EVか?水素自動車か?-戦略的合従連衡-
ガソリン車に代わる自動車としてはEVが先行しており、特に共産中国の躍進が著しい。ゼロエミッション車の候補はいくつかあるが、市場の趨勢を決めるのは技術的要素だけではない。日本はゼロエミッション車の候補を多様に展開しつつ、水素燃料エンジンの水素自動車を主流にすべく合従連衡を積極的に進めることが望ましいのではないか。
脱炭素に向けた自動車
脱炭素社会に向けて、自動車の脱化石燃料化が進められている。いわゆるガソリン車からの転換であり、温室効果ガスを排出しないゼロエミッション車が最終目標であろう。地球温暖化については諸説あり、人為的な要因が気候変動にどの程度影響しているかも議論があるが、自動車の脱化石燃料化の潮流は暫く不可逆的であろう。地球温暖化は置いといても、排ガス、空気汚染、公害という観点からは脱化石燃料化は望ましいと言える。
ガソリン車から脱炭素に向けた自動車としては、ハイブリッド自動車(HV、HEV)、プラグインハイブリッド自動車(PHV、PHEV)、電気自動車(EV、BEV)、燃料電池自動車(FCV)、水素エンジン自動車などが挙げられる。ただし、HV、PHVはガソリンエンジンを併用しているのでゼロエミッション車ではなく、従来のガソリン車と比べて炭素排出量が少ない車である。ゼロエミッション車への完全移行という観点に立てば過渡期的な存在と言えよう。
EVは車の走行自体はゼロエミッションであるが、充電する電気の発電がゼロエミッションかという問題がある(その他の課題については後述)。今やEV大国とも言える中華人民共和国(以下、共産中国)における発電の電源構成は、自然エネルギーが増加傾向にあるものの、依然、石炭火力発電が過半を占める。例えば、(一財)日本原子力文化財団によると2021年における電源別発電電力量の構成比は、共産中国は石炭が63.3%、水力15.2%、太陽光・風力11.5%であった。同年の日本は石炭31.0%、水力7.6%、太陽光・風力10.9%である。
図1:主要国の普通車における電気自動車の販売比率
FCVは水素と空気中の酸素を化学反応させて発電する燃料電池を搭載し、モーターで走行する自動車であり、EVの一種と捉えることもできる。ただし、EVは電力を外部から供給し、FCVは車内部で発電している。EVは充電、FCVは水素補給が必要となる。現時点では、充電は長時間かかるが、水素補給はガソリン車同様に短時間で可能である。EV同様に、FCVも車の走行自体はゼロエミッションであるが、水素製造時にゼロエミッションかという問題は残る。ガスから水素を作る「改質法」、水から水素を作る「電解法」があり、後者を再エネ由来の電力で製造すれば、ゼロエミッションと言えよう。
水素エンジン自動車は、既存のガソリンエンジンやディーゼルエンジンを改良した水素燃料エンジンで水素を爆発燃焼させる自動車で、燃料が水素なので二酸化炭素が発生しない。ガソリン車同等の性能が得られると期待されている。しかし、水素の燃料タンクなどに技術的課題があり、現時点では販売の目途は立っていない。ただし、モータースポーツの場などで開発が進められている。なお、FCVは2010年代半ばから販売開始されている。
EVは共産中国と相性が良い?
図1に示したようにEVは共産中国が先行している。ガソリン車に比べたEVの弱点についても、共産中国は克服しつつあるようである。主なEVの弱点とされるものとその対処については以下の通り。
充電ステーションが少ない→共産中国では積極的に充電ステーションを増やしている。この点は他の国でも政策の本気度次第である。
航続距離が短い→バッテリー等の改善により、ガソリン車と遜色ないレベルとなってきているようである。
充電に時間がかかる→技術改良と充電の仕方などの工夫により、かなり改善されている。なお、バッテリー交換が手軽にできるモジュール式着脱タイプにするなどして毎回バッテリーそのものを交換するというアイデアもある(具体化しているかは未確認)。
寒冷地で出力が落ちる→「バッテリー温度調整機能」など技術改良が進められている。
発電がゼロエミッションではない→前述したように共産中国ではまだまだ石炭火力発電が多いが、再エネ由来電力も増えてきている。
他にも弱点は多く挙げられているが、いずれも解決不能なほどに致命的とは言い難いように考える。
従来のガソリン車やディーゼル車は「すり合わせ」が重要であり新規参入の技術的ハードルが高いが、EVは「モジュール化」による対応が可能で技術的ハードルは相対的に低いと考えられる。現にアメリカのテスラ、共産中国のシャオミなどは内燃機関とは関係ない技術分野からEVに参入している。日米欧の強大なメーカーがしのぎを削る自動車市場に参入する際、後発である共産中国がEVで切り込むのはある意味、合理的であろう。
さらに、前述のテスラやシャオミも含め他産業からの参入企業は、EVは人を乗せて移動するネット端末という発想が少なくないようだ。そのように捉えた場合、自動車を動かすソフトウェアはネット端末であるEV側ではなく、ネットで繋がるサーバー(と呼ぶのが適切かは分からないが)側に存在することになる。それぞれの自動車に簡単なソフトウェアが搭載されているガソリン車等とは対照的である。
