見出し画像

防衛費増額で地方創生との一石二鳥を狙う

地方創生が掲げられてから約10年経つが、地方衰退のニュースばかりが目に付く。東京一極集中問題に正面から取り組んでいないことが、地方創生が進まない根本原因。全国に展開する自衛隊拠点の整備・強化に拠点周辺との連携の視点を取り込めば、地方創生との一石二鳥が狙える。
退官自衛官の拠点周辺での定住等が地方創生を強固にする。


地方創生は一向にしてならず


「地方創生」というキーワードがいつ頃から使われ始めたかは定かではないが、地方創生担当大臣は2014年9月に初めて任命され、地方創生に関する主たる法律として「まち・ひと・しごと創生法」が2014年11月に成立している。初代の地方創生担当大臣は、2024年10月1日に総理大臣となった石破茂氏である。その石破氏は「2024年 自民党総裁選挙 石破 茂 政策集」で、「地方創生2.0」を掲げている。
いずれにしても、政府が公式に地方創生を掲げてから約10年となるわけだが、地方創生どころか地方衰退のニュースばかりが目に付く。特に本年元日の令和6年能登半島地震への政府の対応は、地方衰退に拍車をかけようとしているかのように見えることがしばしばある。
マンガ・アニメの『聖地巡礼』-劇場版『名探偵コナン』の事例を中心に-」(2024年6月21日)、「マンガ・アニメの『聖地巡礼』-小豆島、下灘駅、予讃線-」(2024年8月6日)で書いたようにマンガ・アニメの聖地となった地域は活性化している。しかし、これは政府の施策とは何ら関係ない。関連した施策として政府が旗を振ったクールジャパン戦略は、少なくともマンガ・アニメの分野では、創作現場への余計な干渉はあっても必要な支援があったようには見えない。
農業の6次産業化やグリーンツーリズム・アグリツーリズムは一定程度の効果をあげている地域もあるようだ。しかし、肝心の農業の担い手が高齢化・引退している状況に対する対策が効果をあげているようには見えない。それどころか減反政策継続で農家のやる気を喪失させているようにも見える(「食料安全保障は主食の国内供給の確保が基本 -コメ不足は構造的背景-」(2024年9月5日)も参照)。
その他の施策についても、ある程度の効果が出ている施策もあるようだが、大きな流れになっているようには感じられない。こうした施策は地道に粘り強く進める性質の類ではあるものの、10年経っても進捗があるようには思えないのが正直なところである。
地方創生が進まない根本原因は、東京一極集中問題に正面から取り組んでいないからだ。様々な課題を根源的に解決するには、筆者としては東京解体まで踏み込みたいところであるが、せめて国家行政機能の東京圏以外への移転は実現すべきである。東京一極集中問題への対応については、「リスク分散と新時代への離陸に向け首都移転を」(2023年12月14日)に書いたので興味ある方はそちらを参照頂くとして、本稿では別の観点から地方創生を進める手法を提案してみる。

自衛隊拠点の整備・強化は地方創生に資する

(1)南西と北方の強化

米中激突の行方-概説-」(2024年2月8日)、「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)等でも書いたように、第三次世界大戦の可能性をはらみつつ世界は激動期に入っている。本稿執筆時点では、イスラエルとイランの直接対決がエスカレートしかねない状況となっている。また、中華人民共和国(以下、共産中国)による我が国領海への侵入に加え領空侵犯、ロシアによる我が国領空への侵犯などの報道も相次いでいる。
我が国を包囲するように、共産中国、ロシア、北朝鮮の核を保有する敵性国家が、日に日に軍事力増強を進めている。「リスク分散と新時代への離陸に向け首都移転を」(2023年12月14日)に書いたように、彼らのミサイルは常に東京に照準を合わせていると推測される。この点からも東京一極集中を解消する必然性が十分にある。
防衛費増額に基づく現行の防衛力整備計画には、「Ⅱ 自衛隊の能力等に関する主要事業」の「7 持続性・強靱性」の4番目に「施設整備」が挙げられている。昨今の国際情勢・軍事情勢を踏まえると、我が国の南西地域強化を最優先するのが望ましく、防衛力整備計画でも「特に南西地域における空港・港湾等を整備・強化する施策に取り組む」等と随所に南西地域を強化する記述がある。台湾有事の場合は、南西諸島が巻き込まれることは十分に考えられる。さらに、共産中国の上層部には尖閣諸島のみならず沖縄の領有権も日本にはないという主張をする者もいる。
北方領土が返還される可能性は一向にないが、ソ連崩壊後暫くは北海道に関するロシアの軍事的脅威は薄れつつあるように思われた。しかし、近年はロシアの有力政治家が「ロシアは北海道に全ての権利を有している」と発言したり、プーチン大統領がアイヌを「ロシアの先住民族」に認定する考えを示したと報道されており、再び北方からの軍事的脅威に警戒せざるを得なくなっている。
これらの情勢を踏まえ、南西地域を最優先、次いで北方地域を優先して、自衛隊拠点の整備・強化を図るべきであろう。

