モネよりずっと以前から「気嵐」に魅了されていた「大井賢一さん」との出会い
心が震えるような気嵐の写真は、気仙沼内湾の近くにお住まいの「大井賢一」さんの作品だ。正確に言えば、その作品がNHK宮城の夕方の番組で紹介された画面を、大井さんがご自宅でスクショしたものをプリントし、それを私がスマホに取り込ませてもらったもの。
この「大井賢一さん」との出会いが「モネの好きな気嵐が見たい」という気持ちだけで内湾にやってきた私に、ちゃんとした写真を撮りたいという気持ちを呼び起こしてくれた。それは、カメラの選び方や写真の撮り方にもある。私が、これまで写真を撮りながら思い続けてきたことを、大井さんは、素晴らしい作品で肯定してくれたようにも思えた。
私は仕事柄、子どもたちが動く姿を、少し離れたところから撮ることが多かった。大切なのは、タイミングと構図を一瞬で決め、撮れた絵をその場で確認しながら、最適の微調整を加えること。この条件を満たすカメラは、高価なカメラや、交換レンズ群ではない。5万円前後で買える広角から望遠域までをカバーする、高倍率ズーム付きのコンデジなのだ。
大井さんは、教えてくれた。「気嵐は、気嵐そのものを撮っても絵にならない。その中に漁船を入れることで、気嵐が引き立つ」と。船は、いつ動き出すか分からない。ましてや二隻が交差する瞬間などは、同じところでじっと構えていて撮れるものでない。機動性が必要なのだ。
しかも前は海だから、被写体に寄って行けない。適切なズームが必要になるが、重くては、歩き回るのに不都合だ。やや画質は落ちても、決定的な瞬間を逃さないためには、散歩に持ち歩けるような軽さが大事になる。
気仙沼に住んでいる、いや、宮城県に住んでいる方なら、一度は観たことがあるかもしれないこの1枚。受賞し、カレンダーにも採用された見事な1枚だ。
さらに大井さんは進化する。朝焼けに染まる気嵐の中を進む船を、情感たっぷりに捉えたいい写真だと思う。でも大井さんは、別な写真を投稿したという。
このショットだけでも十分に作品として成立しているが、大井さんは、自分より前で撮影している人に気づいた。写真をやってる人なら分かると思うが、同じ被写体を、同じ大きさで画面に収める場合、前に出た方が、背景との距離感が出て、対象物が映える。同じ画角で勝負したら確実に負ける。
そこで大井さんは、画角を広角に変え、より高く上がった気嵐を捉えるとともに、手前の撮影者を、シルエットで前景に入れた。負けん気が強い人なんだろうと思った。
もう、シビれるような絵だ。いつかこんな絵が撮りたい。シルエットの撮影者が入ったおかげで、いろんなドラマが心に浮かぶ。どこか、絵本の1ページのようにも見える。傑作だ。
でも大井さんは貪欲だ。さらに撮影を続ける。ズームをかけて、船ではなく、今度は撮影者を主役に、フレーミングし直して撮影。テーマが変わって「気嵐を撮るカメラマン」になる。船はもはや背景の一部だ。これもまたいい。
こんな風に、瞬間的に画角を変え、ここぞというタイミングを逃さない写真撮影には、高倍率のコンデジがまさに最適だ。こうやって大井さんは、気嵐の出そうな朝は、カメラを持って内湾を歩いている。
10日ほど滞在した気仙沼を離れる日、階上の旧向洋高校『伝承館』に行った。『伝承館』に行くのは、少しでも気仙沼を知った後にしたかったから、最後まで行くのを我慢していた。
その『伝承館』の展示の最後にあるのが「海と生きる」のコーナーだ。ここには、元気に力強く今を生きる気仙沼の姿が、鮮やかに描かれていたが、そこに大きなディスプレイがあって、気仙沼を象徴するような風景や人々の写真が、スライドショーの形で紹介されている。
その中に、大井賢一さんの写真を見つけた。今紹介した写真のうちの少なくとも2枚が、大きな画面に映し出される。『伝承館』で、しかも大きな画面で見ると、また違った感動があった。写真ってほんとにいいなと、心から思った。