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リニア、新幹線は変革の基盤

リニア中央新幹線の建設は当初予定より遅れているが、開業すれば大きな社会経済効果が見込まれる。近年では費用便益分析などにより公共投資の是非が検討され、新幹線も例外ではない。検討自体は重要であるが、最終判断は大局的に下すことが求められる。整備新幹線の完成後、基本計画路線も実現することが、日本の変革の基盤となり得る。


リニア開通に向けて


2023年10月13日、リニア中央新幹線(以下、「リニア」)の山梨県富士川町にある「第一南巨摩トンネル」が貫通した。品川-名古屋間の区間で初めてのトンネル貫通になる。リニアは、JR東海が2027年開業を目標に工事を進めている。ただし、ルート途上の静岡県の反対により工事着工が遅れている区間があり、2027年の開業は困難な状況となっている。
リニアが開業すれば、品川-名古屋間は約40分、品川-大阪間は約1時間で結ばれる。三大都市間が1時間圏内となるわけで、人口7千万人級の巨大都市圏が形成されることになる。現在も建設が進められている新幹線網と合わせて、我が国の国土構造を大きく変革することとなろう。
なお、リニアの名古屋-大阪間の開業は、JR東海の当初予定では2045年であったが、財政投融資を活用することにより最大8年間前倒すことを可能としている。

整備新幹線の進捗状況


整備新幹線は「全国新幹線鉄道整備法」(1970年公布)に基づき、1973年に整備計画が定められた路線である。具体的には、北陸新幹線、東北新幹線、九州新幹線、北海道新幹線であり、直近では九州新幹線の武雄温泉-長崎間が2022年9月に開業した。
図1のように、現時点では北陸新幹線の金沢-敦賀間(2024年3月開業予定)、北海道新幹線の新函館北斗-札幌間(2030年度末完成予定)が建設中である。ただし、北海道新幹線の札幌までの開業については、トンネル工事の遅れなどにより現時点での予定より遅れる見通しとの報道も散見される。
未着工区間である北陸新幹線の敦賀-新大阪間については、施工上の課題を解決するための調査が進められている。同じく未着工区間の九州新幹線(西九州ルート)の新鳥栖-武雄温泉間については、どのような整備の在り方(フル規格、ミニ新幹線、フリーゲージトレインなど)が望ましいのかの関係者間の協議が進められている。
 
図1:日本の新幹線ネットワーク(2023年10月現在)

出所:JRTT鉄道・運輸機構ウェブサイト
(  https://www.jrtt.go.jp/construction/outline/shinkansen/index.html )

新幹線の軌間(線路幅、ゲージ)は「標準軌」と呼ばれる1435mm、JR在来線は「狭軌」と呼ばれる1067mmであるため、そのままでは直通運転が出来ない。そのため、ミニ新幹線と呼ばれる山形新幹線、秋田新幹線では在来線を標準軌に改軌、あるいはもう一本レールを敷く(三線軌条)ことで対応した。カーブ、トンネル、ホームなどが在来線のものをそのまま利用するため、最高速度などに制約がある。それに対して、在来線とは別途、標準軌で建設する新幹線をフル規格と呼ぶ。ミニ新幹線は旅客案内上「新幹線」と称しているが、法律上の定義では在来線であり、在来線の改軌あるいは高速化改良である。なお、「全国新幹線鉄道整備法」第二条では、「その主たる区間を列車が二百キロメートル毎時以上の高速度で走行できる幹線鉄道」を新幹線と定義している。
軌間可変電車(フリーゲージトレイン)で直通運転を実現するという考え方もある。フリーゲージトレインは、軌間の異なる線路間を直通運転できるように、車両の車輪幅をゲージに合わせて自動的に変換する電車である。九州新幹線(西九州ルート)や北陸新幹線の一部区間でフリーゲージトレインを活用することを目指して技術開発を進めていたが、様々な課題があり、現時点では不採用となっている。

