見出し画像

挑戦できる環境をつくる ワクワクする東かがわ市へ

香川県の東端、約3万人が暮らす東かがわ市。130年の歴史をもつ手袋産業は、国内生産の約9割を担う。ハマチ養殖発祥の地で、晩秋には4キロ以上に育った「ひけた鰤(ぶり)」が各地に出荷される。

東かがわ市長の上村一郎さん(40)は、2019年4月の市長選で初当選を果たした。香川県の8市9町で一番若い首長だ。陸上自衛隊員、PR会社・広告代理店 、国会議員の秘書など異色の経歴を持つ。

まちづくりの基本理念に「誰もが知っている、ワクワクするまちへ」を掲げ、情報発信や市内外の企業との連携に積極的。「他人任せは、地域が廃れていく要因」と話し、住民一人ひとりの主体性を引き出すためにも、自身が先陣を切って挑戦を続ける。

新型コロナウイルス対策には、行政と議会そして市民が一丸となって、スピード感を持ち取り組んだ。民間主導の任意団体「東かがわ市わくわく課」が、動物園でテレワークができる企画を始めるなど、新たな動きも広がっている。

「市民が未来に期待や喜びを感じられる」ために、持続可能な地域をつくろうと奮闘する上村市長に、市の現状と構想を聞いた。

市役所前

▽挑戦できる地域

寺西 2019年4月、38歳で東かがわ市長になった。

上村 16歳で東かがわ市を離れた。20年後に戻ってきて、元気がないまち を目の当たりにした。それを「何とかしたい」気持ちが原点。市民が未来に期待感をもてるまちにしたい。地域内の経済循環が機能し、持続可能で自立的な地域社会の形成を目指す。市長として結果にこだわりたい。

寺西 市全体が過疎地域に指定され、人口減少が進む。

上村 令和2年(2020年)国勢調査の速報結果で、東かがわ市の人口は28,300人。2015年から20年の人口減少率が▲8.8%と、香川県内の市町で減少率が最も高かった。高齢化率は40%を超える。さらに、25年には団塊の世代が75歳以上になり、医療・介護の問題もある。だが、課題が身近にあることは、新しいことが生まれるチャンスにもなる。

寺西 官民連携に積極的だ。

上村 地域の課題を解決するには、民間と行政それぞれがどのような力を発揮できるかが重要。東かがわ市は離島でも山奥でもない。高速道路のインターチェンジがあり、JRの特急列車の停車駅もある。このまちの現状を変えることができれば、まちづくりの先行事例になれる。市長就任から2年間、多様な方との対話を続けたことで、行政が提供する資源を活用した事業や実証実験をしたい企業と接点をもてた。これから形にしていく局面。挑戦できる地域にしたい。

▽住民の主体性

寺西 自身の役割として意識しているのは。

上村 内と外をつなぐ潤滑油だ。新しいものは、人の移動や交流から生まれる。ただ、多くの地方は「都会のコンサルに税金を投じたけれど、何も残らなかった」など苦い経験をしてきた。時に警戒心が強くなり、「何をやってくれるのか、お手並み拝見。」と上から目線でどこか他人事のように、外部の人に接する地域もある。その姿勢では選ばれるまちにならないので、私はその間に立ち、双方の理解を促したい。

寺西 多様な立場の人と対話し、新たな価値をつくれるか。

上村 他人任せは、地域が廃れていく要因。私含め地域に住む人がどれだけ主体的に動けるか。(インタビューを実施した)横内海岸は、この1年ほど地域の若手が、毎朝6時から自主的に清掃を続けている。市はゴミ袋の提供と回収で協力している。

寺西 行政は、市民の主体的な活動を支援する。

上村 人口は減っているが、空き家対策やデジタル分野への対応など行政の役割は多様化・複雑化しており、全体の業務量は増えている。行政事務のデジタル化や効率化を進めているもののマンパワーが足りておらず、できることは限られている。もちろん、福祉、義務教育、インフラ整備など行政が主導する分野はある。だが、まちづくりを行政が旗を振ってやる時代ではない。全国で失敗事例が積み上がっている。市民の活動が事業につながっていく環境を行政で整えていきたい。

座ってツーショット

▽手袋のまち

寺西 手袋産業について教えてほしい。

上村 東かがわ市の手袋産業は、130年の歴史をもち国内生産の約9割を担う。野球やゴルフなどプロ選手の手袋も作ってきた。男子ゴルフの海外メジャー大会「マスターズ」で優勝し、日本の男子選手として初めて海外メジャーを制した松山英樹選手。松山選手が使っている手袋は、市内の企業が手作業で作ったもの。

