人口最少県ながら拠点は2つ。クラブを支える「創意工夫」〜フットボールの白地図【第22回】鳥取県
<鳥取県>
・総面積 約3507平方km
・総人口 約55万人
・都道府県庁所在地 鳥取市
・隣接する都道府県 兵庫県、島根県、岡山県、広島県
・主なサッカークラブ ガイナーレ鳥取、SC鳥取ドリームス
・主な出身サッカー選手 塚野真樹、大部由美、丸谷拓也
「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は、織田信長によって命名された岐阜県を取り上げた。今回フォーカスするのは、人口最少県として知られる鳥取県。現在J3に所属する、ガイナーレ鳥取のホームタウンとしても知られる。このガイナーレについては、JFL時代から10年以上にわたってウォッチしてきた。
ガイナーレ鳥取の歩みは、地元の地域性に強い影響を受けながらも、常に「創意工夫」を繰り返してきた歴史であった。クラブの前身は1983年に創設された、鳥取教員団サッカー部。当初の本拠地は、県庁所在地の鳥取市ではなく、西に82キロ離れた米子市であった。鳥取市を中心とする東部は旧因幡国。これに対して米子市は旧伯耆国であり、昔から島根県の旧出雲国地域との結びつきが強い。
時代が昭和から平成に変わる1989年、クラブ名をSC鳥取に改称し、2001年にはJFLに昇格。06年の暮れに運営組織を株式会社化し、07年2月に現在のクラブ名となり、Jリーグ準加盟クラブも承認された。そして08年、ガイナーレはこれまで本拠地としていた米子市から、鳥取市に移転することを発表。以降、米子市と鳥取市の2拠点体制が、現在まで続くこととなる。
鳥取駅南口にある「大国主命と白うさぎ像」。古事記にも記されている「因幡の白うさぎ」の逸話を再現したモニュメントを目にすると、ここが因幡国であったことに気付かされる。県庁所在地である鳥取市は、大学でいえば鳥取大学や鳥取環境大学、メディアでいえば日本海テレビや新日本海新聞社の本社があるものの、人口はわずかに18万人ちょっと。この街にJクラブがあることに、県外から来た人間は感動を覚えずにはいられない。
ガイナーレのスタジアム、Axisバードスタジアムに向かう前に、まずは観光。鳥取と言えば、何はなくとも訪れておきたいのが、この鳥取砂丘である。伯耆大山と並ぶ県のアイコンであり、山陰海岸国立公園の特別保護地区にも指定されている。余談ながら鳥取県は、47都道府県で最もスターバックスの出店が遅かったことで知られているが(初出店は2015年)、それを逆手に取った『すなば珈琲』は絶妙なネーミングも相まって、県内の隠れた観光スポットとなっている。
そんな鳥取市で、なぜJリーグの試合が行われるのか? それは、1万6000人収容の球技専用施設、バードスタジアムがあるからだ。この奇跡のようなスタジアムは、インターハイのサッカー会場として1995年にオープン。2002年のワールドカップでは、エクアドル代表のキャンプ地にも選ばれている。サンフレッチェ広島の新スタジアムが完成するまで、鳥取は中国地方で唯一、Jリーグ開催可能な球技専用スタジアムがある県であり続けている。
バードスタジアムで「最も印象深い取材」といえば、やはりJ2昇格を全員で祝福した、2010年のJFL最終節であろう。当時、JFLからJ2に昇格できるのは、上位4位に入ったJリーグ準加盟チームのみ。08年と09年、連続して5位に終わったガイナーレは「ゴイナーレ」と揶揄されていただけに、この瞬間に立ち会えたのは嬉しい限り。もっともそれは、新たな苦闘の時代の始まりでもあった。
晴れてJクラブとなったガイナーレであったが、J2リーグで活動したのは、わずかに3シーズン。しかも、いずれも下から3番目のポジションを脱することができず、14年から始まったJ3で唯一の「降格組」となった。プレーの場がJ3となったことで、クラブの拠点を再び米子市に戻したガイナーレ。ここから彼らは、より創意工夫を駆使した、生存の道を探求し続けてゆく。
その米子市に隣接する境港市は、漫画家の水木しげるの出身地として知られ、米子駅と米子空港駅をつなぐJR境線は鬼太郎列車を運行。ラッピングは鬼太郎以外に、目玉おやじ、ねずみ男、ねこ娘、子泣き爺、砂かけ婆の6種類ある。実はガイナーレも、鬼太郎をクラブのアイコンに使用していた時代があり、守護神は「ぬり壁」という独自の称号が与えられていた。
ガイナーレが米子市に回帰したのは、2012年にゴルフ場跡地にわずか4億円の建設費でオープンさせた、チュウブYAJINスタジアムの存在が大きい。7930人収容と小規模ながら、J3の開催には問題ないため、年に数試合が行われている。ネーミングの由来となった「野人」こと岡野雅行は、2013年にガイナーレでスパイクを脱いでからは同クラブのGMに就任。現役時代をほうふつとさせる突破力を発揮しながら、新時代のGM像を構築している。
このYAJINスタジアムが、思わぬ副産物を生み出すこととなった。経費節減のため、施設管理をクラブスタッフで行ってきたことで、やがて芝生の管理や生産のノウハウが蓄積されていったのである。もともと鳥取県は、全国有数の芝生の生産地。こうした立地とノウハウをかけ合わせることで、新たに「Shibaful(しばふる)」という芝生ビジネスが誕生した。人口最少県のJクラブによる、新たな収益構造と地域貢献の形として、Shibafulは全国からも注目を集めている。
鳥取県は、松葉ガニや大仙牛、白ネギやらっきょうなど、海の幸や山の幸に事欠かない。境港の漁港で漁れる海産物は、クラブが選手獲得募金の返礼品にしたことで、サッカーファンの間でも知られるようになった(岡野GMの発案である)。そんな中、今回は鳥取牛骨ラーメンを紹介したい。豚骨や鶏ガラは使わず、牛骨から出汁を取ったスープが特徴。牛脂独特の甘みと香ばしさが味わえる、全国でも珍しいラーメンなので、現地を訪れた際はぜひお試しいただきたい。
<第23回につづく>
宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。