FRB利上げのための利下げ?!
12/18FOMC(連邦公開市場委員会)での利下げ決定後も、米長期金利は大幅上昇したため、9月の利下げサイクル入り以降、1%近く上昇している。政策金利と長期金利の動きが正反対となっている背景を解説し、今後の米金融政策とドル円相場の行方を解説する。
1.米長期金利が底打ちした背景
9月FOMCで0.5%の大幅利下げを決定した後、米長期金利が3.60%で底打ちした理由は、FOMC後の記者会見で、パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長が米経済は堅調であると発言したことで、米国経済後退懸念が遠のいたことが大きい。今月の利下げ後に長期金利が続伸した背景は、来年のFRBの利下げ回数が4回から2回に予想以上に減少したことで、実質的に利下げ打ち止め感が広がったことが挙げられる。
2.利下げ回数が減少した背景
今回、FOMCメンバーの来年の利下げ回数が減少した理由は、11月の米大統領選挙でトランプ候補が圧勝したことで、来年の米経済が予想以上に上振れするリスクが勘案された可能性がある。同時に発表された来年の経済見通しでも、インフレ率が現在の2.4%より高い2.5%と9月時の2.2%から上方改定されたことにも、その影響が見てとれる。
3.米長期金利低下が米経済を押し上げる好循環
9月の利下げ以前の政策金利が5.5%に据え置かれている間にも、長期金利が3.6%まで急低下し、長短逆イールドが進んだことで、長期金利との連動性の高い住宅販売や自動車販売が下支えされたことが、今年の米経済を下支えする効果を持った。
4.パウエル議長が大幅利下げに踏み切った理由
9月の利下げ幅は、市場予想を上回ったが、パウエル議長が主導したことが明らかになっている。この背景は、パウエル議長が、米大統領選挙でのトランプ候補優勢を踏まえて、来年以降のトランプ減税や関税引き上げが米経済のインフレ押上げ要因となり、将来の経済リスクが景気後退ではなく、インフレ再燃と判断したことが考えられる。即ち、インフレ率底打ちとともに、経済成長率が上振れた場合、利上げを迫られることを想定し、利上げの余地を広げておく目論見があったと考えると、好調な景気動向にもかかわらず、現在までの3会合連続で1%利下げしたこととの整合性がとれる。今月の記者会見で、パウエル議長が今後の利下げの余地が限られると発言したことも、これ以上の金融緩和の余地が少なくなっている証左である。
5.ハト派に逆戻りした植田日銀
植田日本銀行(日銀)総裁は、今月の記者会見において、今後の利上げを急がないハト派的姿勢を滲ませた。7月まで政財界から円安阻止のため利上げ圧力を強く受け、利上げしたために日経平均株価の暴落を招いたことで、経済実態を反映しない利上げが市場の強い反発を招いた教訓から、国内の需要不足が解消されるまで、粘り強く緩和的な金融環境を維持するスタンスに回帰した可能性がある。よって次の利上げは春闘の状況が明らかに来年3月以降になるとの見方が台頭している。
6.タカ派のパウエル議長・ハト派の植田総裁
今年政策金利を引き下げたことでハト派を演出したパウエル議長が、来年はタカ派に変身する一方、今年利上げを重ねタカ派を演じた植田総裁は、来年は利上げを見送るハト派に転じることで、両者はところを入れ替える可能性がある。その結果、大幅円安が進行する可能性があるが、トランプ減税によるドル高は、世界的な現象となる公算が大きく、インフレ再燃を抑える観点から、ドル高が米国の国益にかなうことで米国に容認される可能性がある。
7.ドル売り円買い介入に否定的なベッセント次期財務長官
ベッセント氏は、米国の財政赤字拡大による長期金利の上昇が、米ドルの信認を弱める事態を恐れており、日本の財務省がドル売り介入のために米国債を売却することに反対する可能性がある。イエレン現財務長官は、変動相場制下での自由な相場決定を重視するスタンスで、事前の協議を為替介入の必要条件に設定していたが、ベッセント氏は、ドル売り介入自体を否定する、より強硬な姿勢を示すことで、日本の円買い介入のハードルが更に上がることが考えられる。
8.来年も続く日本の国際収支赤字
トランプ氏は、既に対米貿易黒字を抱えるEUに対し、米国のエネルギー輸入を増やすことを要求している。一方、日本に対しては、ソフトバンク孫会長に米国への1,000億ドルの投資を約束させた。これは日本企業が来年も対米直接投資を更に増加させる先鞭の役割を担っており、日本の貿易赤字と資本収支赤字は来年も拡大傾向が続くことが考えられる。
9.来年のドル円相場予測
トランプ氏は、パウエルFRB議長を解任することは考えていないと発言し、今までの過激なスタンスを修正している。これは、ベッセント氏に次期FRB議長の人選を任せることにしたとの見方が出ていることが背景にある。これにより、無理な金融緩和をFRBに要求する可能性が遠のく一方、金融のプロを次期FRB議長に任命することで、FRBへの市場の信認が高まることも想定できる。
米国による貿易相手国に対する関税引き上げ要求は、対米貿易黒字削減のための交渉材料に使われる一方で、関税引き上げによる交易条件の悪化を食い止めるために、貿易相手国は自国通貨安誘導に出る公算が大きく、来年は貿易需給・為替政策両面でドル高が指向されることになろう。
日本の財務省による円買い介入の余地が乏しい実態が明らかになるにつれ、円安が加速する可能性には注意が必要だ。
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12月24日執筆 チーフストラテジスト 林 哲久