
アーサー王物語 その2
さあ、いよいよ悲劇のはじまりです。アーサー王と王妃グィネヴィアの愚かで悲しい人生。今度こそ最後まで書きましょう。
前回、陰謀の主であるモウドレッド卿にご登場願ったところで終わってましたね。では、いま一度、登場願いましょう!
「わたしがモウドレッドです。どうも激しい誤解があるようなのでいわせていただきたい。たしかにわたしは主君アーサーに対して不実であったかもしれぬ。しかしわたしにも事情があって……」
ええい、うるさい。悪党は悪党らしく素直に悪事を働きなさい。
「待ってくれ、いわせてくれ! そうさ、わたしがアーサーを殺したんだ。それは否定しない。でもわたしが悪いんじゃない! この身体に流れる呪われた血が悪いんだ!」
わかった、わかった。いまから説明するから引っ込んでなさい。
ええと、モウドレッドはアーサーの甥っ子として育てられましたが、本当は実の息子なんです。それを世間に隠されていたんです。
それはなぜか?
じつはですね、モウドレッドはアーサーが自分の姉さんとベッドを共にして、作ってしまった子供なのです。いわゆる不義の子供ですね。ちなみにその姉はモルゴースと言われていますが、モーガンという説もあります。名前が違うんじゃなくて、べつのお姉さんです。ぼくとしてはモーガン説を取りたいな。だってモーガンは魔法を使って何度も弟であるアーサーを暗殺しようとしましたからね。(モーガンは、美味しいキャラなんで、いつか紹介したいですねえ)
しかに……お姉さんとベッドでいたしてしまうアーサーって……グィネヴィアのことどーこーいえた義理じゃありませんな。
まったくねえ。「陰謀」を企てる側にもそれなりの背景があるところが、アーサー王伝説のすごいところ。不義の子として生まれ息子と名乗ることも許されない。モウドレッドにも父アーサーを憎む理由はちゃんとあるわけです。
さて。悲劇は円卓の騎士たちの「聖杯を探す旅」が終わったころからはじまります。
え? 聖杯の説明をしろ?
そりゃあなた、キリストが最後の晩餐で使った杯のことですよ。そして十字架に張りつけられたキリストの身体から流れた血を受けた杯でもあります。つまりキリスト教世界においては、非常に重要かつ神聖なモノなのです。
え? 聖杯そのものじゃなくて、それを「探す旅」の説明ですか?
うーむ、長いんだよなあ、このお話。ランスロットがエレインに騙されて彼女と子供を作っちゃったところから話さなきゃいけない。いまはごく簡単に「それを手にした者は最高の栄誉を得る」とぐらいに思ってください。で円卓の騎士たちは聖杯を探しに出かけたと。
さて。
それぞれ自分の方法で聖杯を探し始めた円卓の騎士たちですが、なにせとんでもなく神聖なモノですから、そう簡単に探し出せるものではない。しかもたとえ見つけても「聖杯を手にする資格」のない者は近づくこともできない。
そんなこんなで、それぞれに苦労を重ねたわけですが、あるときランスロットとガウェインは合流して一緒に聖杯を探しに出かけます。二人はついに、幻の城、カーボネック城にたどりつきます。ここの礼拝堂に聖杯が置かれているのです。
しかし……
この二人には聖杯を手にする資格はありませんでした。ガウェインは礼拝堂の中に入り、その眼で聖杯を拝むことはできました。ところがランスロットは礼拝堂に入ることすらかなわない。窓の外から、ちらっと、そのまばゆい輝きを見ただけ。
なぜ、ランスロットは部屋に入れなかったか?
理由はグィネヴィアです。主君アーサーの后であるグィネヴィアを愛してしまった。これは、とてつもなく重い罪なのです。だからランスロットは、礼拝堂からまるで磁石が反発するように、はじき出されてしまったわけです。
神に否定された!
さすがに自分に聖杯を手にする資格がないのはわかっていましたが、それでも友人であるガウェインは、目の前で聖杯を見ることができたのに、それすらも許されないなんて。
なんとわたしは罪深いことか……ランスロットは神さまから否定されたことにショックを受け、二度とグィネヴィアには会うまいと誓いました。
そして国に帰ってガウェインとともに、アーサー王に旅の報告をしたあと、誓いを守って、自分からはグィネヴィアには近づきませんでした。
がっ!