基本計画線実現は地方主要都市活性化の契機となる


「全国新幹線鉄道整備法」に基づく基本計画では、現在営業中及び整備中の新幹線網とリニアに加え、図2に示されている基本計画路線が位置づけられている。すなわち、北海道新幹線(札幌-旭川)、北海道南回り新幹線(長万部-室蘭-札幌)、羽越新幹線(富山-新潟-秋田-新青森)、奥羽新幹線(福島-山形-秋田)、北陸・中京新幹線(敦賀-名古屋)、山陰新幹線(新大阪-鳥取-松江-新下関)、中国横断新幹線(岡山-松江)、四国新幹線(新大阪-徳島-高松-松山-大分)、四国横断新幹線(岡山-高知)、東九州新幹線(博多-大分-宮崎-鹿児島中央)、九州横断新幹線(大分-熊本)の計11路線である。
なお、奥羽新幹線の区間については、ミニ新幹線である山形新幹線、秋田新幹線が大曲-新庄区間を除いて運行中である。
かつて基本計画路線の一つであった成田新幹線(東京-成田空港)は建設に着手していたが、反対運動が激しく用地買収が進まない状況であった。1987年の国鉄民営化に伴い、整備計画は失効している。既に建設していた設備は、JR京葉線や京成スカイライナーなどの一部設備に転用されている。
 
図2:基本計画を含む新幹線ネットワーク

出所:国土交通省ウェブサイト「国土交通白書 2023」第Ⅱ部第5章「第1節 交通ネットワークの整備」「2 幹線鉄道ネットワークの整備」「【関連リンク】」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r04/hakusho/r05/html/n2512000.html )

北海道新幹線-羽越新下線-北陸新幹線-山陰新幹線-九州新幹線を繋げれば、日本海新幹線となる。現状では、上越新幹線、北陸新幹線、九州新幹線が太平洋側と日本海側を繋いでいるが、北陸・中京新幹線が実現すれば日本中央部で太平洋側と日本海側が繋がり、中国横断新幹線-四国横断新幹線が実現すれば、本州西側で太平洋側と日本海側が繋がる。四国新幹線-九州横断新幹線が実現すれば、四国を経由して近畿圏と東西九州が結ばれることになる。
人口減少下における持続可能な公共交通へ」(2023年3月15日)の「マクロ的には国土構造、都市構造の再構築」でも触れたように、古今東西、交通の要衝が大都市となる。現代の大都市である政令指定都市は、ほとんどが新幹線沿線にある。日本海新幹線は日本海側の主要都市活性化の契機となるであろう。既に、北陸新幹線によって富山、金沢は活性化している。四国新幹線、四国横断新幹線は、低迷状態にある四国全体を活性化させる大きな契機となろう。

新幹線網は変革を促す

(1)新幹線の優位性

徒歩、自転車、牛馬等の生物由来の動力を除く人の移動手段、モノの輸送手段としては、自動車、鉄道、飛行機、船舶が挙げられる。このうち大量のモノを運ぶには船舶が適しているが、海や河川(小河川は除く)に面していない地域では主として自動車や鉄道が用いられる。人の移動手段は、遠隔地や陸続きでない地域は飛行機が中心であるが、近隣地域や郊外などは自動車、鉄道が中心となるであろう。距離の離れた大都市間の交通としては、飛行機と新幹線が競合する。
日本国内については、概ね所要時間が4時間を切ると新幹線が選択されることが多く、それを超えると飛行機を選択する傾向があると言われている。日本国内における飛行機と比較した新幹線のメリットを考えると、市街地中心部からのアクセスの容易さ(日本は市街地中心部から相対的に遠い空港が多い)、搭乗手続きの簡易さ、高頻度運行、大量輸送、環境負荷低減(CO2排出量など)などが挙げられよう。
何事にもプラスとマイナスがあり、新幹線も例外ではない。新幹線の場合、開業後のプラスの効果としては、時間短縮効果、地価上昇効果、企業立地効果、入込客数の増加(または交流人口の増加)、CO2 削減等の環境問題への効果、などが挙げられる。開業までの間は建設による経済効果も生じる。特に時間短縮効果は、地域社会経済の広域な発展の可能性を広げる。
マイナスあるいは課題としては、並行在来線問題、航空路線の維持、ストロー効果(交通網の整備により都市が発展したり衰退したりする現象)、などが挙げられる。ただし、個別企業の話は置いておけば、新幹線網で4時間程度以内に往来できる地域の航空路線は廃止してしまう方がマクロ的には望ましいと考えている。

