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米ドルの基軸通貨としての役割!
米国は、米ドルという世界貿易の主要な決済通貨である基軸通貨を、無限に発行できるという意味において覇権国となっている。しかしながら、トランプ大統領は、貿易赤字が商売上の損失というような矮小化した発想で、赤字削減のため、関税カードを切り続けているが、これは基軸通貨国としての役割を理解していないがために、二重の意味で間違った政策となっている。その理由を解説し、金融市場の今後を予測する。
1.基軸通貨としての役割を損なう関税政策
米国は、巨額な貿易赤字を抱えているが、それを上回る資本流入がある限り、米国経済に問題は発生しない。むしろ、米国の力強い購買力が輸入を増やし、世界経済の牽引役となっているとの見方ができる。加えて、米ドルが基軸通貨であるため、米国の貿易赤字は、世界に米ドルを供給することで、世界経済を円滑に循環させる役割を担っている。従って、米国が関税により無理に貿易収支を均衡しようとすると、基軸通貨米ドルを世界に供給するという大きな役割が損なわれるという問題に加え、米国への資金流入が増加し、米ドルが強くなり過ぎることで、かえって貿易赤字が拡大してしまうパラドクスに陥るという意味で二重の誤った政策と言える。
2.移民排斥のもたらす問題点
労働力と人口の増加が米国経済の成長の源であるが、その主要な役割を担っているのが外国人労働者の流入である。米国内での犯罪の増加など負の側面はあるが、米国の経済発展の礎であるメリットの方が明らかに大きく、あらゆる産業において主要な労働力の担い手になっていることが米国民に評価されている。そのことは、米国民の世論調査でも不法移民への対策として、強制送還よりも適切な滞在資格の供与を挙げる国民の方が多数派であることにも、良く表れている。しかし、トランプ氏はインフレ要因となる移民排斥政策を実行している。
3.インフレ抑制が政権維持の鍵となる
バイデン政権が支持されなくなった最大の理由はインフレで、トランプ大統領は、引き続きインフレ抑制が株価維持のためにも、最大の優先事項であることを理解している。それにもかかわらず、物価に悪影響を及ぼす関税引き上げを政策の目玉に据える現状の振る舞いは、トランプ政権の命取りになりかねない。先週発表された経済指標においても、国民の将来のインフレ期待が大幅に上昇、失業率の低下・平均時給の上昇と相まって、景気過熱への懸念が点灯し始めている。
4.誰がトランプ氏に鈴を付けられるか
トランプ大統領の両脇を固める、ヘッジファンド出身のベッセント財務長官・ラトニック商務長官も関税のデメリットを熟知しており、可能な限り関税発動を抑える説得を行っている模様であるが、トランプ氏の信念を変えるまでには至っていない。
5.関税合戦が世界恐慌を招いた過去を理解しているはず
トランプ大統領は、敬愛するマッキンリー元大統領の高関税政策が、後に世界大恐慌に繋がった過去を理解しているはずであり、同盟国・友好国への行き過ぎた関税発動にどこで歯止めをかけるのかが、今後の世界経済と金融市場の行方を占う上で、重要な要素となる。
6.関税が金融市場に与える影響
トランプ大統領による相次ぐ関税発動により、米国のインフレ再燃懸念を高め、長期金利は4.50%を超えて上昇し始めている。今後のインフレ指標が上昇傾向を示せば、米株価にも悪影響を及ぼすことは必至である。長期金利の上昇が米ドルを更に押し上げ、米国の交易条件を悪化させることで、貿易赤字拡大要因となることは皮肉な事態である。
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2025年2月12日執筆 チーフストラテジスト 林 哲久