まったく会わないというわけにはいかない。ランスロットは、アーサーがもっとも信頼する円卓の騎士です。そしてグィネヴィアは王妃。宮廷でどうしても顔を合わせることはある。美しいグィネヴィアを見るとランスロットの心は揺れます。二度と会わないと誓ったのに、そんなことどうでもいいって気になってしまう。真面目なランスロットはそんな自分の弱さや、王に対する不実に悩みます。グィネヴィアに会うとどうしても心が乱れる。だからランスロットは露骨にグィネヴィアを避けるようになります。
あーあ。聖杯なんか探しに行かなきゃグィネヴィアとも、うまいこと関係を続けられたし、円卓の騎士たちもバラバラにならずにすんだのに。
ですが過去はもう変えられない。自分を避けるようになったランスロットに、今度はグィネヴィアが腹を立てます。
「あれほど愛を語り合ったのに、なんと不実な男だろうか! わたくしだってもうランスロットの顔など見たくもないわ!」
勝手だなあ……これでアーサーも愛してるっていうんだから、さすがにグィネヴィアの道徳観を疑うよね。
グィネヴィアにも誤解を受けたランスロットは、いよいよ森の奥に隠遁してしまいます。かっての色男もついに枯れ果てたって感じ?
グィネヴィアのほうは、一時の感情でランスロットを遠ざけたことをすぐに後悔します。
ここで事件が起こります。メリアグランスという騎士がグィネヴィアを誘拐してしまうのです。じつはこの男もグィネヴィアに惚れていたのでした。まったくどいつもこいつも、本当におまえら「騎士」なのか?
知らせを受けたランスロットの行動は速かった。だれよりも早くメリアグランスの城に駆けつけ、一騎討ちでこの男を打ち破り、無事グィネヴィアを救出したのです。アーサーは、心からランスロットの活躍に喜びました。やはりランスロットは頼りになる。
で、グィネヴィアは隙を見て、ランスロットに「今夜、わたしの部屋に来てください」と告げます。こんなこといわれたらもうダメです。ランスロットは誓いを忘れて、うなずきました。
しかし。二人の秘密の約束を聞いていた人物がいたのです! そいつはガウェインの弟、アグリヴェイン。そしてモウドレッドも。
彼らはすぐにアーサーに報告しましたが、アーサーは信じない。最愛の妻と、もっとも信頼のおける臣下が自分を裏切るはずがないと固く信じているのです。それでもモウドレッドたちの執拗な要求で、その夜、グィネヴィアの部屋を監視することを許します。
しかしランスロットの友人であるガウェインは、自分の弟とモウドレッドの計画に反対しました。もし万が一、ランスロットがグィネヴィアと浮気していたら、この国は大変なことになってしまう。だって大スキャンダルじゃないですか。王妃は火あぶりの刑で処刑され、ランスロットもただではすまないでしょう。アーサーは愛する妻と、最高の騎士を同時に失うのです。これはアーサーの失意というだけでは収まりません。ランスロットは、多くの騎士に慕われている。そんな彼がいなくなれば円卓の騎士たちが築き上げてきた、アーサーの軍隊が分裂します。そしてガウェイン自身、親友でもあるランスロットを失いたくなかったのです。
ですがアーサー王はグィネヴィアとランスロットを心の底から信頼していたからこそ、モウドレッドの計画を許したのです。そんな主君に対して、ガウェインはなにもいえない。(そりゃ、万が一浮気してたら大変ですよ。なんていえんわな)
そんなこととは、つゆ知らないランスロット。約束通りグィネヴィアの部屋を訪れます。
「ああ、ランスロット…… お会いしたかった」
「グィネヴィアさま。わたしもどれほど、あなたに会いたかったことか」
すると!
「そこまでだ、ランスロット!」
アグリヴェインが、十二人の騎士を引き連れて、グィネヴィアの部屋に踏み込んできたのでした。
グィネヴィアは真っ青! ついに自分の浮気がバレてしまったのです!
