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効率性と冗長性のバランス -都市間公共交通を中心に-

東海道新幹線などの交通大動脈の混乱は、多方面に影響が及ぶ。効率性を追求していくと冗長性が疎かになりがちだが、交通大動脈など影響が大きい分野は冗長性を十分に確保することが重要である。リニアを含む新幹線網充実は国土構造をはじめとして多くの変革をもたらすが、冗長性等の観点でも新幹線網の一刻も早い充実が望ましい。


交通大動脈の混乱


7月22日、保守用車の脱線により東海道新幹線は一部区間で終日運転見合わせとなった。夏休み期間が重なっていることもあり、豊橋駅などで大行列が生じるなど、多くの乗客が影響を受けた。
その前の7月19日には、米サイバーセキュリティー会社「クラウドストライク」のソフトウェアの欠陥により米マイクロソフトの「ウィンドウズ」を搭載したパソコンで障害が起き、米国では主要航空会社の航空便が発着できない事態が発生した。なお、企業、銀行、病院、店舗などの運営にも障害が生じた。
思い起こせば、今年の年初1月2日には、羽田空港で日本航空機と能登半島地震支援に向かおうとしていた海上保安庁機が衝突し、一時は全滑走路が閉鎖された。年末年始のUターンラッシュのピークを直撃したため、他の交通機関にも多大な影響が及んだ。
いずれのケースでも、そのまま運行・運航再開を待つ人、迂回路を探る人、予定変更する人など様々に対処したことであろう。交通機関等の運営関係者は、一刻も早く復旧するために多くの汗を流したことであろう。

効率性は追求しすぎると脆い


公共交通に限った話ではないが、効率性を追求することは一見無駄に見える要素を削減していくことでもある。公共交通の場合、大括りの話としては、出発地と目的地に複数経路がある場合、できるだけメインの経路のみを残し、他の経路を廃止していくパターンが分かりやすい。
このような手法は、平常時には効率性向上に大いに資するが、あまり効率性ばかり追求すると、前章で述べたような思わぬ事故などの際に大混乱が生じる。
7月22日の東海道新幹線一日運休の際は、航空会社は羽田-大阪間の臨時便を運航したが、あっという間に予約で満席となってしまったそうである。新幹線の大量・高頻度輸送による乗客数を航空機で捌き切るのは困難であることが改めて実証された形と言えよう。
仮に北陸新幹線の大阪延伸が完了していれば(図参照)、迂回路として北陸新幹線を選んだ乗客も多いのではないだろうか。実際、今回の東海道新幹線一日運休の際は、北陸新幹線は大混雑だったそうである。在来線で敦賀まで行き、そこから北陸新幹線に乗る、あるいはその逆方向のルートをたどった乗客が多かったのであろう。
さらに、2027年に東京-名古屋間で開業予定のリニア中央新幹線が既に稼働していたならば、東海道新幹線の代替路線として有効に機能したであろう。7月22日は名古屋-浜松間が終日運休となったので、東京-名古屋間が開業していれば事足りる。なお、リニア中央新幹線は、現状では予定通りの開業はほぼ無理と見られている。
 
図:基本計画を含む新幹線ネットワーク

出所:国土交通省ウエブサイト「令和6年版国土交通白書」第Ⅱ部第5章「第1節 交通ネットワークの整備」「2 幹線鉄道ネットワークの整備」「【関連リンク】」
https://www.mlit.go.jp/statistics/file000004.html 
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001732043.pdf

冗長性にもっと着目すべき


こうした迂回路の存在は、冗長性、多重性、リダンダンシー(redundancy)などと表現され、いざという時に全体が機能不全とならないための重要な仕組みである。効率性一辺倒で突き進むと、冗長性が疎かにされかねない。
長谷川英祐『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー、2010年)は、アリなどの組織を作る昆虫の研究を通して、余力の重要性を描いている。ここで言う余力は冗長性と通じるものである。ある一定時間を観察すると、常に働いているアリは一部であり、ほとんどのアリは休んでいるように見える。タスクに対する反応度の違いがこのような現象を生じさせている。ただ、休んでいるように見えるアリも、常に働いているアリだけでは対処できない事態が生じた場合には、その事態に対処するべく働きだす。常に働いているアリは、想定外の事態に対処する余力は残っていないであろう。こうした余力の有無が、組織の存続に致命的に影響する場面もある。
古来、軍隊では「遊軍」を設けて戦場に臨むことが多い。戦闘中に有利な局面が生じた時に「遊軍」を投入する、あるいは劣勢の部隊に援軍を送るためには、戦闘していない部隊が手元にあることが前提となる。
本稿で挙げた交通大動脈の混乱は1、2日で回復したが、大規模自然災害や戦争などで長期に亘り交通大動脈の一部が機能しない状態も想定し得る。例えば、1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震よりは復旧までの日数が短かったものの、2011年の東日本大震災での東北新幹線の復旧には49日かかっている。
物流については船舶、自動車が元々主体であり、人流については航空機、自動車等で一定程度代替可能であるが、東京-名古屋-大阪間のような巨大な人流については、鉄道が長期間機能しないと大きな痛手となる。
リニア、新幹線は変革の基盤」(2023年10月27日)では、リニアを含む新幹線網充実は国土構造をはじめとして多くの変革をもたらすという観点で、新幹線の基本計画路線は全て実現する方が望ましいと書いたが、冗長性等の観点でも新幹線網の一刻も早い充実が望まれる。


20240725 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
中国からの撤退準備を」(2024年7月19日)
前々回レポート:
国益実現の方法論の選択」(2024年7月10日)

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