見出し画像

経済停滞は緊縮財政路線による需要不足

日本のGDPは4年連続増加しているが、好景気という実感はほとんどない。他先進国と比較すると日本の経済停滞は明らかである。実質賃金は1990年代半ばをピークに減少基調で推移し、2024年は前年比若干増加したものの引き続き低水準である。GDP停滞の原因は需要不足である。緊縮財政路線が強化された時期にGDPギャップがマイナスとなっている。


4年連続GDP増加ではあるが…


2024年10~12月期のGDPが公表され(1次速報、2月17日公表)、名目、実質ともに3四半期連続プラス成長であった。また通年でのGDPは名目、実質ともに4年連続プラス成長となった(図1)。
しかし、最悪期よりはマシになっているとはいえ、好景気であると感じている人は一部の人に限られるのではないだろうか。数値的に4年連続プラスとは言え、低成長が続いた後にコロナ禍で大きな落ち込みがあり、そこからなんとか戻してきたというのが実感であろう。
 
図1:GDP前年比伸び率

出所:内閣府「国民経済計算」より筆者作成

「失われた30年」は誇張ではない


図2は我が国で「財政危機宣言」が出された1995年を基準としてG7諸国のGDPを比較したものである。為替の影響を除くため自国通貨建の数値としている。G7諸国の中でもっとも成長している米国の実質GDPは1995年に比べて2倍超となっているが、日本は2割増程度である。G7諸国で実質GDPが日本よりも停滞していたのは、2010年代の南欧債務危機の該当国であるイタリアのみである。
人々の実感に近い名目GDPに至っては、米国は4倍弱であり、イタリアですら2倍以上となっているが、日本は2割増にも届いていない。約30年間で2割の成長もできていないとは、「失われた30年」という表現が誇張ではないことを示している。
 
図2:GDP(自国通貨建、1995年=100、上図:実質値、下図:名目値)

出所:IMF(INTERNATIONAL MONETARY FUND)「World Economic Outlook database:October 2024 Edition」、内閣府「国民経済計算」より筆者作成(図の注を文末に記載)

図3は、図2と同様に1995年を基準とした自国通貨建の1人当りGDPである。米国などは人口増加に伴うGDP増加もあるので、全体のGDPよりは1人当りGDPの増加は低くなっている。一方、人口減少下にある日本は全体のGDPも1人当りGDPもほとんど変わらない水準で、相対的に低迷している。人口が減少していても生産性向上で全体のGDPを増加させることは理論的には可能であるが、我が国の停滞感は否めない。
 
図3:1人当りGDP(自国通貨建、1995年=100、上図:実質値、下図:名目値)

出所:IMF(INTERNATIONAL MONETARY FUND)「World Economic Outlook database:October 2024 Edition」、内閣府「国民経済計算」より筆者作成(図の注を文末に記載)

実質賃金は減少基調続く


GDPの50~55%程度を占める家計消費の元手となるのは所得である。しかしながら、実質賃金は1990年代半ばをピークに減少基調で推移してきた。暦年ベースで見ると、事業所規模30人以上の実質賃金は2023年、2024年と2年連続減少している(図4上図)。事業所規模5人以上の実質賃金は、2024年は前年比若干増加したものの、2022年、2023年は連続して減少していた。いずれも2024年は2020年の水準を下回っている。
季節調整済の月ベースで見ると、特に事業所規模5人以上の実質賃金の減少基調が顕著である(図4下図)。ただし、季節調整の直近の数値については新しいデータが追加されると改訂されることもあるので、留意が必要である。
いずれにしても、実質賃金が減少基調では、家計消費が盛り上がることを期待するのは難しい。
 
図4:実質賃金指数(2020年平均=100、上図:歴年、下図:月(季節調整済))

出所:厚生労働省「毎月勤労統計調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)

GDP停滞は需要不足


我が国のGDP停滞の原因は、大きく見れば需要不足である。
経済成長は資本、労働の生産要素投入量増加とTFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)の上昇に分解できると考え、それぞれの要素のGDP成長への貢献を分析する手法が成長会計分析である。下記の式で表される。

GDP成長率=α×資本増加率+(1-α)×労働(=就業者数×労働時間)増加率+TFP上昇率
0<α<1

この考え方を用いて、現存する生産要素を投入した時に実現可能なGDPを潜在GDPと考える。ただし、潜在GDPを計算する際の生産要素投入量については、様々な考え方があり、その違いによって同じデータを用いても推計結果が異なってくる。内閣府の推計の場合は、潜在GDPを「経済の過去のトレンドからみて平均的な水準で生産要素を投入した時に実現可能なGDP」と定義している(日本銀行(日銀)の推計については、図5の出所に掲載の論文を参照。なお、日銀は「需給ギャップ」という用語を使っている)。
大雑把に言えばある国の生産力を表すのが潜在GDPである。潜在GDPと実際のGDPの差をGDPギャップと呼び、下記の式で表される。GDPギャップがプラスなら需要超過、マイナスなら需要不足(=供給超過)である。図5に示したように内閣府と日銀の推計には差があるが、プラスとマイナスの動向は概ね似た傾向となっている。