さらにさらに、ランスロットはアグリヴェインと十二人の騎士を、その場で切り捨てて逃げ出しました。仲間を殺して逃げたんですぜ! マジかよ。そんなヤツがなんで慕われてたんだ。顔がいいからか? ちなみにランスロットに殺されるのがわかっていたモウドレッドはこの場にはいなかった。
翌日。
アーサーの受けたショックは、あまりにも大きかった。最愛の妻。そして苦楽を共にしてきたもっとも信頼する騎士。彼らに裏切られたんです。このときのアーサーを臣下たちは、とても見ていられなかったそうです。
それでもなんとか正気を保ったアーサーは静かにいいます。
「グィネヴィアを、火あぶりの刑にせよ」と。
苦渋の決断どころの騒ぎではない。彼は、王として国の掟を守らなければならないのです。王が自ら法律を破ったら国と言うものが成り立たない。それでも、たとえ裏切られたとはいえ、ずっと愛し続けてきた妻を処刑する気持ちは、いったい、どんなものだったでしょう? 想像すらつきません。
「陛下! お待ちください!」
声を上げたのはガウェインでした。
「陛下! 早まってはなりません。どうして王妃とランスロットが罪を犯したと思われるのですか! 王妃はメリアグランスから助けてもらった礼を言いたかっただけかもしれないではないですか!」
アーサーは力なくいう。
「夜中にか? 自分の部屋でか?」
「そういうことも、全くないとは申せません! どうか、もう一度お調べになってください」
「ではなぜランスロットは、おまえの弟と十二人の騎士を打ち殺したのだ。そして逃げた…… これはなぜだ?」
「そ、それは……」
さすがのガウェインも答えられない。そして自分の弟と、モウドレッドのやらかした計画を呪った。これでアーサーの国から平安が消える。おそらくランスロットを慕う騎士たちがアーサーから離れこの国は分裂するだろう……
「ガウェイン。もういい。グィネヴィアの処刑の準備をしろ」
「いいえ。わたしにはできません。王妃の処刑に手をかすなど、とてもわたしには堪えられません」
「そうか……」
アーサーは、それ以上ガウェインに無理強いはしませんでした。しかし彼の弟であるガヘリスとガレスを呼び王妃の処刑を命じます。(ガウェインって何人弟がいるんじゃ)
しかし。ガヘリスとガレスも当惑し切った顔で答えました。
「陛下……ご命令とあれば致し方ありません。ですが、われわれはその決定に反対です。王妃の処刑の日には、一切の武装をせず、正式な葬儀として喪服を着ます」
これは彼らの精一杯の抵抗でした。自分たちはグィネヴィアを処刑するのではなく、あの世に召されるのに立ち会うだけ。という意思表明です。
「それでよい……」
アーサーは沈痛な表情でうなずきました。
「おお、神よ!」
ガウェインは天を仰いで嘆いた。
「なんということだ! 生きて今日という日を見ることになるとは!」
そして処刑の日がやってきました。グィネヴィアは下着姿のまま腕を縛られて処刑場に引き出されます。ガヘリスとガレスはアーサーに宣言したとおり喪服に身を包み、一切の武器を持ちませんでした。ガウェインはその姿すら現さなかった。
がっ!
このとき武装していた一団がいるのです。そう、そいつの名はモウドレッド! 彼は騎士たちに処刑場を厳重に監視させました。なにせランスロットが逃亡したままなのです。万が一、グィネヴィアを救いに処刑場に乗り込んできた場合に備えたのです。ハッキリ申し上げましょう。モウドレッドの本心はランスロットの殺害なのです。べつに王妃なんて、どうでもいい。アーサーの信任を受ける円卓の騎士をこの世から葬り去り自分が権力を手にしたかったのです。
処刑のときが、刻一刻と迫ってきました。
ガヘリスとガレスは青ざめる王妃に、なんの言葉もかけられない。そのとき処刑場が騒然とします。なんとランスロットが単身乗り込んできたのです!
