表現悪影響論・表現規制論に対抗するための『理論武装』~その科学的根拠~
ゆっくりしていってね!!!!
今回の記事では、タイトルに書いたように
表現悪影響論・表現規制論を徹底的に批判するわ。
また、「表現の自由」側の主張の根拠として、特に重要性の高い論文を紹介&解説させていただいたわ。
もちろん、海外の査読付き学術誌に掲載された論文から選定したし、さらに複数の総説論文を参照してチェック、「一部の変な研究者に支持されているだけじゃないの?」という疑念まで解消した安心設計よ!
表現に関する議論に役立つ、強力な『理論武装』の一助になるはず!
【2022年1月13日追記】
こちらのnote記事に対し、次の批判記事が公開されました。
私のnote記事を「これから読む」という方は、まずは上記の記事を読まれることを強く推奨致します。(誤った部分を修正したとしても、表現規制反対の論に不利な方向の変更とならない点は幸いでした。)
なお、私の本記事に含まれる誤った記述に関しては、一言一句変更せず残しています。これは「誤った証拠」をも残すことが自分の論に責任を持つということだと考えるためであり、また後々に上記の批判記事を読んだ方に、「手嶋氏は、"そんな間違ったことは書いてない"じゃないか」と思われる可能性をなくすためです。ありがたくも問題点を指摘してくださった方に不名誉となる事態は、私の望みではございません。
誤った記述(ファーガソン論文の紹介部分)の直前でも、改めて「追記」で注意喚起を行っておりますので、本記事をこのままお読み頂いても問題ないようにしてあります。以上、宜しくお願い申し上げます。
【追記ここまで】
萌え絵が性差別・性犯罪を助長する指摘する声
冷静に考えると、「萌え絵」で性犯罪・性犯罪を誘発するなんてどんな呪いの絵よって感じなんだけど、全国フェミニスト議員連盟(フェミ議連)がその威信を賭けて警察に送付した質問状にもあるから、どうやら一応本気では言ってるみたい。
実際、VTuberの戸定梨香さんの起用についてフェミ議連はこう書いているわ。
見解をお聞きしたく、以下の質問にお答えくださいますようお願いします。
1、交通事故防止啓発キャラクターに、戸定梨香を採用した理由をお答えください。
2、女児を性的な対象として描くキャラクターを採用することは、性犯罪誘発の懸念すら感じさせるものですが、採用決定過程においてどのような検討をされたかお答えください。
ご当地VTuber 戸定梨香」を啓発動画に採用したことに対する抗議ならびに公開質問状(visited 2021/11/23)
また最近では、女性権利活動で知られる仁藤夢乃さんが地域振興企画「温泉むすめプロジェクト」を指して、「現実の性差別・性搾取・性犯罪と本当に地続き」と述べて批判していたわね。
フェミ議盟に所属する議員さんたちや仁藤夢乃さんのような著名なフェミニストも言っている以上、「萌え絵は性差別・性犯罪を引き起こす」という認知は無視できないほど広まっていると考えた方がいいでしょう。(間接的にか直接的にかといった詳細は人によるでしょうから、細かくはまだ問題にしないわ。)
つまり「変な人たちの変な考え方だし無視でいーや。」と流してはいられないのよ。
この点を規制反対派は厳しく認識していなくてはならないわ。
表現の悪影響の「根拠」を述べる人たち
さて。ぱちぇたちはその科学的根拠を尋ねて対抗している訳だけど、中には「根拠はある! これだ!」と返してくる人も当然いるわ。
例えば、前のnote記事でも取り上げたアイルランド・コーク大学のクエール教授の報告書は、日本ユニセフのページでも紹介されていて、表現規制派もしばしば引用するわ。具体的には次の部分ね。
子どもポルノをオンラインで見るということと、(実際の子どもへの)接触犯罪を犯すということとの正確な関係ははっきりしていません(中略)しかし、こうした画像を視聴することと犯罪を犯すこととの相互関係についての調査は、いろいろと試みられています。一例はアメリカのヘルナンデス氏による刑務所内の入所者に関する調査です。それによれば、実際に子どもポルノを受動的に視聴した人の76%が接触犯罪を犯していたというのです。
