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岐路に立つ米国経済!
2/3トランプ米大統領が、メキシコ・カナダ・中国への関税発動を発表したことを受け、東京市場では、日経平均株価が急落、為替市場では、カナダドル主導でクロス円がリスク回避の円買い戻しで急落した。しかし、同夜、トランプ氏は、メキシコ・カナダ両国と国境警備強化での合意を理由に、関税発動を1ヵ月猶予すると発表した。トランプ氏による軌道修正の背景を探り、今後の金融市場の行方を解説する。
1.関税は百害あって一利なしを理解するトランプ氏
関税は貿易不均衡を是正することもなければ、減税の財源にするにも十分ではない。また、隣国メキシコ・カナダへの関税発動は、米国の自動車メーカーへの打撃が大きいことを理解し、メキシコから一定の譲歩を引き出し、関税発動を猶予することで、米国株式市場への悪影響を最小限に留めた。
2.選挙公約と実利を天秤にかけるトランプ氏
実業家のトランプ氏にとって、最重要の政策目標は、米国株価の上昇である。従って、その妨げとなるドル下落や金利上昇は、避けなければならない政策課題となる。しかし、関税が国内のインフレを招き、金融引き締めが米国景気を悪化させることで、米国株式市場が下落するのであれば、関税政策を交渉カードとして最大限利用しながら、実際の発動は最小限に留める選択は大いにあり得るシナリオである。
3.オールドエコノミーからの脱皮を図る米国経済
米国経済の強みはIT産業であり、トランプ氏は、鉄鋼などのオールドエコノミーは競争力を失っており、無理に再生を図ることは経済合理性に反することを理解しながらも、労働組合という大票田を放棄できないジレンマがある。そこで日本製鉄など競争力のある外国企業の力を借りて、米国の伝統的な鉄鋼産業の生き残りを図ることは、理にかなった戦略と考えられ、トランプ大統領が労組の反対を押し切って、日本製鉄によるUSスティール買収を承認する可能性は残っているものと考えられる。
その一方で、イーロン・マスク氏率いるテスラが、世界における電気自動車市場をリードすることで、自動車産業自体の再編を図ることが、新時代の米国製造業の構造転換の先駆けとなっていこう。
また、今後大きな成長分野と期待されるAI投資に、日本やサウジアラビアからの巨額資本を受け入れることで、米国経済の生産性を高める戦略にも注力するものと考えられる。
4.トランプ政権が目指す小さな政府
イーロン・マスク氏を政府効率化省のトップに据え、徹底した行政改革と規制緩和により、財政赤字の削減に努め、経済の活性化を図る方針が鮮明となっている。また、原油増産計画により、エネルギーコストを下げることで、インフレを鎮静化できれば、政策金利の引き下げも可能となる。米国は古き良きアメリカへの郷愁を残しつつも、徐々に新時代の産業への構造転換を進める過渡期に来ており、ここをうまく乗り切れば、米国経済を更なる高みに誘導できることになる。
5.トランプ関税外交が金融市場に与える影響
メキシコ・カナダへの関税発動が土壇場で回避されたことで、トランプ氏が、関税の悪影響を理解した上で、交渉の材料に今後も利用するとの見方が強まっている。これにより、米国株式市場が大きな調整局面を迎えるリスクは当面回避されるものと考えられる。
為替市場では、リスクオフの円買い戻しが一服、ドル円は155円台回復となっている。1月の新NISA経由での個人投資家の米国を中心とする海外株投資が、前年同月比大幅増を記録しており、市場の円売り圧力が後退していないことが確認されている。今後も日米経済成長力格差を反映して、緩やかなドル高円安トレンドが継続しよう。
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2025年2月4日執筆 チーフストラテジスト 林 哲久