驚くべき光景でした。最高の騎士とうたわれたランスロットですが、それでもまさか待ち構えていた騎士の一団を相手に、たった一人で戦いを挑むとは。そしてさらに驚くべきことに、ランスロットは騎士たちを一人残らず切り倒して、グィネヴィアを救ってしまったのです。まさに鬼神。それほど死に物狂いだったのでしょう。あの優雅な剣の技はどこへやら、処刑場はあっと言う間に騎士たちの死体で埋めつくされました。
ランスロットがグィネヴィアを連れ去った!
その報を受けたガウェインは、大急ぎで処刑場に赴きました。しかしそこで彼が見たものは騎士たちの死体の山。その中にガヘリスとガレスの遺体もありました。彼らもまたランスロットに斬り殺されたのです。
このときガウェインの中で、なにかが崩れ去りました。ガヘリスとガレスはランスロットを擁護していた。そればかりか彼らは喪服を着ており、剣を持っていなかったではないか! 無抵抗の者を、ランスロットはまるで革袋でも切るように殺した!
一瞬にして、ランスロットへの友情が憎悪に変わりました。
もちろんランスロットは死に物狂いだったので、ガヘリスとガレスが喪服を着ていることに気づかなかったのです。とにかくそこにいる者を片っ端から斬り殺していただけ。しかしガウェインは、そんなこと知るよしもありません。いえ、たとえ知っていても、ランスロットを許せないでしょう。
この事件をキッカケに、アーサーの国はガウェインが心配した通り二つに分裂します。アーサー軍と、ランスロットを慕って彼のもとに集まったランスロット軍です。そしてなにより、ガウェイン自身が一番変わってしまった。
「陛下。わたしは誓います。この騎士道にかけて、ランスロットを地の果てまでも追い詰め、必ず打ち殺します」
しかし今度はアーサーが乗り気じゃない。というかむしろランスロットの行為に喜んでいた。法を守る王として自分はグィネヴィアを処刑せざるおえなかった。しかしそのグィネヴィアをランスロットは助けてくれたのだ。アーサーは自分を裏切ったグィネヴィアを、それでも愛していたのです。ですが「いやあ、ランスロット良くやった」とは口が裂けてもいえないし、ランスロット討伐に燃えるガウェインたちを止めることすらできません。
こうしてアーサーのもとに残った騎士たちは、ランスロット討伐軍となって、彼の立てこもる城に進軍しました。
今度はランスロット。どえらいことをやらかしてしまったがグィネヴィアを助けたことを後悔はしていない。しかし忠誠を誓ったアーサーと戦うこともできない。自分のもとに、多くの騎士が集まり、彼らはアーサー軍と戦うことを進めましたが、ランスロットは絶対に首を縦には振りませんでした。アーサーとは戦えない。つまり城に立てこもって、篭城するしか、彼に残された道はないのです。
そして時はやってきます。ついにランスロットの立てこもる城が、アーサー軍に包囲されたのです。
ランスロットは城の壁に立って叫びました。
「アーサー王! どうかこの包囲を解いてください! この戦はわたし一人が出てゆけば、決着がつくのです!」
「ならば出てこい!」
とアーサが応じました。
「わたしが、おまえと一騎討ちをしよう!」
「待ってください! わたしは、あなたとは戦えない!」
このとき怒り狂ったガウェインが叫びました。
「ランスロット! きさまはなぜガレスを殺したのだ! あいつほどおまえを敬愛していた騎士はいなかったのだぞ! わたしはおまえを決して許さない!」
この一言でランスロットの軍隊が、いきり立ってしまった。門を開けてはならないと命令されていたにも関らず、打って出てしまったのです。
血みどろの戦い……
円卓の騎士たちが、お互いに戦う日がこようとは。しかしランスロットは決してアーサーを傷つけませんでした。それどころか馬から落とされ、とどめを刺されそうになったアーサーを助けたのがランスロットなのです。
これで戦いは休戦しました。
アーサーの心の中は、どんなだったでしょう。もっとも信頼した騎士が敵になり、戦わねばならなくなった。しかしその同じ人物に命を救われたのです。そう。アーサーはランスロットを許したくして仕方なかった。和解したかった。そしてもう一度、平和な国を造りたかったのです。
もちろんランスロットも同じ気持ちです。しかし時計は逆には回らない。彼がふたたびアーサーのもとで円卓の騎士になるのは不可能でしょう。それでもランスロットは、できうる限りのことをしなくてはいけない。それはグィネヴィアをアーサーに返すことです。