エセル・クエール「子どもの性的搾取を描いたマンガ、アニメ・・・。なぜ問題なのか?」(日本ユニセフ, 2008)visited 2021/11/23
引用文にある「ヘルナンデス氏による刑務所内の入所者に関する調査」は、"Butner Study Redux"(バトナー研究の再編)と呼ばれている有名な論文よ。これは後ほど詳しく説明するわ。
また、次の本を根拠として持ち出す人もいるわ。
この本の中でも上のクエール教授の報告書が引用されているわね。本を買って確認したから間違いないわよ。
また少しグーグル検索が出来る人だと――これはぱちぇの昔のnote記事でも既に批判的に取り上げたけれど――渡辺真由子さんが書いた総説論文「性的有害情報に関する実証的研究の系譜」を出してくるパターンもあったわね。
(※リンク先からPDF文書が入手可能。)
この総説論文でもヘルナンデスさんの「バトナー研究の再編」が取り上げられているわ。なお、渡辺さんの総説論文は、断言こそ慎重に避けているけれど、全体を通して読めば分かる通り「表現には悪影響がある」側にかなり偏っているわ。
米連邦刑務局のBourke & Hernadez(2009)は、ネットを利用した児童ポルノの所持・受領・配布で逮捕された受刑者のうち、実に85%もの受刑者が、実在する子どもへの性犯罪を起こしていたことを明らかにした。この調査結果はあまりに衝撃的だったため、米連邦刑務局は世間の反発を恐れ隠ぺいしようとしたが、New York Timesによるスクープ取材で明らかにされた(DeAngelis, 2009)。Bourke & Hernadezは、「『児童ポルノ所有者』を『児童への性犯罪者』と分けて考えることが、果たして現実的なのだろうか」との問いを投げかけている。
また、この研究から、ネット上で児童ポルノにさらされると「児童を性的対象と見なす」「児童をモノ化する」「被害者の苦しみへの想像力が麻痺(脱感作)する」、といった影響を受けることも示された。
渡辺真由子「性的有害情報に関する実証的研究の系譜~従来メディアからネットまで」情報通信学会誌(2012)30 巻 2 号 p. 2_81-2_88
ふむふむ? ここでも「バトナー研究の再編」が規制派の頼りにされているみたいね。
ちなみに「総説論文」はあまり聞き慣れないワードだと思うんだけど、要は「対象にしたジャンルのいろんな論文をまとめて紹介する」タイプの論文よ。自分の研究を主に述べるわけではないし、個別の研究にも深くは立ち入らないけれど、ある研究分野の大まかな動向が分かるから便利なのよ。変な論文を引くのも一定防げるし。
「自分でやった研究の成果を自分で報告する」タイプの普通の論文は「原著論文」と呼ぶわ。
ヘルナンデスさんの「バトナー研究の再編」とは?
ここまで頼りにされている「バトナー研究の再編」は、規制反対派としても詳しく検討しなくちゃいけないわね。
まず、注意が必要なんだけど、「元の論文で研究者が書いていること」と「それを引用した人が書いていること」はたいていズレるわ。
結論から言うと、ヘルナンデスさんは「子どもポルノをオンラインで見ることが、実際の子どもへの加害を引き起こす(ポルノ→加害という因果関係がある)」とは一切書いてないのよ。
一切、書いてないのよ。
元となった論文はこれ。
タイトルを日本語で言うと「バトナー研究の再編:児童ポルノ犯罪者による児童への直接的な被害の発生率についての報告」ね。出版されたのは2008年よ。
(ミシシッピ大学サーバーからPDF文書が入手可能。)
「バトナー研究の再編」というからには、当然、これの前身になった「バトナー研究」ってのもあるわ。
ウォラックさんらが「児童ポルノ犯罪者は、接触性犯罪も犯している者が多い」と報告したポスター発表がそう呼ばれているの。
とはいえ、しょせんそれはポスター発表だし、調査の規模も小さなかったのよ。
そこで、じゃあガッツリやりましょうって言ってやったのが、この「バトナー研究の再編」(Butner Study Redux)よ!