GDPギャップ(%)=(実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP

図5:GDPギャップ

出所:内閣府「月例経済報告」「その他の資料」「GDPギャップ、潜在成長率」、日本銀行「分析データ」「需給ギャップと潜在成長率」より筆者作成(図の注を文末に記載)

バブル崩壊以降のGDPギャップの数値を内閣府推計で概観すると、まずは1992年第4四半期~1996年第1四半期までマイナスとなっており、バブル崩壊の影響が続いていた局面と言える。次に1997年第2四半期~2005年第2四半期までの約8年に及びGDPギャップがマイナスとなっている。消費税率が3%から5%に引き上げられ、アジア通貨危機や山一証券破綻等に象徴される日本金融危機が発生し、さらに21世紀に入ってから小泉純一郎-竹中平蔵ラインによる経済改悪と財務省による緊縮財政路線が強固になった局面である。
その後しばらくはGDPギャップがプラスとなっていたが、リーマン・ショックを契機とした世界金融危機が発生した2008年第4四半期にはGDPギャップがマイナスに転じ、暗黒の民主党政権時代を経て2013年第2四半期までGDPギャップのマイナスが続いた。
安倍晋三第2次政権成立および異次元の金融緩和の効果が出始めた2013年第3四半期にはGDPギャップはプラスに転じたが、野田佳彦政権時に成立した法律(社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律)に基づいて消費税率が5%から8%に引き上げられた2014年第2四半期にはマイナスに転じ、2015年、2016年はプラスマイナスを行き来していた。GDPギャップは2017年からはプラスが続いたが、前掲の法律に基づき消費税率が8%から10%に引き上げられた2019年第4四半期にはマイナスに転じ、2020年からのコロナ禍によりGDPギャップのマイナスが深まった。2023年第1四半期、第2四半期はプラスとなったものの、その後のGDPギャップは推計が公表されている2024年第3四半期までマイナスが続いている。
なお、日銀推計のGDPギャップは、2020年第2四半期以降マイナスが続いている。

緊縮財政路線が需要不足に拍車


バブル崩壊以降のGDPギャップの推移を概観してみると、バブル崩壊の影響が顕著であった1990年代前半以外は、需要不足を示すGDPギャップマイナスは緊縮財政路線が強化された時期に該当すると言っても良いであろう。
GDPギャップをプラスにすることそのものが目的であるならば、供給力削減あるいは供給力調整による供給超過解消ということも理論的にはあり得るが、それは縮小均衡の道であり、部分最適はあり得ても、全体としてみれば人間の幸福には結びつかない。小泉純一郎-竹中平蔵ラインによる経済改悪は、「供給力を強化することで経済成長を達成できる」というサプライサイド経済学の一変形と見ることも可能と考えるが、非正規労働者を増やすことにより資本側に都合良い労働市場を生成する一方で、家計の購買力を不安定化する結果となり、需給ギャップのマイナスが生じやすい経済構造を我が国に定着させた。
緊縮財政路線は、増税によって人々の購買力を低下させ家計消費の停滞をもたらし、歳出削減によって必要な公共投資まで削減し、需要不足に拍車をかける。さらに言えば、数値的な評価は示しにくいが、公共投資削減に伴う公共インフラの老朽化は経済活動や社会生活にマイナスの影響を及ぼす。直近の事例としては、埼玉県での下水道陥没事故や上水道破裂事故などを挙げても良いであろう。
緊縮財政路線に伴う家計消費委縮など需要不足の状況については、稿を改めて論じる予定である。


図2の注
2024年の数値は、日本以外はIMFによる推計値。並びはIMFデータの順番。

図3の注
注1:2024年の数値は、日本以外はIMFによる推計値。並びはIMFデータの順番。
注2:日本の1人当りGDP算出のための人口データはIMFのデータを採用。

図4の注
数値は現金給与総額、就業形態計、調査産業計。

図5の注
GDPギャップ及び潜在成長率については、前提となるデータや推計方法によって結果が大きく異なるため、相当の幅をもってみる必要がある。


20250227 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
グローバリズムとナショナリズムの相克と相生」(2025年1月30日)

いいなと思ったら応援しよう!