「陛下。わたし自身のことはなにも申し開きしません。しかしこれだけは信じていただきたい。わたしがいままで王妃さまに対し、なにをして、なにを望んでも、王妃さまは、まったく罪を犯してはおられないのです。ただの一度も王妃さまが陛下に対して不実であったことはないのです。もしもそんなこという輩がいましたら、わたしはこの命をかけて、そいつと戦います」
アーサーはこの言葉を信じました。もとより愛する妻を処刑などしたくなかった。そしてランスロットも失いたくはなかった……しかしこれほどの事態を引き起こしたランスロットを臣下に戻すことはかなわないことも知っていました。
こうしてアーサーとランスロットの戦争は終わり、グィネヴィアはアーサーのもとに戻りましたが、ランスロットは自分の生まれたベニックという国へ去って行ったのです。
一件落着。
ではありません。ガウェインはランスロットを許せなかったのです。戦争が終わったとき、ランスロットはガウェインにも詫びました。
「あれがガヘリスとガレスだとは思わなかったのだ。そうとは知らず彼らを殺してしまったことを、心から悔いている」と。
しかしガウェインの怒りは、こんな言葉では治まらなかった。
そしてモウドレッド。この悪党はしつこく生き残ってます。ランスロットを「裏切り者」と呼んではばからないガウェインを利用して、アーサーの臣下たちの気持ちを、またもや、ランスロット討伐に向かせて行きます。直接手を下すわけではない、この手の陰湿なやり方が一番タチが悪い。
徐々に徐々にアーサー軍の中でランスロット討伐の気運が高まって行く。アーサーにも止められないのです。なにせ、いまやアーサーにとって一番頼りにしているガウェインが、その急先鋒でもあるのですから。
こうして一年程度続いた平和が、また崩れ去ります。ランスロットはアーサーとの戦争を回避しようと、あらゆる努力をしましたが、それも無駄に終わりました。
ふたたび戦争。
アーサー軍はランスロット軍を倒すため遠征を行います。そしてついに、かって親友同士だったガウェインとランスロットが一騎討ちをすることになるのです。
もちろん勝ったのはランスロット。ガウェインは瀕死の重傷を負います。しかしランスロットは彼を殺さなかった。殺せなかったというべきでしょうね。
さて。戦いの行方は当然ランスロット軍優勢です。もともと戦争に勝つために生まれてきたような男ですから、ランスロットのいる軍隊にかなうわけがないんです。
それを一番よく知っていたのはアーサー王。ではなくモウドレッドです。この戦争でアーサー軍が完全に負けると踏んでいたのです。だから自分は王の不在中は国の国政を守りますとかなんとかいって戦争にはいかなかった。そしてアーサー軍が劣勢になるや、かねてよりの計画を実行します。なんと「アーサーは戦争で死んだ」という偽の手紙を作り、それを受け取ったと称して、自分が新王として戴冠したのでした。
さあ、一大事! ついにモウドレッドのクーデターです!
グィネヴィアは間一髪、モウドレッドの手から逃れ、小数の腹心とともにロンドン塔に立てこもりました。それを知ったアーサーは、すぐさま軍をとって返してロンドンに戻ったのですが、ドーバー海峡でモウドレッド軍と激突しました。なんとかアーサー軍は上陸を果たしたのですが、ランスロット軍との戦いのあとですから、もう、かなり軍は疲弊しています。
そしてガウェイン。ランスロットとの一騎討ちで、この貴重な戦力は重傷を負っているのです。
このときになって、ついにガウェインはランスロットを恨んだ自分を悔いたのです。すべてはモウドレッドの陰謀ではないか。自分はなんと愚かであったのだろうかと。ランスロットさえ、彼さえ王のそばにいてくれたら、こんなことにはならなかった。そこでガウェインは最後の力を振り絞って手紙を書きました。
「ランスロット。わが友よ。愚かなわたしを許してほしい。頼む。戻ってきてくれ。一刻も早く。モウドレッドが反旗を翻したのだ。アーサー王の力になってくれ。われわれが築き上げたこの国が、崩れ去ろうとしている……」
手紙を部下に渡したガウェインは、そこで力尽き帰らぬ人となったのです。
ガウェインの死! アーサーは打ちひしがれました。モウドレッド。この男だけは許せない。なんとしても、この手で殺さなければ気がすまない!