これどういう研究かっていうと、ぱちぇが簡単にまとめると、
1.児童ポルノ法違反で逮捕された刑務所入所者から、自主希望で治療プログラムへの参加者を募った。
2.その参加者を、「①児童ポルノ法違反だけで逮捕された人」(=実在児童への加害はしていないはずの人)と、「②児童ポルノ法違反+実在児童への加害で逮捕された人」の2グループに分けた。
3.治療プログラムを進めていくと、①のグループの参加者が「実在の児童への加害をしていました」と告白するようになった。
4.その告白した人たちを「実在児童への加害をしていた人」に含めてカウントすると、「児童ポルノ法違反だけで逮捕された人」=「見るだけの人」の約80%は、じつは「実在児童への加害をしていた人」=「触る人」でもあった。
――――とまあ、こんな研究なわけ!
うん。この論文自体は、考察とか結論も含めてぜんぜん問題ないんだけど……。
まあ……。「児童ポルノの所持・閲覧が、児童への性犯罪を引き起こす」という因果関係を示すような研究ではないわね。
研究の主眼は、まず上で提示されている治療プログラム(犯罪者矯正のための教育を兼ねたプログラム)の評価にあるでしょうね。治療プログラムによって、過去の犯罪を含めて罪に向き合うようになりました、ええ、良いことよ。だから出所後の再犯率とかも調べてるわけ。
そして「ポルノ→性犯罪」という因果関係については、論文の考察部分でこう述べられているわ。
(※読者さんが誤訳をチェックできるように原文も後ろにつけておくけど、気になる人向けだから、普通は読み飛ばしていいわ。)
【和訳】
今回の研究では、インターネット上の児童ポルノに触れることが、どのような状況で、どのように個人に影響を与えるのかという問題には触れていないが、今回の調査結果に基づいて、インターネット(上の児童ポルノに触れること)が接触型性犯罪の因果関係を持つと結論づけるのは早計だと思われる。
これは、児童ポルノの閲覧と接触型性犯罪との間に関係がないことを意味するものではない。むしろ、複雑で相互的な関係があると考えている。しかし、この分野の実証研究が少ないことから、現時点では関係性のパラメータを定義するのは時期尚早である。
【原文】
While our study does not address the questions of how, and under what circumstances, exposure to Internet child pornography affects individuals, based on the current findings it seems presumptuous to conclude that the Internet is a causal factor in contact sexual criminality.
The vast majority of the participants in our treatment program report that they committed acts of hands-on abuse prior to seeking child pornography via the Internet. By making this observation we do not intend to imply that there is no relationship between viewing child pornography and contact sexual crimes. In fact, we believe that there exists a complex and reciprocal interaction. However, given the paucity of empirical research in this area, it is premature to define the relationship parameters at this time.
Michael L. Bourke, Andres E. Hernandez "The ‘Butner Study’ Redux: A Report of the Incidence of Hands-on Child Victimization by Child Pornography Offenders", J. Fam. Viol.(2008), 24:183-191.
この論文は、例えば「児童ポルノ違反で逮捕された人は、実在児童への性的加害についても罪を犯しているかもしれないから、注意深く捜査しなさい」と言うには十分に使えるものでしょう。それは警察さんが頑張ればいいわ。
でも、因果関係に関しては、そもそも調べられるような研究デザインになってないし、被験者は自主希望制で集められた、しかも犯罪者よね。
この調査では、犯罪者ではない人たちや、犯罪者だけれど治療プログラムへの参加を希望しなかった人たちについて、「児童ポルノを見ることで性犯罪を起こすだろう」とは言えないわ。
もちろんヘルナンデスさんは、そんなこと言えないから、そんなこと言ってないんだけど。(「本研究の限界」として、自主希望しなかった性犯罪者については何も言えない等、誠実かつ慎重に書いてあるのよ。)
また、別の論文では、このバトナー研究を紹介しつつ、「児童ポルノを所持・閲覧するだけではなく、実在児童に性加害を行っていた」犯罪者にしても、その大部分は「見るよりも前に触っている」と書いているわ。
【和訳】
バトナー研究再編(Bourke & Hernandez, 2009)は、投獄された性犯罪者(CPO)の74%が接触型性犯罪の経験がなかったにもかかわらず、治療終了時には85%近くが少なくとも1つの接触型性犯罪の経験を認めたという重要な研究である。犯罪者1人あたりの平均被害者数は、約13〜14人の未発見の被害者がいた。さらに、過去の性犯罪歴がわかっている被験者は、過去の接触性犯罪歴がわからない被験者の2倍の被害者がいることを告白したと述べている。さらに、対象者の3分の2近くが思春期前と思春期後の両方の被害者を虐待したことを認め、少なくとも25%が男性と女性の両方を虐待したことを告白した。さらに、調査対象者の大部分が、児童ポルノを使用する前に児童虐待を行ったことがあると報告していることもわかった。これらの結果は、他の研究者からも支持されている。特に、CPOは、これまで知られていたよりもはるかに多くの接触犯罪を報告する傾向があると言われている。(例:Ahlmeyer,Heil,McKee,& English, 2000; English et al.)
