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海洋国家日本の復権に向けた造船新機軸

世界初の電気運搬船は、送電ネットワークの可能性を広げる。世界経済は海で回っており、日本海運は引き続き主要な地位を占めている。電気運搬船、超大型コンテナ船、カーボンニュートラル対応船、潜水貨物船など造船の新機軸は、今後の世界を大きく変える可能性がある。海洋国家日本の復権に向け、これらの新機軸推進を期待したい。


世界初の電気運搬船


大型蓄電池の製造・販売、再生エネルギー等の電力供給などの事業を展開するパワーエックスが、今治造船と組んで世界初となる「電気運搬船」を開発・建造している。電気運搬船は、電気で動き、搭載する蓄電池で電力を海上輸送する船である。なお、パワーエックスは、今年(2024年)2月には電気運搬船関連事業を推進するための新会社・海上パワーグリッドを設立している。
電気運搬船により、海を越えた送電ネットワークが構築できる。海を越えて送電するには海底ケーブルを敷設するという手段もあるが、海底ケーブルには超高圧接続・変電コスト等の課題があり、故障した場合には修理に時間がかかる。また、水深や地形などで敷設が困難な地域がある。電気運搬船はこうした海底ケーブルの難点を克服でき、新たな送電ネットワークの可能性を広げる。
2030年代に本格的な普及期に入ると見込まれる浮体式洋上風力発電は、水深に関係なく発電設備を置くことが出来るが、発電した電力を需要地まで送電するのに課題がある。前述したように海底ケーブルにはコストも含め様々な課題があるが、電力運搬船はそうした課題を解決できる。洋上風力の設置場所を現行の領海内からEEZ(排他的経済水域)に広げる関連法案(「再エネ海域利用法」の一部改正案)が通常国会に提出されていたが、参議院で継続審査となった。余程のデメリットが新たに判明しない限り、洋上風力発電設置場所をEEZに広げる方針は進められるであろう。
電気運搬船「Power Ark」の初号船「X」は2025年の完成を目指し、2026年から国内外で実証実験を開始予定である(海上パワーグリッド・ウエブサイト「世界初の電気運搬船、初号船『X』の詳細設計を発表」2023.05.25より)。また、電気運搬船の派生モデルとして、バージ船「Power Barge」のコンセプトも公表されている(同社ウエブサイト「バージ型電気運搬船『Power Barge』を発表」2024.04.23より)。さらに九州電力、横浜市、室蘭市、苫小牧港と電気運搬船の利活用に関する覚書や包括連携協定を締結している。今年(2024年)4月には、海上パワーグリッド、横浜市、東京電力パワーグリッドの三者で、「横浜港におけるカーボンニュートラルポートの形成に必要となる、電力ネットワークの将来構想や新たなグリーン電力供給拠点の構築検討に関する覚書を締結」している(同社ウエブサイト「横浜市臨海部の電力需要増加とクルーズ船向け陸電実現に対応するグリーン電力供給拠点構築に関する覚書を締結」2024.04.24より)。
二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」(2023年2月10日)で指摘したように、我が国のエネルギー自給率はかなり低く、動乱期に入った世界情勢を踏まえると、エネルギー自給率向上は喫緊の課題である。「二つの自給率向上が生き残りの鍵(4) -分散型エネルギーの推進-」(2023年3月6日)では、原料も含めた国産100%の電源の比率向上の可能性について記述したが、電気運搬船が実用化されればその可能性がさらに広がると言えよう。

経済は海で回っている

(1)物理的な貿易量は海が主役

重量ベースで見た世界の貿易量における海上輸送の割合は90.0%である。さらに日本の貿易量における海上輸送の割合は99.6%である(いずれも一般社団法人日本船主協会ウエブサイト「船と海の基礎知識」「海上輸送の割合」より)。
世界の海上荷動き量と世界名目GDPは相関関係にある。2005-2023年の相関係数は0.923である。世界経済の物理的な側面は海で回っていると言っても良いであろう。
 
図1:世界の海上荷動き量と名目GDP

出所:公益財団法人日本海事センター「世界の海上荷動き量」、世界銀行「World Development Indicators」より筆者作成(図の注を文末に記載)