サーバー側のソフトウェアでネット端末であるEVをコントロールする。新規機能の追加、新規ソフトウェアへのアップデートなどが容易である反面、サーバーを管理する側に全体のコントロール権限が握られる可能性がある。全人民に対するネット管理社会を志向している中国共産党にとって、ネット端末としてのEVは非常に相性が良いのではないだろうか。
そして、共産中国に所属する企業は、政府の資本が入ってなくとも現状では中国共産党の意向を無視して存続し得ない事例は、ここ数年枚挙にいとまがない。共産中国製のEVが世界を席巻するのは危険とは言えないだろうか。
日本は水素をメインとする戦略を
技術的優位性があるからと言って、業界標準になるとは限らない。古い話ではあるが、家庭用VTRにおけるVHSとベータ・マックスが典型的事例である。標準化機関が標準的な規格を作る事例も多くあるが、ゼロエミッション車については企業間での合従連衡を含む連携の巧拙が大きく影響するのではないだろうか。また、近距離や公用車はEV、中長距離や商用車はFCVなどの用途による使い分けも考え得る。
図2のように、自動車産業における各国の電動化目標では、FCV、EVが中心に据えられているようである。米国、共産中国、日本はPHEV、さらに共産中国、日本はHEVも許容している。
図2:自動車産業における各国の電動化目標
製造とリサイクル過程を含めた自動車のライフサイクル、充電する電力の電源構成、寒冷地対応、バッテリー劣化への懸念、等々を踏まえると、ゼロエミッション車としては水素エンジン自動車が最も相応しいと考えている。なお、水素エンジン自動車は電動化とは異なるので、図2の対象となっていないと言えるが、今のところ一般販売の目途が立ってないので経済産業省作成の図2に入っていないのかもしれない。
各種情報からは、水素エンジン自動車の開発については日本勢が最も進んでいるようである。水素は多様な資源から製造できるのに加え、海に囲まれ降水量が豊富な日本にとっては、相対的に入手しやすいエネルギー源である。
一方、前述した管理社会を志向する共産中国が製造するEVに市場占有されることは、経済とは別の観点も含めてリスクが大きい。基本的人権などの普遍的価値観を共有し、自由な交易を基本としたシーパワー国家群が権威主義国家群に支配されないためにも、水素エンジン自動車の開発に継続して注力していくべきであろう。
水素エンジン自動車の開発・販売等については、同業他社や他業界企業との共同開発などの合従連衡を戦略的に進めていく事も重要である。どの企業と結ぶかは各企業の経営選択であるが、そのための環境整備は政府が政策として進めることが出来る。その際、前述したことも含め、市場の大きさやエネルギー・原材料の存在などに惑わされて権威主義諸国と結ぶ方向では、我が国の将来も危うくなる。反権威主義諸国、シーパワー国家群を中心に共同開発や基準策定などを進めるのが望ましい。また、水素充填設備の整備など水素インフラについては、政府が重点的に進める部分である。
水素エンジン自動車をゼロエミッション車のゴールと想定して開発を進めるとしても、EV、FCVなどを疎かにせず、引き続き技術改良やインフラ整備に取り組んでいくべきであろう。と本稿で書くまでもなく、国内の関係企業はその方向で進めている。ただ、政府や関係機関はEV充電設備よりもFCVのための水素補給設備により重点を置いて取り組む方が良いと考える。水素補給設備はFCVはもちろんのこと、水素エンジン自動車普及にも大いに役立つであろう。
なお、権威主義諸国vs.反権威主義諸国、ランドパワーvs.シーパワー等の観点、エネルギーの観点については、以下の拙稿を参照頂きたい。
「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)
「経済安全保障、サプライチェーン再編について歴史から探る」(2023年5月2日)
「地球を巡る二つのアジア発世界ビジョン」(2023年6月14日)
「米中激突の行方-概説-」(2024年2月8日)
「防衛国債による防衛費確保」(2024年5月17日)
「二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」(2023年2月10日)
「二つの自給率向上が生き残りの鍵(4) -分散型エネルギーの推進-」(2023年3月6日)
図1の注
注1:出所資料では、Buses、Cars、Trucks、Vansに区分されているが、本図はCarsについて図示。
注2:本図での電気自動車はBEVとPHEVの合計。
注3:本図の比率は累積値ではなく、各年の販売に占める比率。
図2の注
FCV:燃料電池自動車、EV:電気自動車、PHEV:プラグインハイブリッド自動車、HEV:ハイブリッド自動車、ICE: 純ガソリン車・純ディーゼル車
20240607 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「社会保険の意義」(2024年5月24日)
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