風が奏でる〝音〟に驚く
11月4日。初めて階上(はしかみ)。『旧向洋高校・伝承館』に向かったのは、気仙沼に滞在して1週間を過ぎた頃だった。季節は違うけれど、行くなら午後2時半過ぎと決めていた。間抜けなことに、木曜日は休館日。人気のない『伝承館』から南へ進んで防波堤を目指した。
巨大な堤防の下に駐車し階段を登ると、そこは太平洋。内湾とは別世界だ。岩井崎がよく見えた。
振り返れば、波路上明戸の旭崎の方まで、堤防と波除けブロックが弧を描いて続いている。
堤防の手すりが一か所だけ輝いている。その向こうに、防波堤よりもはるかに高い丘と、その上に建つ展望台が見えた。
あそこからなら、堤防といっしょに、その南に広がる太平洋も写せそうだ。光のいいうちに撮りたかったので、岩井崎には寄らず、急いで、あの展望台の方へ向かった。
丘の南側から駐車場へと向かう途中、展望台のある丘の中腹に慰霊碑が見えた。写真で見覚えのある、色、形‥。あ、ここが杉ノ下高台だったんだと、その時気づいた。
駐車場に車を駐め展望台を見上げると、背の高い男の人がひとり、海のある南の方を向いて立っていた。駐車場には白い軽トラックが一台。私は、写真を撮ることに夢中になり過ぎて、大切なことを忘れかけていた。
数分だったか、4、5分だったか、もっとだったは分からない。気がつくと、展望台の上にいたはずのその人が、もう階段を降りてきていた。目が合ったので、思わず会釈すると、その人は微笑みながら、軽く会釈を返してくれた。
上ってみた。堤防を見下ろせる。海が見える。あの人はここで、ずっと海を見ていた。
『伝承館』の方を見て、また驚く。旧向洋高校の向こうにも、海が見えた。この展望台の床は、旧向洋高校の屋上よりも、さらに高く作られていた。
風が少し吹いてきた。すると何やら、声のような楽器のような、不思議な音が聞こえ始めた。低いリコーダーのような音。いくつもの音が、微妙にズレた音程で、唸るように聞こえてくる。風が強くなると音は大きくなり、風が弱まると小さくなる。
展望台から下りる途中、展望台の床の下に、何やらパイプが、何本も紐でくくり付けられているのに気づいた。塩ビのパイプもある。あ、鳴ってる。これが音を出していたんだ。
音の理由は分かったけれど、その音を聴きながら眺めた海の景色は、晴れ渡った空の色とは違う、不思議な青さで、頭の中に残っている。