(2)依然、世界で主要な地位を占める日本海運

海上輸送を担う船の建造量については、1950年代半ば以降は日本がトップを続け「造船大国・日本」とも称されていた。しかし、2000年代前半には新造船建造量が韓国に抜かれ、2000年代後半には中華人民共和国(以下、共産中国)が日本そして韓国を抜き、直近の順位は共産中国、韓国、日本の順となっている。2010年以降、日中韓3国で世界の新造船建造量の9割前後を占める状態が続いている。
 
図2:世界の新造船建造量

出所:国土交通省ウエブサイト「令和5年版 国土交通白書 資料編」「11 海事」「資料11-7 造船の動向」より筆者作成(図の注を文末に記載)

船籍については、手続きや税金などの問題によりパナマやリベリアなどが多い。一方、日本の船主・船会社が実質保有(日本船籍及び海外子会社が保有する外国船籍の合計)する船腹量はギリシャ、共産中国に次いで3位である。ただし、約10年前よりはシェア、順位共に落ちている。
しかしながら、日本海運が世界において引き続き主要な地位を占めており、今後の挽回が期待される。
 
図3:船主の役割と日本船主の国際シェア

出所:国土交通省ウエブサイト「外航海運」「外航船舶確保等計画制度」(2024年9月19日アクセス)

(3)海洋国家日本における海運の重要性

国土交通省「交通政策審議会海事分科会国際海上輸送部会 中間とりまとめ(参考資料)」(2021年1月7日、以下「中間とりまとめ(参考資料)」)によると、「邦船社は、日本を最重要マーケットとして位置付けており、非常時においても日本発着サービスを維持」「外国船社は、日本市場そのものより、安全性や経済性を重視する傾向」との事である。「二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」(2023年2月10日)で指摘したように、食料やエネルギーの多くを輸入に頼る我が国にとっては、日本の海運業の発展は経済安全保障上の死活問題に直結している。
中間とりまとめ(参考資料)によると、「外航海運、造船等の海事関連産業は、『海事産業クラスター』を形成し、相互に依存・連携し発展」しており、造船・舶用工業の「71%が日本商船隊向け(隻数ベース)」であり、海運業側からすると「船隊の85%を国内調達(隻数ベース)」している。
なお、日本商船隊とは、「我が国外航海運事業者が運航する2,000総トン以上の外航商船群をいい、①日本籍船(日本国民、日本の法令により設立された会社等が所有している船舶)、②外国籍船(外国企業(我が国外航海運事業者の海外子会社を含む。)から用船(チャーター)している船舶)で構成されている」船隊である(国土交通省「海事レポート2024」より)。

日本造船業の新機軸


本稿冒頭で世界初の電気運搬船の開発・建造が進行中であり、実証実験が視野に入っていることを紹介した。前述したように、日本の新造船建造量は共産中国、韓国に追い抜かれ、現時点では世界第3位であるが、電気運搬船をはじめとして日本が先行している新機軸に期待がかかる。ここではそうした新機軸をいくつか紹介する。

(1)世界最大級の超大型コンテナ船

世界のコンテナ船は大型化が潮流となっているが、2023年に日本で6隻の超大型コンテナ船が完成している。これまでの最大コンテナ船は2万TEUであったが、2万4,000TEUと世界最大級のコンテナ船である。なお、TEUはTwenty-foot Equivalent Unitの頭文字からなる物流用語の単位で、20フィートの海上コンテナに換算した荷物の量を表す。
日本造船業界1位の今治造船と業界2位のジャパン マリンユナイテッド(JMU)が共同設立した日本シップヤード(NSY)が建造し、日本郵船、商船三井、川崎汽船の海運大手三社が出資するオーシャン ネットワーク エクスプレス(ONE)が運航する。船主は今治造船グループの正栄汽船である。日本の海事産業のメインプレーヤーが揃っている。
残念ながら、日本にはこの大きさの船が入れる港が無い。今後の港湾拡張が待たれる。日本以外の世界各国の港湾を往来することになるが、日本のメインプレーヤーが結集した船が世界貿易に貢献する姿は海洋国家日本の面目躍如と言えよう。