こうして最後の決戦が近づいてきたのですが……
決戦の前夜。アーサーは不思議な夢を見ました。なんと死んだはずのガウェインが現れたのです。しかも美しい貴婦人を何人も引き連れて。
「陛下」
夢の中でガウェインがいいます。
「明日、モウドレッドと戦ってはなりません。もし戦えば陛下は命を落とすことになります。まずは和睦するのです。モウドレッドに領地をお与えなさい」
「しかしガウェイン! あやつはこの戦争のすべての元凶だぞ!」
「わかっています。ですから時間を稼ぐのです」
「時間?」
「そうです。そうすれば必ずやランスロットが駆けつけてくれます。そして陛下を助けてくれるはずです」
「ランスロット……彼が……彼が来てくれるのか」
「そうです。必ず来ます。陛下。どうかご武運を」
ガウェインは消えた。
アーサーは夢の中で涙を流しました。
夢から覚めたアーサーは、いますぐにでもモウドレッドの首をへし折りたい気持ちを、すっぱり捨てました。夢でガウェインが告げた通りにしようと思ったのです。この辺がアーサーの偉大なところですね。自分の感情を押さえてより良き方法を採用する。
アーサーはモウドレッドに和睦を申し入れます。モウドレッドのほうもアーサー軍とまともにやり合うのは避けたかったので。この和睦を受け入れました。しかし運命の歯車はもうすでに回っていた。
アーサーは和睦に出かけるとき、万が一のことを考えて、全軍に命令を出していました。モウドレッドは油断のならない相手だ。やつらが攻撃してきたときにそなえて、いつでも反撃できるように準備しておけと。それはモウドレッドも同じ。もともと人を信用しないモウドレッドですから、アーサーが和睦を申し入れても完全には信用していなかった。いつでも攻撃できる体勢を、軍に整えさせていたのです。
そして和睦の会議が始まります。アーサーとモウドレッドは、それぞれ十四人の親衛隊だけを連れて両軍の中間地点にやってきました。そして和睦は順調に進み、それぞれがサインをすれば終わりというとき。
一匹の蛇が親衛隊の兵士の足に噛みついたのです。兵士は剣を抜いてその蛇を殺しました。
がっ!
両軍はその剣が光るところを見逃さなかった。お互いにお互いが攻撃を仕掛けてきたのだと思いこみ、一斉に剣を抜いたのです。こうなってはもう止まりません。両軍入り乱れての戦いになります。
その戦いは壮絶を極めました。もはや地獄。まる一日、戦いは続きました。
ほとんどの兵士が死に絶えたころ、アーサーのまわりで残っているのはルカンとベディヴァという二人の側近だけ。その二人も身体中に傷を負い満身創痍です。しかしそれでも、アーサーはなんとか生き延びた。ルカンとベディヴァは、主君を守り切ったのです。
しかし。
アーサーは屍の中でまだ動いている敵を発見しました。重傷を負って死にかけているのですが、まだ生きている。そう。そいつこそモウドレッドだったのです。アーサーは、とたん、頭に血が上りました。
「モウドレッド! きさまだけは許さん!」
ルカンとベディヴァは、あわてて止めに入ったのですが、アーサーの怒りは治まりません。彼は槍を振り上げてモウドレッドに襲い掛かりました。モウドレッドは最後の力を振り絞って、彼は彼で憎んでいた父に剣をつきたてました。アーサーの槍はモウドレッドの心臓を貫き、そしてモウドレッドの剣はアーサーの兜と頭を割りました。
「陛下!」
ルカンとベディヴァは王のもとに駆け寄り、すぐさま助け起こしました。まだ息はある。早く傷を治療しなければ。彼らはアーサーを抱えて、歩き始めましたのですが、その途中でルカンが、先に息絶えました。
一人残ったベディヴァは、なんとかアーサーを近くの納屋に連れて行き、傷の手当てをしました。しかしアーサーは虫の息。
