の廊下をダッシュし滑って転びジュースを拾って号泣する様――は、全身で「喜び」を表現していた。

これが演技というものかと心底思った。
そしてもっと渡瀬恒彦が好きになったのだ。


でも、私はもう今を一緒に生きている渡瀬恒彦に会うことはできない。


先に挙げたサスペンス作品で唯一見ていない9係。
渡瀬恒彦が亡くなる前に現役の姿を見ていればよかったと今でも後悔している。
なぜ「いつでも観れる」と思ってしまったのだろう。命ある限り、今を生きている彼に会えるのは今だけだったのに。


それでも私にとって唯一救いなのは、テレビの中でなら健在な彼に会えることだ。

彼の出演作をみるのは、彼が生きているときに何も行動できなかった私の愚かな懺悔だろうか。
それとも、今からでもまだ間に合うだろうか。


北海道の「新十津川駅」が最後の運行を終えたらしい。Twitterでみた。

私は今日も渡瀬恒彦が好きすぎてつらい。

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