寺西 コロナ禍、手袋産業に新たな展開はあるか。

上村 日本で新型コロナウイルスの感染が広がった昨年の春先、市内の手袋事業者が縫製技術を生かしてマスクを製造した。そのマスクが市に寄附され、マスクが手に入らない時期に子どもたちや高齢者に配ることができた。今では国内外に向け販売されている。eスポーツ用のアームカバーを作るプロジェクトも進んでいる。手袋事業者の多くが取り組んでいる課題は、OEM(他社ブランドの製品の製造)依存からの脱却。自社ブランドの手袋に加え、手袋製造で培ったノウハウを応用したレザー小物やファッションアイテムなどの発表が、ここ数年続いていて心強い。

▽循環

寺西 どのような地域活動があるか。

上村 地区の未来を話し合う「活性化協議会」が市内8地区で立ち上がっている。廃校エリアを活用したコミュニティービジネスが生まれるなど活動が盛ん。ある協議会の参加者は「『この地域を何とかしたい』という思いが、活発で前向きな議論につながっている」と話した。

寺西 具体的な取り組みは。

上村 廃校になった小学校の跡地(東かがわ市五名)に、行政が施設を整備した。産直市と「産直カフェ五名ふるさとの家」とを併設した施設。このカフェの開店を地域住民が支援した。カフェでは、 移住者の方が、自ら狩猟したイノシシを調理し、ジビエ料理として提供する。また、ふるさと納税の返礼品「五名の薪」は 品切れになるほどの大人気。地域資源を生かし、農業、狩猟業、林業で稼げる仕組みをつくらないといけない。

寺西 なるほど。地域にある資源を利活用し、資金を獲得する。そして、地域経済で循環する資金を拡大していけるか。

上村 せっかく域外から投資を呼び込んでも、獲得した資金が域内を循環せず、域外に還流しては効果が小さい。全国の温泉地を人気投票する「温泉総選挙2020」のファミリー部門で、全国1位に選ばれた「絹島温泉ベッセルおおちの湯」が市内にある。この施設の敷地内でグランピングの実証実験を始めた企業は、地元食材の利用や地域の雇用に積極的。人口減少を受け入れたうえで持続可能性がある地域になるためには、域内での循環が重要。

▽一体感

寺西 新型コロナウイルス対策では、スピード感がある事業を展開した。

上村 昨年4月に事業者、子育て支援を開始した。市民に安心してもらえるよう、スピードとアイデアにこだわった。 アイデアは対話から生まれる。市独自の給付金支給が一段落した昨年の5月、市内の事業者約30社に必要な支援を聞いて回った。その声から、感染対策とデジタル化に使用できる「新生活様式対応型」の補助金を他地域に先駆けて始めた。実現には、市議会での迅速な審議と市職員の奮闘が不可欠だった。

寺西 市長がリーダーシップを発揮し、関係者が建設的に物事を進めた。

上村 まちに一体感が生まれた。市議会には特に感謝している。昨年3月の定例会(年4回開催)からの1年間で、8月と1月以外は毎月議会が開催され、新型コロナ対策を審議頂いた。議会を通さない市長の専決処分ではなく、議会の審議を経て非常事態の対策が決定したことで市民の理解が深まった。

▽未来

寺西 「ワクワクするまちへ」を掲げている。

上村 「ワクワク」とは「未来に期待や喜びを感じること」。少子化が進み人口が減るなか新型コロナの脅威にさらされ、まちの空気は落ち込みがち。混迷の時代であっても、市民が地域の未来に期待をもてるようにしたい。昨年12月に、任意団体「東かがわ市わくわく課」が立ち上がった。代表は市の創生総合戦略アドバイザーの山下翔一さん(東京在住)。市内の「しろとり動物園」の協力を得て、動物園でテレワークができる企画を始めた。また、市内の和菓子店は、動物園の人気者ホワイトタイガーにちなんだお菓子を開発した。

寺西 「市わくわく課」はどのように活動しているのか。

上村 SNS上でメンバーを募集しており、すでに700名を超える人が市内外から登録している。自分のやりたいことで声をあげ、仲間を募集するコミュニティー。ただ、オンラインでできることには限界がある。デジタルとリアルを上手く使いわけることが大事だ。「市わくわく課」の事業に対して市の補助金は入っていない。今後、市の情報発信や福祉分野など行政が関与すべきところは連携していく。次々に企画が生まれており、私が把握していないものもある。「聞いていない」などと言うことはない。むしろ後から知って驚くことが、今の楽しみ。

寺西 今後の意気込みを。

上村 東かがわ市を「ワクワクするまち」にしていく。私が先陣を切って挑戦を続けたい。まちをつくるのは、私たち市民一人ひとりだ。市民が面白いと思える地域にするために、市外の人の力を借りる。市長選では、他の候補者3名の得票数を足すと、私の得票数より多かった。つまり、半数以上が「上村ではダメだ」と思った状態からのスタート。「上村は気に入らないが、市をよく引っ張っている」と評価してもらえるように結果を出す。なんとか市民の負託に応えたい。私が市長になれた理由の一つは、両親が地域で信頼を積み重ねていたこと。関係性や思いは世代を超えて引き継がれる。次の世代に「ワクワクするまち」のバトンを渡す。

座ってひとり