海外子育てで辛かったこと
海外に住んで24年になる。私のようにある程度大人になってから海外に住むことになると、20年以上住んでいても言葉の不自由を感じ続けていることになる。(外国語なんて現地に10年も住んでいたらネイティブ並みになると思っていたのが甘かった。)私のような者にとって、海外暮らしは辛いことが多い。その中でも子育て時代が一番辛かったのではないかと思う。
同じく日本人で子育てがほぼ終わった友人同士で先日話していたとき、子供を学校に迎えに行ったときに校庭で待っている時間が辛かったという話になった。
私はこれに100%同感する。どれだけ頷いても足りないくらい同感する。しかし、この話を他の日本人から聞いたのは初めてだったので驚いた。え、なんでもっと早く言ってくれなかった!?
私の国では、子供は自分たちだけで学校に行けない。10~11歳までは親や代理の大人が送迎をする。朝は子供が学校の門をくぐったら、すぐその場を去る。しかし放課後に子供を迎えに行くときは、子供が出てくるまで校庭で待たされる。校庭にはたくさんの保護者(主に母親)が集まって楽しそうにおしゃべりしている。いくつかの仲良しグループが出来上がっているのだが、私はそのどれにも属していなかった。
個人個人のお母さんたちとは、機会があれば話はするし、挨拶は毎日する。例えば子供同士で遊ばせる件など用事があれば話せる。でも同じ人と毎日話す用件はないし、取り留めのない話をダラダラする会話力もない。知っているお母さんがグループの中に入って他の人と話しているときに、その中に割って入る勇気はない。時々、変わり者のお母さんに捕まるとつまらない話を延々と聞かされてうんざりする。だから私は毎日、誰とも話さずにひとりポツンと寂しそうに立って子供が出てくるのを待っていた。もちろん慣れてくるわけだが、それでも楽しそうにお喋りする人達が周りにいる中で、ひとりでいる自分は嫌だった。
日本人でも現地人のママ友がたくさんいる人もいるので、私は「学校ではいつもひとりぼっち」だなんて恥ずかしくて、日本人のママ友たち(子供の学校は違う)には言えなかった。他の人はみんな上手くやっているものだと思っていたから。
でも、私だけじゃなかったんだ。同じ思いを抱えていた人は少なくないんだと知って安心した。実はみんな同じ苦悩を感じていながら、当時は辛過ぎて口に出すのも嫌だったのだろう。今ようやく、それが過去の事として口に出せるようになったのだ。でも、あの当時にこの悩みを打ち明けられたら、どんなに気が楽だったろう。
ただでさえ、海外子育ては大変だ。私のいる国では、子供だけを家に置いて出かけることも許されないので、自分の自由になる時間は日本で子育てする場合よりも限られている。親や親戚が近くにいないので、何かあったときに気軽に子供を預けることも出来ない。気軽に子供を預けられる友人も近くにいなかった。よくあの時代を生き延びたなあと思う。
子供を産み育てたことは、私の人生の最大の喜びであるにも関わらず、子供が一番可愛くて小さかった時代は最大の苦悩の時代であったとは皮肉なものだ。子供が小さかったときの写真や動画を見ると、なんて可愛かったんだろうと思う。でも今思うとその可愛さを満喫できていなかった。これはどこの国に住んでいても同じだろうが。
日本の子育てもいろいろ苦労はあるだろう。ママ友問題は日本の方が深刻かもしれない。海外在住の日本人ママ友同士でも、いろいろ問題はあるけれど、日本ほどではないかもしれない。どちらが気楽か楽しいか、人それぞれだと思う。
散々、辛かった辛かったと書いてきたが、私は日本を出て良かったと思っている。海外暮らしを否定しているわけではない。なんだかんだ言ってこちらの暮らしが性に合っているし、楽しいこともたくさん体験してはいる。でも、海外キラキラ生活を書いているブログは腐るほどあるし、私はここではネガティブなことをメインに書いていくと思う。
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