見出し画像

まさかこの令和の時代に『PCB(ポリ塩化ビフェニル)』がニュースになるとは… ※簡単解説

0.ニュースを見てびっくり

こんにちは。化学解説系Vtuberの才媛テス子です。

さっそくですが、こちらのニュースをご覧ください。

大阪市で、「高濃度PCB廃棄物」が含まれる高圧コンデンサが行政代執行で撤去されたとのことです。
昭和の時代に有害性が確認されたPCBは、政府による回収が進められてきました。しかし、まさか令和の時代にもなって、野良PCB(?)が残っていただなんて、ビックリです。

ところでみなさんは『PCB』と言われて、それがなんなのか分かりますでしょうか?「カネミ油症事件」と言われればシニア世代や事件に詳しい方なら思い出すのではないかと思いますが、残念ながら若者の方はピンとこないのではないでしょうか。

よって簡単に解説したいと思います。

関連キーワード:カネミ油症事件、ダイオキシン、熱媒、絶縁油、食中毒事件、ストックホルム条約 など

1.有能なイケメン

PCBとは、ポリクロロビフェニル(polychlorobiphenyl)、ポリ塩化ビフェニル(polychlorinated biphenyl)などの略で、ベンゼン環が二つ繋がったビフェニルという物質に、塩素がいくつか結合した化合物の総称です。

注意点としては以下の二点があります。

  1. 特定の一つの物質ではなく、塩素の結合する位置、個数によって、全209種類存在する。

  2. 「ポリ」と名前にあるが、ポリマー(≒プラスチック)、高分子ではなく、低分子であり主に油状。(ポリは塩素がいくつか結合していることに由来)

利点としては、水に溶けにくい、沸点が高い、耐熱性が高い、不燃性、電気絶縁性が高い、化学安定性が良いなどがあります。特に燃えにくいってのがいいですよね。火事になりにくいってことですもの。
で、これらの特徴が工業的に非常に優秀で、変圧器やコンデンサなどの電気機器の絶縁油や、加熱用の熱媒体ノンカーボン紙などに使われてきました。日本では1954年に鐘淵化学工業で製造が開始され、国内で約59,000トンものPCBが生産されたとのことです。

約59,000トンと言われてもピンとこないでしょうが、25mプール(長さ25m幅16m深さ1.5mと仮定)に入っている水の重さが、約600トン。つまり約59,000トンとは25mプール約98杯分の水と同じ重さです。(体積は比重が違うのでまた別ですが)

2.しかし性格は最悪

ところがどっこい、1968年に「カネミ油症事件」が発生したことにより、その有害さに着目されるようになりました。

カネミ油症事件については、詳細は割愛します。
一応簡単に説明すると、食用油を暖めるための熱媒としてPCBを用いていたのですが、熱媒配管に穴が開いていたため、食用油にPCBが混入し、それを経口摂取したことによって起きた大規模な食中毒事件です。

PCBは、生体に対する毒性が高く、吹出物、色素沈着、目やになどの皮膚症状のほか、全身倦怠感、しびれ感、食欲不振などの症状がでます。
さらには脂肪に溶けやすく、水に溶けにくい性質から、体内に蓄積するため、長期にわたる健康被害生物濃縮による環境に対する毒性があります。
さらにさらに、化学的に安定 = なかなか分解しないということなので、一度環境中に流出すると、かなりの長期間、環境にたいして負荷をかけ続け、大気や生物を通して長距離を移動します。(マリアナ海溝の甲殻類や、北極圏のホッキョクグマから汚染が確認された研究もあるとのこと)

さらに、一部のPCBは、かの有名なダイオキシン類に含まれます(ダイオキシン様PCB、コプラナーPCB)。
(酸素が無いのに「ダイオキシン」とはどういうことだよと思うかもしれませんが、あれはなかなか不思議な定義ですからね。)
またPCBを加熱することで、もっと有害なPCDF(ポリクロロジベンゾフラン、これもダイオキシン類)に酸化します。

というわけで、研究が進むにつれて、人体にも、環境にも有害なやべぇ物質だということが続々と判明していきました。
当然、政府はこれを許さず、1975年に製造および輸入が原則禁止されました。既設の電気設備などの使用自体は即座に禁止とはなりませんでしたが、「適切に管理して、徐々にPCB無使用のものに切り替えていこうね」ということになりました。

つまり、有能じゃん!!と思って、よく調べもせず使い始めたら、めちゃくちゃ有害でやべぇ奴だったってことです。

まるで、顔だけ気に入って付き合い始めた交際相手が、超性格が悪い奴だったみたいな……。

残念ながら、そのくらいの時代は、まだ化学物質による健康被害というのが、認識されているとは言えなかった時代でもあります。(四大公害が1950年代~70年代、カネミ油症事件が1968年)

なお化学者としておなじみの化審法が制定されたのは1973年、このカネミ油症事件がきっかけだったんです。

化審法
正式名称:化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律
簡単にいうと健康被害と環境汚染を防ぐために新規化学物質は審査してから製造してねって法律

よってPCB並にやべぇ化学物質が大量製造されることは、現在ではありえないようになっています。

3.別れたいのに別れられない

さて、PCBの危険性についてはなんとなく理解していただけたと思います。

製造も輸入も禁止したので、これ以上増えることは無い!!PCBの驚異に怯えることはない!!めでたしめでたし!!