「ベディヴァ」
アーサーが、か細い声で言います。
「はい。陛下」
「もうよい。わたしは助からん」
「陛下。なにをおっしゃいますか。陛下さえ生き延びていただければ、わが国はまた繁栄します」
「もうよいのだ。死期が迫っている。それが、わかるのだ」
「陛下!」
「ベディヴァよ。わたしの最後の頼みを聞いてくれ」
「ううう……はい……陛下」
ベディヴァは涙を流しながらうなずきます。
「エクスカリバーをもとの湖に返してほしいのだ」
「わかりました。必ず」
「もう行ってくれ」
「しかし陛下!」
「頼む」
「わかりました」
ベディヴァはエクスカリバーを受け取ると、すぐさま湖に走り湖の中に投げ込みました。するとアーサーがエクスカリバーを受け取ったときと同じ白い袖の手が剣を受けとり、三度打ち振ってから、沈んで行ったそうです。
そのあとすぐベディヴァは、アーサーのもとに戻ったのですが、このとき不思議な光景を目にします。三人の美しい貴婦人がアーサーの周りにいるのです。そして貴婦人たちはアーサーの身体を持ち上げて、どこかへ運ぼうとしています。
「待て! 陛下をどこへ連れて行く気だ!」
思わずベディヴァは叫びましたが、それに答えたのはアーサー自身でした。
「わたしはアヴァロンへ行く。この傷を癒すのだ」
こうしてアーサーは貴婦人たちとともに小舟に乗って海のかなたへ向かって行きました。これ以後、彼の姿を見たものはいません。
夫の死を知らされたグィネヴィアは、五人の侍女とともにアームズベリに行って、そこの尼寺で尼になりました。断食と祈祷を行い、彼女は毎日、苦行の中に身を置いたのです。それが、唯一、自分に残された償いの道だと信じました。
そしてランスロット。
ガウェインからの手紙を受け取ったランスロットは、およそ彼の生涯の中で、これ以上怒り狂ったことはないというほど憤激しました。自分とグィネヴィアを陥れ、そしてアーサーまでをも裏切るとは。すぐさま軍を整えてアーサー軍に合流するためロンドンを目指したのですが、そのときはすべてが終わっていました。アーサーは死にグィネヴィアの行方も知れない。
ランスロットはグィネヴィアを探しました。そしてやっと、尼になって、ひっそり生活しているグィネヴィアを見つけます。
「ランスロット」
グィネヴィアはいいました。
「どうか二度と会わないでください。わたしたちの愛がもとで、王は亡くなられたのです。そしてブリタニアも、すでにこの世にありません。この罪深さにわたしは恐れおののき、身も張り裂けんばかりです。どうか国へお帰りください。そして妻を娶り、その方と幸せにお暮らしください」
「いいえ、王妃さま」
ランスロットは答えました。
「わたしもあなたと同じ道を選びます。いまはただ神のみに仕えたい」
こうしてグィネヴィアに最後の別れを告げたランスロットは、隠者が住む庵にたどりつきました。ここにはアーサーの最後に立ち会ったベディヴァが修道士となっていたのです。ランスロットは彼からアーサーの最後を聞いて泣きました。そして彼もベディヴァとともに、その庵で修道士となったのです。
やがてグィネヴィアが亡くなります。ランスロットは彼女の葬儀を取り仕切ってから、自分も静かに息を引き取りました。
こうしてアーサー王の時代は完全に終わりを告げたのです。
しかし伝説は残りました。もしこの国が本当に危なくなったらアーサー王が戻ってきて、ふたたび神聖な王国を作ってくれるという伝説が。
いかがでしたでしょうか? グィネヴィアとランスロットの浮気(ベッドインはないけど)からはじまった悲劇。
なんというかその〜、どいつもこいつも……と思わなくもないですが、ヨーロッパの人はギリシャ時代からこういう理不尽なほどの悲劇が好きなんでしょうね……たぶん。