【原文】
The Butner Study (Bourke & Hernandez, 2009) was an important study that found that 74% of incarcerated sex offenders (CPO) had no known prior contact sex related offenses yet by the end of treatment it was found that nearly 85% subsequently admitted having at least one contact sex offense. The average number of victims per offender was approximately 13 to14 undetected victims. The authors went on to state that subjects with known prior sex offense histories disclosed having twice as many victims as those whose prior contact sex offenses were not know. In addition, they discovered that nearly 2/3 of their sample admitted having abused both pre-pubescent and post-pubescent victims and at least 25% abused both males and females. Lastly, the authors found that the majority of their sample reported having engaged in child molestation prior to their use of child pornography. These study results have been supported by other researchers as well especially in that the CPO tend to report far more contact offenses than what was previously known (e.g., Ahlmeyer,Heil, McKee, & English, 2000; English et al., 2000; Seto, Hanson,& Babchishin, 2011).
S. A. Johnson "Child Pornography Users & Child Contact Offenders: Applications for Law Enforcement, Prosecution and Forensic Mental Health" IJEMHHR(2015), vol. 17, No.4, pp.666-669.
少なくとも、児童ポルノに接する前に行った性犯罪に関しては、「児童ポルノせいだ!」とする説明は完全に不可能よね。だって、まだ見てないのだわ。
つまり、このヘルナンデスさんらの研究を、「児童ポルノは性犯罪を引き起こす」という主張の根拠に持ってくるのは、まったくの無理筋であるというワケよ。
今後、この「バトナー研究再編」を、表現による悪影響論の根拠として出されたら、ぱちぇの今回のnote記事へのリンクを貼って、一言「違います。」と述べるだけでいいでしょう。
さて。渡辺さんの総説論文でもこの「バトナー研究再編」は引用されているのだけど、「この知見は、治療プログラムへの参加を自主的に希望した性犯罪者に限られる」と「ポルノ→性犯罪という因果関係を示すものではない」という著者の注意書きを飛ばしていて、ちょっとズルくない? と思う仕上がりになっていうわ。
もう一度、渡辺さんの総説論文から該当部分を引用するわね。
米連邦刑務局のBourke & Hernadez(2009)は、ネットを利用した児童ポルノの所持・受領・配布で逮捕された受刑者のうち、実に85%もの受刑者が、実在する子どもへの性犯罪を起こしていたことを明らかにした。この調査結果はあまりに衝撃的だったため、米連邦刑務局は世間の反発を恐れ隠ぺいしようとしたが、New York Timesによるスクープ取材で明らかにされた(DeAngelis, 2009)。Bourke & Hernadezは、「『児童ポルノ所有者』を『児童への性犯罪者』と分けて考えることが、果たして現実的なのだろうか」との問いを投げかけている。
また、この研究から、ネット上で児童ポルノにさらされると「児童を性的対象と見なす」「児童をモノ化する」「被害者の苦しみへの想像力が麻痺(脱感作)する」、といった影響を受けることも示された。
渡辺真由子「性的有害情報に関する実証的研究の系譜~従来メディアからネットまで」情報通信学会誌(2012)30 巻 2 号 p. 2_81-2_88
太字強調した部分だけど、まずどちらも「治療プログラムへの参加を自主的に希望した性犯罪者」の話ね。著者がはっきりそう限定しているわ。ヘルナンデスさんの論文に戻ってその部分を読んでみましょう。
【和訳】
今回の研究にはいくつかの制限がある。まず、今回の被験者は全員が性犯罪者で治療を志願している。児童ポルノ製作者が自ら治療を希望した場合と、同様の犯罪を犯しながら治療を拒否した場合とでは、どのような違いがあるのかは不明である。治療に志願するのは、治療の必要性が高いと認識している(つまり、多数の被害者がいる)ために助けを求めようとする最も「多作」の犯罪者である可能性がある。逆に、治療を拒否する人の方が、より多くの加害者である可能性もある。
【原文】
There are several limitations of the current study. First, all of the current subjects volunteered for sex offender treatment. It is unknown whether, or in what manner, child pornographers who self-select for treatment differ from offenders with similar offenses who decline to participate in such treatment programs. It is possible that those who volunteer for treatment could be the most prolific offenders who are motivated to seek help because they recognize they have significant treatment needs (i.e., numerous victims). Alternatively, the opposite could be argued: those who refuse treatment may be the more prolific abusers.