とはならないのがPCBの怖い所なんです。

実は製造が禁止されてから40~50年経過した令和になって、ようやくPCBの処分に終わりが見えてきました
というか、なかなか処分が終わらないので急いで処理しろよ!!って法律が出来ております(PCB特措法、ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法)。

さて、どうしてこんな事態になっているのでしょうか。
みなさんは前半でお話したPCBの特徴をおぼえていらっしゃいますでしょうか。

水に溶けにくい、沸点が高い、耐熱性が高い不燃性、電気絶縁性が高い、化学安定性が良い

察しが良い方は気付いたかと思いますが、なんとこのPCBは、無害な形に分解するのが超大変なんです。
燃えない、加熱しても分解しない、化学的にも分解しづらい……。

基本的に有機物の処分法なんて、燃やしちゃえ!!なんですが、PCBはなかなか燃えないうえ、下手に加熱するとより毒性の強いダイオキシン類(PCDF)が生成するわけですね。1100℃以上に加熱すれば無害化することが確認されていますが、普通の焼却場(当時)では温度が足りません。
そこで処理施設を設置しようとなったものの、問題はどこにその施設を建設するか。近所でそんな有害物質を処理してほしくないですよね?万が一、処理温度が低下したらダイオキシンが生成するわけですし。

というわけで、日本では地域住民の反対により、高温処理場の整備が進まないという結果になりました(39戦39敗、※参考記録)。そして約30年間処理が先延ばしされてきましたとさ。この期間は、新規製造こそないものの、既存電気機器の継続使用していたり、倉庫に廃棄予定のまま放置されていたり……。

まるで、別れ話をしてもスパッと別れられず、グダグダ付き合ってんだかないんだかよくわからない状態……。

しかも、この30年の間に、

  • 紛失してしまったり(ちゃんと管理してって義務づけたのに……)

  • 特殊な処理しなきゃいけないのに他の産業廃棄物と一緒に普通に廃棄してしまったり

  • 不適切な管理により、新規製造の絶縁油に微量のPCBが混入していることが判明したり(のちに判明、低濃度PCB廃棄物と呼称)

と散々な状態です。

4.いい加減この関係を終わりにしよう!!

ということでさすがにマズイということになりまして、ストックホルム条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)を受諾したり(日本は2002年に受諾)、PCB特措法を制定したり(2001年施行、さらに2016年改正)、日本はPCBの処理に本気で取り組み始めます。

そして2000年代に全国5か所(JESCO(株) 北九州、大阪、豊田、東京、北海道事業)に処理施設が建設され、2004年から本格処理が始まりました。

細かい処理法については、こちらのページが詳しいです。
※なお高温処理は行われていないそうです。

当初は、2016年までに処理を完了させようとしていたものの、思ったよりもJESCOさんでの処理が遅れていることや、前述の低濃度PCBが続々発掘されたりなどで、処理期限が2027年まで延長されたそうです。
(これ以上の延長はないと明言、ストックホルム条約では2028年まで処理完了が目標なので、国際的にもこれ以上延ばせない。)

そんなこんなで、努力して処分を続けた結果、PCBの処分にようやく終わりが見えてきました。
特に、北九州と大阪地区は処分の新規受付が終了し、残るは受け付けた物品の処理を進めるのみですね!やったね!

環境省 ポリ塩化ビフェニル(PCB) 早期処理情報サイト(2022/02/08) http://pcb-soukishori.env.go.jp/



5.別れたのに縁が切れない交際相手

さて、冒頭のニュースを思い返してください。

大阪市で、「高濃度PCB廃棄物」が含まれる高圧コンデンサが行政代執行で撤去されたとのことです。

大阪!?ナンデ!?

はい。私がびっくりした理由が察していただけたでしょうか。
終わったと思っていたら、まだまだ爪痕が残っていたんですね。PCBはやべぇ…。

(もしくは、大阪の処分場はまだ稼動しているので、稼動中に慌てて行政代執行で撤去したのかしらね?)

なお、紛失や、最初から追跡が出来ていなかった高濃度PCB廃棄物も結構あるそうで、もしかしたら皆さん所有の倉庫や廃墟の片隅にPCBが眠っているかもしれません。

PCB特措法によれば、以下とのことです。

2027年3月31日までに適正処理を行わず、環境大臣または都道府県知事による改善命令に違反した場合:3年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金まはた併料。

心当たりのある皆様は、まだ間に合いますので、今すぐ倉庫を漁ってみてください。不安な物品があれば、環境省に問い合わせましょうね。

6.まとめ

そんな感じでやべぇ化学物質PCBについて、なんとなく理解していただけたでしょうか。もっと詳しく知りたい方は、参考文献欄を読んでみてください。

簡単に解説するつもりが、4000文字オーバーでちょっと笑っちゃいましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

他にも化学全般についてざっくりと楽しく解説していきますので、Twitterなり、Youtube なりをフォローしていただけるともっとありがたいです。

では!

7.参考文献

ポリ塩化ビフェニル廃棄物処理基本計画

http://pcb-soukishori.env.go.jp/about/pdf/R011220.pdf

油症研究30年の歩み

http://pcb-soukishori.env.go.jp/download/pdf/full9.pdf


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?