(2)カーボンニュートラル対応船

国際間大規模液化CO2輸送船の開発に向けて、川崎汽船、商船三井、日本郵船、三菱造船、今治造船、ジャパン マリンユナイテッド(JMU)、日本シップヤード(NSY)が、標準仕様・標準船型の共同検討を開始したことが今年(2024年)8月に公表された。将来は、アンモニア燃料等脱炭素技術を活用した新燃料船の設計・開発・建造についての共同検討を行うことも視野に入れているとの事である。脱炭素社会に向けて、火力発電所などから出る二酸化炭素(CO2)を分離、回収し、地下にまとめて貯める技術を2030年までに事業化する目標を国が掲げているが、液化したCO2を輸送する船の開発が課題となっていた。
なお、上記に先行して2023年11月、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が世界初となる液化CO2大量輸送に向けた実証試験船「えくすくぅる」を完成したと公表している。NEDOから委託された日本ガスライン、一般財団法人エンジニアリング協会などが、実証試験や運航などを担当するとのことである。
また、世界初のアンモニア燃料商用船として、タグボート「魁」が竣工したと日本郵船が今年(2024年)8月に公表している。日本郵船とIHI原動機が、一般財団法人日本海事協会の協力を得て研究開発を行い、日本郵船グループの新日本海洋社が実証航海を実施している。アンモニアは燃焼してもCO2を排出せず、従来燃料のLNG(液化石油ガス)と似た特質を持ち、肥料用途などで大量生産がしやすいなどの利点がある。水素やメタノールなどの次世代燃料よりも事業化に近いと考えられている。ただし、アンモニアは毒性が強いため、今回の実証航海での検証が待たれる。

(3)潜水貨物船

筆者の知る範囲では、執筆時点で具体的に言及している海事関係組織・企業等は無いように思われるが、そう遠くない将来に潜水貨物船が活躍する可能性がある。
前述したように、世界経済の物理的な側面は海で回っていると言えるが、海上交通は様々な要因により不安定度が高い。海洋気象、船員や港湾労働者の労働環境、軍事情勢や海賊などに対する治安状況など様々な不確定要素がある。しかし、長距離をノンストップで航行できる潜水貨物船であれば、海洋気象の影響は受けにくく、海賊やテロリストにあいにくく、立ち寄る港湾も最小化できる。北極海の氷の下も航行でき、距離の短縮や定時運航が可能となる。
ロシアには原潜を潜水貨物船に切り替える技術がなく、北米大陸内で完結できる米国は費用対効果で潜水貨物船建造への参入意欲が低い。日本では川崎重工業と三菱重工業が自衛隊の潜水艦建造を担っているが、両社は商用船も多く建造している。日本は原潜建造の経験はないが、通常動力の潜水艦建造技術は世界的に評価されている。今後はメタノールや水素などが燃料の主体となると考えるのであれば、現有技術を発展させていく事によって、潜水貨物船の実現は十分期待できるであろう。
なお、潜水貨物船のアイデアは、杉山徹宗『日本の大逆襲 経済、防衛の超大国へ』(2024年4月、ワニブックス)による。

電気運搬船、超大型コンテナ船、カーボンニュートラル対応船、潜水貨物船など日本が実現あるいは実現可能性のある造船の新機軸は、今後の世界を大きく変える可能性がある。海洋国家日本の復権に向けた動きは既に始まっていると言えよう。
なお、我が国の海運関係業界がさらに飛躍するためには、船員、船籍、港湾、航路など課題は多岐にわたる。それらの課題はそれぞれが大きなテーマとなるので本稿では触れていないが、機会があれば取り上げてみたい。


図1の注
注1:海上荷動き量は2024年5月29日更新、名目GDPは2024年6月28日更新のデータ。
注2:海上荷動き量の基資料IHS Markit GTA Forecasting。

図2の注
注1:令和5年5月時点。
注2:基資料HIS Markit社データ。


20240920 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
食料安全保障は主食の国内供給の確保が基本 -コメ不足は構造的背景-」(2024年9月5日)

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