Michael L. Bourke, Andres E. Hernandez "The ‘Butner Study’ Redux: A Report of the Incidence of Hands-on Child Victimization by Child Pornography Offenders", J. Fam. Viol.(2008), 24:183-191.
また、「児童を性的対象と見なす」といった種々の悪影響があることが示唆されたとは確かに書いてあったけど、価値観や思想レベルでの影響であって、性犯罪を「起こさせる・実行させる」ような力は示されてないわ。しかも、やっぱり犯罪者に限定した話よ。
加えて、価値観や思想レベルでの影響にしても、他の研究では否定的な結果が出ているわ。それも一人や二人が「例外的に」主張しているのではなく、別の総説論文ではしっかり紹介される水準よ。これに関しては次の節で述べるわ。
さらに――これは渡辺さんへの指摘ではないけれど――「バトナー研究の再編」を引用して「萌え絵は規制されるべき!」と言っている人に向けて言えば、ここでいう児童ポルノはマジの児童ポルノであって、駅に貼られるような萌え絵ポスターではないわ。
「バトナー研究の再編」については以上よ!
価値観や思想レベルでの悪影響ならある?
さて。懸念される価値観や思想レベルでの悪影響だけど、これについては前述した通り、否定的な結果も多数出ているわ。
しかも、それらをファーガソンさんが総説論文にまとめてくれているのよ!
ここから、かなり長いけれど、極めて重要な部分を引用しましょう。
……あの、ホントに長いから、太字強調だけを読んだりして、必要ならちょっと工夫してね?
ただ本当に重要な論文で、表現規制に反対する人たちには、とてつもなく有用な知見が得られることは保証するわ!
【2022年1月13日追記】
以下の引用およびそれに続く「ポイント」の提示は、私の読解に問題があったため、論文全体の主旨からするとミスリーディングとなっています。「ポイント」に関しては直後により適切な解説を付記しました。
なお、どのように問題があり、本当はどのように読むべきだったかは、本記事への批判として寄せられた『快楽は一瞬で代償は高くつく? — 強姦と性的暴行へのポルノの影響』に詳述されているため、そちらを参照いただきたく存じます。
強く反省するとともに、時間と労力を割いて御指摘・御指導して下さったことに感謝するばかりです。
【追記ここまで】
【和訳】
ポルノへの曝露が性的暴行に及ぼす影響についての証拠は、ほとんど一貫性がない(Dwyer, 2008; Segal, 1994)。ある人は、ポルノが入手可能で、それに触れることで、女性と性に関する否定的な態度が増加すると考えている。また、ポルノを見ることで感覚が麻痺し、性的暴行やレイプを犯すリスクが高まるとする意見もある。また、ポルノは性的攻撃を抑えてくれるカタルシスのようなものであり、ポルノを見ることでレイプなどの性犯罪に手を染めようとする気持ちを抑えてくれるのではないかと考える人もいる。後者の仮説は、少なくとも他の仮説と同等の実証的な支持を受けている(D'Amato, 2006)。また、実証研究では、どのようなメディアを見ても、攻撃性や暴力性への傾向が強い人がいることもわかっている(Ferguson,Cruz, et al.2008; Ferguson, Rueda, et al.2008など)。これらの反対意見で一致しているのは、性的攻撃や暴力行為をする素質のない人は、ポルノを見ても影響を受けないということである。
ポルノと性的暴力の影響に関する既存の実験研究の結果は、いくつかのメタアナリシスでレビューされている(Allen, D'Allessio, & Emmers-Sommer, 2000; Odone Paolucci, Genuis, & Violato, 2000; Gunter, 2002)。分析から、結果は概してまちまちであり、研究に用いられた研究手法のタイプが結果に大きく影響することが多いと結論づけられる。例えば、Malamuth and Ceniti (1986)は、男子大学生を対象に、レイプの可能性を自己申告に基づいて研究した。この実験では、42人の被験者が、暴力的なポルノ、非暴力的なポルノ、あるいはポルノではないものにさらされた。被験者は4週間にわたって調査を受け、10回に分けてメディアに触れた。その後、女性に対する怒り、女性を傷つけたいという欲求、レイプ傾向などを調べるアンケートを実施した。その結果、暴力的なポルノと非暴力的なポルノは攻撃性に影響を与えたが、レイプ傾向については、暴力的なポルノと非暴力的なポルノ、非暴力的なメディアの間に違いはなかった。また、女性を傷つけたいという欲求についても、有意な影響は見られなかった。以上の結果から、暴力的なポルノも非暴力的なポルノも、長期的に見ると女性への攻撃性やレイプの可能性に影響を与えないことがわかった。
Linz, Donnerstein, Penrod(1988)は、156人の大学生男性を対象に、セックスと暴力が混在するR指定の映画、暴力のないセックスが混在するR指定の映画、暴力のないポルノ映画、または映画を全く見ない映画のいずれかをランダムに見せた。意外なことに、暴力的な映画を見た人の方が不安や抑うつ感が少なかった。また、FisherとGrenier(1994)の研究では、男子大学生を対象に、ポジティブな結果(女性が行為を楽しんでいる)とネガティブな結果(女性が行為を楽しんでいない)の両方が得られる暴力的なポルノ、非暴力的なポルノ、中立的なメディアに暴露した。さらに、女性に対する態度、レイプ神話の受容、暴力の受容などを問うアンケートを実施した。その結果、暴力的なポルノ、非暴力的なポルノともに、いずれの結果にも影響はなかった。
ここで取り上げた研究は、ポルノに関する研究のほんの一部に過ぎないが、有名な著者によるものであり、文献の状態を概ね代表している。これらの実験的研究の結果は、(ポルノによる悪影響という)効果が無視できるほど小さく、一時的なものであり、現実世界に一般化するのは難しいことを示している。このような研究には多くの限界があり、「攻撃性」測定の妥当性の問題、暴露時間の短さ、態度と行動の相関関係の複雑さ、大学生の結果を実際の性犯罪者や強姦犯に一般化することの難しさなどが挙げられる(Mold, 1988)。
【原文】
