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為替ヘッジのリーズ・アンド・ラグズ※から見える日本のあるべき金融政策運営

10/4の日経新聞金融面に、本邦輸入企業が1ドル=147円台以下にドル買いオーダーを並べている結果、ドルが下がりにくいとの記事が出ている。なぜ、こうした状況が発生しているか、その背景を追うとともに、あるべき日本の金融政策運営を探った。
(※リーズ・アンド・ラグズ〈Leads&Lags〉とは、輸出入業者が為替変動を見越して決済を意図的に早めたり、遅らせたりする行為)


1.YCC柔軟化の誤認

今年7月、植田新総裁が、YCC柔軟化を発表したことで、本邦輸入企業の多くは、円金利の上昇容認を受け、為替市場では円高が進むと判断、ドル買い予約を遅らせる決断をした。しかし、為替市場では、図表1の通り、その後も一本調子で、円安が進行したため、輸入企業のドル買いヘッジは大幅に遅れて今日に至っている。
一方、輸出企業は、今期の社内レートが、130円台と大幅に円高に設定しており、かつ、ドル売りヘッジを行うと、日米金利差拡大により、6ヵ月の先物予約のヘッジコストが4円50銭かかることから、極力、輸出予約を見送り、決済直前の直物予約でドル売りを行うことが増加している。

(図表1 ドル円短期チャート 右軸:単位 円 Trading Viewからの引用)

2.為替ヘッジのリーズ・アンド・ラグズの状況

上記状況に加え、足元の財務省による口先介入により、円高転換への期待が増幅された結果、輸入企業のドル買いヘッジは、更に遅れることとなった。10/3に介入と思しき円急騰局面が見られたが、147円台をつけた後、急激にドル円相場が149円台まで反騰した理由のひとつに、輸入企業による分厚いドル買いオーダーが存在していた可能性がある。
このように財務省が円買い介入をちらつかせればちらつかせるほど、輸入企業のドル買いヘッジが遅れがちになり、日米金利差が拡大すればするほど、輸出企業のドル売りヘッジが遠のくことが予測される。
こうした輸入企業のドル買い遅れと輸出企業のドル売り先延ばしにより、為替市場ではドル需給に大幅なリーズ・アンド・ラグズが生じており、この需給の歪みが円安を長期化させる要因のひとつとなっている。

3.財務省、日銀の責務

日銀の主たる責務は、物価の安定であって、為替市場の安定ではない。日銀が、デフレからの脱却のために大規模金融緩和を継続した結果、円安が進行しても、それは、財務省の所管事項であることから、時に財務省が為替介入を実施することで、行き過ぎた為替変動を回避する役割を担う。
しかし、昨今のG7の中で、平時において為替介入を実施しているのは日本だけであって、主要欧米諸国が為替介入を実施したことは今世紀に入ってからは一度もない。G7諸国では変動相場制をとっており、為替市場の著しい変動が発生しない限り、為替介入を実施しないことがコンセンサスになっていることから、日本の財務省の対応が遅れがちになるのは、このような事情が背景にある。

4.米国の為替政策

現在、米国経済は、堅調な雇用動向を背景に、国内のインフレ懸念が強いため、ドル高地合いはインフレ抑制の観点から望ましいとのスタンスをとっており、日本の円買い介入とは相いれない関係にある。しかし、今後、インフレが鎮静化し、国内景気が悪化に向かえば、景気てこ入れの観点から、利下げ及びドル安容認に舵を切る可能性はある。
そうなると、日本の財務省としては、行き過ぎた円高が国内経済のデフレ要因となることで、円高阻止に留意するようになり、常に、為替動向に関する国益は背反するというのが実情である。
米国財務省としては、為替の円安を抑制したいなら、金利を上げればよいと日本に伝えているはずで、金利は上げたくないけれども、円安は困るという日本の主張は受け入れないスタンスと思われる。

5.今後の日本の採るべき方向性

日本の実質金利のマイナス幅が4%に達する状況は異常であり、これで円安が止まらないのは当然である。金融政策の正常化が遅れ、インフレ高進が止まらなくなってから急激な利上げを迫られるようであれば、国内経済の混乱は避けられないことから、行き過ぎた金融緩和政策からの脱却が一日も早く望まれる今日この頃である。

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20231005執筆 チーフストラテジスト 林 哲久


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