(2)全国各地に展開する自衛隊拠点の強化

国防の必要上、自衛隊の拠点は全国各地に展開している。首都東京の防衛という観点で一都三県に所在する部隊がやや多いものの(図1)、各地方の中心都市以外の地域に所在している部隊が多い。海上自衛隊の勤務地は当然ながら港のある都市が中心であり(図2)、全国各地に展開している。なお、陸上自衛隊の駐屯地・分屯地、航空自衛隊の基地・分屯駐地については数が多く、適切な地図を入手できなかったので掲載していないが、それこそ全国各地に展開している。
防衛力整備計画によると「既存施設の更新」「駐屯地・基地等の施設及びインフラの強靱化等」を進めることとなっている。必ずしも地方の中心都市ではない地域に所在する自衛隊拠点の整備・強化に当たっては、拠点周辺の市町村との連携強化も視野に入れて進めていくことが望ましい。自衛隊はその機能上、独立して存続できるように設計されている。また軍事機密も存在する。それらに十分配慮しつつも、自衛隊拠点周辺の地域活性化にもっと貢献できるような拠点整備・強化の手法はあるはずである。横須賀、呉、佐世保、舞鶴などは、戦前の帝国海軍の鎮守府として発展し、現代においてもなお重要な港町となっており、栄えている。
防衛費増額は当然ながら防衛力強化が最優先目的であるが、どうせやるからには、できる限り有効活用するのが望ましい。自衛隊拠点周辺の活性化は、地方創生に一役も二役も買うことになろう。
自衛隊拠点となっている地域の活性化は、拠点の持続性を高めると共に、武力紛争の抑止にも繋がる。また、東京圏が攻撃された場合の国家機能不全のリスクを軽減することにも繋がるであろう。直接武力攻撃という事態に至っている場合は活力のある地域を目標とした方が効果は大きいであろうが、潜在的侵攻は衰退している地域からの方が容易である。共産中国の得意とする「サラミ戦術」は、衰退している地域が狙われやすい。潜在的侵攻がある程度進んだ後に、武力攻撃に移行する可能性を考えるならば、軍事的側面からも地方創生は重要課題である。
二つの自給率向上が生き残りの鍵(4) -分散型エネルギーの推進-」(2023年3月6日)で書いた「地産地消の分散型電源」は自衛隊、拠点周辺の地方公共団体、地元企業などが協力すれば、より具体化することが可能となろう。また、「地産地消の分散型電源」は各地の自衛隊拠点の電源確保の多様化に繋がり、防衛力強化にも貢献し得る。
 
図1:主要部隊などの所在地(イメージ)(2023年度末現在)

出所:防衛省ウエブサイト「令和6年版 防衛白書」第Ⅱ部第4章第2節「1 防衛力を支える組織」図表Ⅱ-4-2-4

図2:海上自衛隊の勤務地一覧

出所:防衛省ウエブサイト「海上自衛隊の勤務地一覧

(3)退官自衛官の拠点周辺への定住促進

自衛官は駐屯地内の隊舎に居住しているだけでなく、一定の条件のもと、駐屯地外の官舎や自宅等にも居住している。隊舎以外に居住している自衛官は、火急の時には駐屯地等に駆けつけることが重要なので、駐屯地等から遠くない場所に住居を構えているであろう。自宅の場合は退官後にそのまま住み続けても良いし、自衛隊拠点から遠い場所に移り住むのも自由であるが、引き続き自衛隊拠点周辺への定住を促進して良いと思われる。
退官自衛官は、戦略的思考や危機管理知識を有している。また、現場を重視する現実主義者であるので、「情報」と「数字」を重視する。他国との共同演習などの経験があれば国際感覚も養われており、幹部自衛官ともなれば海外留学や駐在経験もある。こうした資質は、国際展開する企業にとってはもちろんのこと、国内が主領域の企業にとっても経営者や管理職に求められるものであろう。
安全保障分野だけではなく、危機管理、戦略、国際法、数学などにも強い退官自衛官を、自衛隊拠点周辺の地元企業での雇用、あるいは地元教育機関の教師等への就任、などを斡旋すれば、退官自衛官とその家族の定住が促進されるし、地元企業や教育機関にとっても有能な人材確保に繋がる。このことは地方創生に貢献するだけでなく、自衛隊と拠点周辺地域の相互理解促進に貢献し、ひいては中長期的な防衛力強化にも資するであろう。国民の支持こそが防衛力の基盤である。


20241004 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
海洋国家日本の復権に向けた造船新機軸」(2024年9月20日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?