Evidence of the influence of exposure to pornography on sexual assault is inconsistent at best (Dwyer, 2008; Segal, 1994). Some contend that availability of, and exposure to, pornography increases negative attitudes about females and sexuality. Those with this view suggest that exposure to pornography desensitizes viewers thereby increasing the risk of committing sexual assault or rape. Others believe pornography may be something of a catharsis for those with pent up sexual aggression and that viewing pornography may actually reduce the desire to engage in sex crimes such as rape. This latter hypothesis has arguably received at least equal empirical support as the other alternatives (D'Amato, 2006). Empirical research has also shown that some persons have greater inclinations toward aggression and violence regardless of the type of media they view (e.g., Ferguson, Cruz, et al., 2008; Ferguson, Rueda, et al., 2008). What the above opposing views agree upon is that those who are not predisposed to sexually aggressive or violent behavior will be less affected by exposure to pornography. Likewise, those who have this predisposition are the most likely to be affected, either as a catharsis or a negative influence. Results of existing experimental research on the effects of pornography and sexualized violence have been reviewed in several meta-analyses (Allen, D'Allessio, & Emmers-Sommer, 2000; Odone Paolucci, Genuis, & Violato, 2000; Gunter, 2002). These analyses conclude that results are generally mixed and the type of research methodology used in the study often greatly affects the outcome. For instance, Malamuth and Ceniti (1986) studied male college students and self-reported likelihood of rape. The experiment included 42 subjects who were exposed to violent pornography, non-violent pornography, or non-pornographic material. Participants were studied over a 4-week period and were exposed to the media 10 separate times. They were then administered a questionnaire testing anger towards females, a desire to hurt females, and rape proclivity. The authors state in their study abstract that the violent and non-violent pornography affected aggression but there was no difference in proclivity to rape between those exposed to the violent versus non-violent pornography, or the non-pornographic media. There were also no significant effects found over the desire to hurt females. In conclusion, neither violent nor non-violent pornography viewed over time, affected aggressiveness toward females or the likelihood to rape. This study also provides an example of a remarkable mismatch between the claims stated in the abstract and the actual data presented in the results section of the paper. Linz, Donnerstein, and Penrod (1988) studied 156 college males who were exposed randomly to either an R-rated movie containing a mix of