(2)表面的なコストパフォーマンスに囚われるな

国費が投入される鉄道プロジェクトについては、「『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル(2012年改訂版)』に基づき費用便益分析を実施するとともに、その他貨幣換算が困難な効果や事業の実施状況を加味した総合的な評価」(国土交通省「令和4年度第1回 鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル改訂に関する調査検討委員会の開催について」令和5年2月20日)が行われている。整備新幹線も例外ではない。
図3は2012年3月に開催された国土交通省の整備新幹線小委員会(第9回)の配布資料の一部である。この時点では、北陸新幹線、九州新幹線の諫早-長崎間はフリーゲージトレインを活用することを有力な選択肢としていた。いずれの整備新幹線も投資効果(B/C:総便益(Benefit)/総費用(Cost))は1を上回っている計算となっている。総便益は、利用者便益、供給者便益、環境便益、残存価値の合計である。総費用は建設投資額、維持改良費等の合計である。
なお、計算の仕方や考え方等について詳細を知りたい方は、「鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル(2012年改訂版)」をご参照頂きたい。
 
図3:2012年3月時点における整備新幹線に関する投資効果等の資料

出所:国土交通省「『収支採算性及び投資効果の確認』に関する参考資料(素案)」(第9回整備新幹線小委員会(2012年3月21日) 配布資料)

事前に投資効果や収支採算性を検討しておくことは大変重要な作業であるが、新幹線単体での投資効果に囚われ過ぎると大局を見失い、我が国の社会経済の活力の持続性向上の機会を逸することになると考える。

(3)充実した新幹線網は変革の基盤

リニアを含む新幹線網充実は国土構造をはじめとして、多くの変革をもたらす。
新幹線網が充実すれば、整備前よりも広域な地域間の一体性が高まり、そのこと自体による経済の新たな可能性が生じる。例えば、観光範囲や商圏の拡大などは分かりやすい効果であろう。運賃等の価格設定にも影響を受けようが、居住地と勤務地域の選択の幅も広がるであろう。
併せて、国-都道府県-市町村の役割再編(道州制なども考えられる)などの行政システムの変革や働き方やライフスタイルの変革などを実施すれば、我が国の将来は明るい方向に向かうであろう。充実した新幹線網はそのための基盤となり得る。
ここまで述べてきたことを踏まえて、新幹線の基本計画路線は全て実現する方が望ましいと考えている。表面的なコストパフォーマンスに囚われ過ぎずに、持続可能かつ活力ある社会経済に向けて、国家百年の計を見据えた大局的な判断が重要である。
新幹線網で結ばれる各主要都市の方向性については「LRT、路面電車を起爆剤にした街活性化」(2023年8月7日)、新幹線網以外も含むネットワークや国土構造の在り方については「人口減少下における持続可能な公共交通へ」(2023年3月15日)、「『すずめの戸締まり』から考えるコンパクトシティ、国土強靱化」(2023年1月17日)、行政の役割再編等については「地方活性化は戦国時代、幕藩体制を参考に」(2023年3月31日)等も参照されたい。
なお、行政システム等の変革の内容については、機会があれば改めて論じたいと思う。


20231027 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
成長産業としての農林水産業の輸出入 -輸入編-」(2023年10月5日)

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