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Ⅶ-#1 プリズムカリキュラムとは

1.公立学校へのPBL導入はなぜ難しいか

近年「プロジェクトを基盤にした学び」(Project Based Learning, PBL)がますます注目を浴びています。急激な変化が予想される今後の社会においては、各教科の知識・技能を習得するのみならず、教科横断的に学んだことを組み合わせる力や活動の道筋を自らデザインして他者と協力して実行に移していく協働的な学びが強調されます。そしてそうした汎用的な能力を培っていくためには、実際にチームで何か創造的な活動に取り組んでみることが近道であると考えられます。

これは国際的な学力観の変容に対応したもので、例えばOECDのラーニング・コンパス(2019)において提唱された「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任を持って行動する能力」としての“Agency”の考え方はその一つです。

ところが現在の日本の公立学校にはPBLを実現していくための十分な資源がありません。各教科の学習は、教科書を中心に展開しているため、どうしても内容を消化する「こなし型」の学習に傾斜しがちです。本来は探究的な学びや教科横断的な学びを実現するために設けられている「総合的な学習(探究)の時間」も、行事や職場体験等の活動で占められてしまっているのが多くの学校の現状です。

一方で学校の先生方の視点から見ると、学校では多忙により日々の業務をこなしていくだけで精一杯であるのに加え、新たな学習のあり方を学習したり、カリキュラムを開発したりするための時間もありません。今後は、働き方改革の進捗により、さらに時間確保が難しくなっていくはずです。

そうした学校環境の中では、たとえ無理をしてPBLを導入したとしても、持続的発展させていくのは困難です。PBLにおいてこそ、教員の相互理解やビジョンの摺り合わせは重要になるのですが、会議の時間も取ることが難しく学校が組織としての理解を深めていくことは容易ではありません。また、年度をまたいだ異動によって管理職や中核となる教員が異動してしまうことは、カリキュラムの持続的な発展にとって大きな障害にもなり得ます。

こうした課題認識を念頭に、私達の開発チームでは現在の公立学校環境下でも計画・導入が可能であり、かつ持続的に発展させていくことのできるカリキュラムデザインのプラットフォームの開発を筆者の研究チームでは2019年度より進めてきました。そして、このプラットフォームを基礎にデザインされたプログラムを「プリズムカリキュラム」と命名しました。

2.「プリズムカリキュラム」とは


「プリズムカリキュラム」とは、自治体や学校単位で導入・実施・改善していくことのできるプロジェクト型学習のための一連のデザインプラットフォームを用いて構想・計画されたカリキュラムのことです。

プロジェクト型の学習を現在の公立学校の環境下で実現していくための一連のデザインツールを整備し、それによって円滑かつ効果的に導入・持続・発展させていこうとするのがプリズムカリキュラムの基本的な考え方です。プリズムカリキュラムでは比較的シンプルなプログラム課題を設定し、教科の時間も活用しながら教科横断的に学習を進め、これを通して汎用的な能力が培われる仕組みを、学校(群)単位でマネジメントしていきます。

プリズムカリキュラムの基本的枠組みをイメージ化すると下図1のようになります。

プリズムカリキュラムのイメージ


プリズムカリキュラムは①自己充足性・自律的発展性を備えたプログラムのデザイン②教育課程との整合性を踏まえたカリキュラム・プランニング③アウトプット・アウトカム評価とフィードバック方策の整理、の3つのコンポーネント(それぞれ図の点線で囲った部分)で構成されています。

プリズムカリキュラムの開発・導入により期待されるメリットは次の7点にまとめられます。
 
①      汎用的能力の伸長――児童生徒の関心を高め、汎用的能力の伸長に統合的・効果的に貢献できること
②      目標整理と能力評価――伸長を図ろうとする能力の評価が可能であり、これらと学習指導要領をはじめとする他の能力指標との対応関係を提示できること
③      教員の負担軽減――プログラムの推進を通して、地域や他機関の教育資源を効果的に学校教育活動の中に取り込み、教員負担の長期的な軽減を見込むことができること
④      年度異動への対応――プログラムに組織間連携のもとで発展していくメカニズムが組み込まれることで、管理職担当者の交代を含む学校の環境変動の影響を軽減することができること
⑤      責任範囲の限定化・明確化――活動に関係する様々な立場の参画者の活動目標・役割・責任の範囲を明確化できること
⑥      外部効果――学校間及び学校-地域間の相補的連携を深め、地域との協力や学校の特色化など、様々な外部効果の発揮が期待できること
⑦      持続的発展――以上の各観点の進捗度や効果性についてアセスメントが可能であり、持続的にプログラムを発展拡大させていくことができること

次回以降、各コンポーネントに則してその仕組みを説明します。

(次回に続く)