sex and violence, an R-rated movie containing sex without violence, a non-violent pornographic movie, or no movie at all. Participants then filled out a questionnaire rating their anxiety, depression, as well as sympathy toward a rape victim. Surprisingly, those who had viewed the violent movie were less anxious and depressed. Results show no significant effects for the random exposure and sympathy of a rape victim, but a significant yet negligible effect was found for those who viewed the violent movie; they exhibited slightly greater acceptance of rape. Another study by Fisher and Grenier (1994) exposed male college students to violent pornography, with both positive (a female enjoying the act) and negative (the female not enjoying the act) outcomes, non-violent pornography and neutral media. Students were then asked to fill out a questionnaire testing attitudes toward women, rape myth acceptance, and acceptance of violence. This study concluded no effects on any of the outcomes for either violent or nonviolent pornography. The studies discussed above are only a sampling of studies on pornography, although they are by well-known authors and are generally representative of the state of the literature. Results of these experimental research studies reveal that effects appear negligible, temporary and difficult to generalize to the real world. Studies such as these are also fraught with many limitations, some of which include validity issues with “aggression” measures, brief exposure times, complexities of correlating attitudes with behavior, and difficulties in generalizing results from college students to actual sexual offenders and rapists (Mould, 1988).
Christopher J.Ferguson, Richard D.Hartley, "The pleasure is momentary…the expense damnable?: The influence of pornography on rape and sexual assault" Aggression and Violent Behavior(2009), Volume 14, Issue 5, Pages 323-329.
――――お疲れ様! 頑張ったわね!
ホント長かったわ!
ともあれ、上で挙げられている数々の論文を引用しつつ、表現規制反対派として意見を述べるようにすれば、1段も2段もクオリティの高い言論が展開できるわよ。
ポイントを圧縮してまとめておきましょう。
【ポイント】
・どのようなメディアを見ても、もともと攻撃性や暴力性が強い人がいる。
・性的攻撃や暴力行為をする素質のない人は、ポルノを見ても影響を受けない。
・暴力的なポルノを見た場合と、非暴力的なポルノを見た場合で比較しても、女性に対する態度、レイプ神話の受容、暴力の受容などについて、いずれも特に影響は見られなかった。
・ポルノによる悪影響は無視できるほど小さく、一時的なものであり、現実世界に一般化するのは難しい。
【2022年1月13日追記】
上記のポイント4つは、実際に「そうした研究報告もなされている」という点では正しいのですが、著者のファーガソンとしては「影響あるとする研究報告も、影響がないとする研究報告もある。心理学実験の結果は一貫性がないため、確かなことは言えない」という旨で記述しています。
私が本記事で引用し紹介したのは、いわばこの文脈の中の「影響がないとする研究報告もある。例えば、○○氏の研究、△△氏の研究……などである」の部分となります。
【追記ここまで】
他の部分についても、この総説論文には重要な指摘が多いのだけれど、すべてを紹介しきることは出来ない(著作権法違反になるわ……)から、やる気のある人は、なんとか論文を入手して読んでみてほしいわ。それが現実的なのは大学生とかかしらね。国会図書館なら複写依頼はできるかも?
この複数の研究者から相補的に得られた知見を、「バトナー研究の再編」にあった著者の考察の記述のみでひっくり返すのは無理よ。総説論文をまとめたファーガソンさんだけの研究結果で言っていることではないのよ。それぞれ引用がしっかりなされている通りね。
……ところで、なぜか渡辺さんの総説論文だと、ファーガソンさんもファーガソンさんが上のように引用している研究者も「存在しないこと」になってるんだけどね?
