多様性と土着性がせめぎ合う本州最北の地〜フットボールの白地図 【第9回】 青森県
<青森県>
・総面積 約9645平方km
・総人口 約123万人
・都道府県庁所在地 青森市
・隣接する都道府県 岩手県、秋田県
・主なサッカークラブ ヴァンラーレ八戸、ラインメール青森、ブランデュー弘前FC
・主な出身サッカー選手 手倉森誠、手倉森浩、下平隆宏、柴崎岳、櫛引政敏
「フットボールの白地図」を塗りつぶしていくプロジェクト。前回はOWL Magazineへの転載という形で、八咫烏で有名な和歌山県を取り上げた。今回はぐっと北上して、本州最北端の青森県を取り上げることにする。
青森県を初めて訪れたのは5年前の夏。カミさんと旅行した際、青森県立美術館に展示してあった、県内出身アーティストの作品に圧倒された。版画家の棟方志功、現代美術家の奈良美智、そして彫刻家にしてウルトラマン生みの親でもある成田亨。この他にも青森県は、今和次郎(建築家にして考現学の提唱者)、寺山修司(劇作家)、ナンシー関(コラムニスト)といった異能の人々を輩出している。
この時は、現地でサッカー観戦する機会はなかった。15年当時、青森県は東北6県で唯一のJクラブ空白県。前年のJ3創設でJFLも改組され、ヴァンラーレ八戸は地域決勝を経ずにアマチュア最高峰リーグを戦っていた。そして、のちにJFLで青森ダービーを演じることとなるラインメール青森は、この時はまだ東北リーグ1部所属。青森市内で見かけたポスターは、良くも悪くも地域リーグ然としていた。
その後、ヴァンラーレがスタジアム問題で足踏みしているうちに、ラインメールが16年にJFL昇格。ここに「青森ダービー」が誕生することとなった。青森市は津軽地方、八戸市は南部地方。県外の人間からはわかりにくいが、津軽と南部とでは言葉も文化も習慣も、かなりの違いがあるのだそうだ。
ラインメールのエンブレムには、東北三大祭りのひとつ、青森ねぶた祭りがモティーフとして描かれている。ちなみにサポーターのチャントも「らっせらー、らっせらー、らっせらっせラインメール!」と、これまたねぶた祭りを掛け声を取り入れていた。土地と祭りとフットボール、それぞれの親和性の高さが感じられる。
県外の人間からすると「青森県=ねぶた」というイメージがあるのだが、実は八戸の人々は「ねぶたを見たこともない」という人が珍しくない。八戸の夏を彩るのは、国の重要無形民俗文化財にもなっている、八戸三社大祭。このように華麗な人形山車が20台以上、市内を練り歩くのだそうだ。
こちらが2016年にオープンした、ヴァンラーレのホームスタジアム、八戸市多賀多目的運動場(現在の名称はプライフーズスタジアム)。特徴的なのが、メインスタンドに全体と不釣り合いな高さの建造物があること。これは管理棟と津波避難施設を兼ねており、東日本大震災級の津波に見舞われた際、逃げ遅れた避難者を受け入れることを目的に建設された。
スタジアムのすぐ近くに、震災の津波被害を記憶する石碑を見つける。八戸市での津波被害による死者は、幸い1名にとどまったが(行方不明者は1名)、建物被害は全壊と大規模半壊を合わせて435棟。いずれまた、かような自然災害に見舞われるリスクを受け入れながら、人々は日々を暮らしている。災害列島に暮らす、われわれ日本人の宿命を気付かせてくれるスタジアムだ。
青森でサッカーといえば、まず思い浮かぶのが青森山田高校サッカー部。第1種では、J3のヴァンラーレとJFLのラインメール、そして東北1部からJを目指すブランデュー弘前FCがあるものの、いずれも全国区の存在とは言い難い。多様性と土着性に育まれ、文化面では多彩な人材を輩出してきた青森県。だが、独自のフットボール文化が花開くには、まだしばらくの時間が必要なのかもしれない。
青森県の名産といえば、まず思い浮かぶのがリンゴ。とはいえ、日本海、津軽海峡、そして太平洋で囲まれているだけに、海の幸にも事欠かない。青森市で食べた寿司は、それほど高級店というわけではなかったのに、歴代5指に入るくらいの美味であった。また八戸を訪れた際、忘れてならないのが朝市。市内には9つの朝市が立つので、ホテルのフロントで場所と時間を確認してほしい。
<第10回につづく>
宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2017年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。
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