ついでに言えば、各国の広範な統計調査に基づいてポルノと性犯罪の関係を調べたミルトン・ダイヤモンドの総説論文を引いてないの変だわ。2010年の論文だから渡辺さんが執筆した当時には既に出版されているはずよ。もしかして、都合のいい結論に誘導したくて選り好みした……ゲフンゲフン、何でもないわ! 邪推よね!
「悪影響はあるんだ!」と主張する人に、ぜひこのnote記事ごとぶつけてあげてね!
ちなみに、この2009年のファーガソンさんの総説論文は、その10年後の2019年に出たメラーさんの総説論文でも取り上げられているのよ。この新しい方でもやっぱりファーガソンさんらの見解と一致するとはっきり述べられているわ。これは短めに引用するわね。
【和訳】
このレビューでは、ポルノへの曝露と男性の犯罪との間に関係があるかどうかを調べることを目的とした。このレビューでは、ポルノと犯罪との関係は必ずしも明確ではないことが強調された。このレビューの結果は、ポルノへの曝露と性的犯罪との間の因果関係が明らかではないことを示す過去のレビューと一致した(Ferguson & Hartley, 2009)。
【原文】
The review aimed to explore the use of pornography to determine whether there is a relationship between exposure to pornography and offending in males. The review highlights that the relationship between pornography and offending is not always clear. The outcome of this review is consistent with previous reviews suggesting a causal relationship between exposure to pornography and sexual offending is not evident (Ferguson & Hartley, 2009).
Emily Mellor, Simon Duff "The use of pornography and the relationship between pornography exposure and sexual offending in males: A systematic review", Aggression and Violent Behavior(2019), Volume 46, Pages 116-126.
「価値観や思想には悪影響があるよ」論への対策は、これくらいしておけば十分でしょう。
というわけで、今回、
①「バトナー研究再編」を根拠にした「表現が性犯罪を起こす」「表現には悪影響がある」論は、非常に限定された領域(自主的に治療プログラムに参加した性犯罪者)にしか完全には成立しないこと。
②「表現には悪影響がある」論も、多数の研究によって否定的な見解が述べられていること。
この2つを主として示したわ。
(ちなみに、ポルノは性犯罪に因果的には影響しないと考えられていることに関しては、以前のnote記事でダイヤモンドさんの総説論文に基づいて示したから、そちらを参照してちょうだい。)
ぱちぇの考えも述べておきましょう。
実は「表現を規制しよう」まで行くには、因果的な悪影響の存在を実証するのも当然だけれど、本当は話はそれだけでは終わらないのよ。
というのも、もし悪影響があるとしても、お酒やタバコのように、「自由の範疇」として認められているものは多数あるわ。また、アメリカ禁酒法の例に見るように、「規制すること」が悪影響を防ぐ優れた手段とは限らないのも事実よ。
自由権を制約するだけの合理的な理由があり、かつ「規制」という手段が目的達成のための優れた手段であることを示せて、初めて規制論は正当化されるのよ。
ましてや、昨今の「萌え絵有害論」に関しては、そもそもポルノと違って萌え絵の影響には研究例すら「ない」わ。「ほとんどない」じゃなくて「ない」のよ。まずは実証研究を積み重ねないと、「推定有罪」で萌え絵を排除しにかかるのは、中世魔女裁判的な弾圧以外の何でもないでしょう。
以上!
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最後は、いつもどおりお礼メッセージが表示されるだけの投げ銭エリアよ。
リアルな話、かなり手間暇がかかったから、ちょっと恵んでもらえると助かるのだわ……。
このnote記事の活用法として、反論資料としてリンク貼ってぶつけてもらうことを想定しているから、内容はどうしても全文無料で公開したいしね。(悪影響論者は、買ってまでは読まないでしょう?)
少し泣き言が入ったわね! ともあれ、どんどん使ってね! どこにリンクを貼るのも、どこで引用するのも、少なくともぱちぇの許可を取る必要はないわ。(場所によっては、そこの管理者の許可は要るかもしれないわ。)
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