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EUを攻撃するトランプ次期政権!
米大統領選挙に勝利して以降、トランプ次期大統領によるEU攻撃が激しさを増している。理由としては、対米貿易黒字が大きいことに加え、NATOの軍事費負担比率が米国より低いことが挙げられるが、それ以外にも、自国第一主義とはそりの合わないEUの存在自体への嫌悪が背景にあると思われる。トランプ政策から、通貨ユーロの今後を読み解く。
1.EUに貿易黒字削減策を要求するトランプ氏
トランプ氏は先月、EUに対し、対米貿易黒字を削減するために、米国の石油・ガスの輸入を増やすべきで、増やさなければ関税を課すと発言している。欧州は、ロシア制裁発動以降、ロシアからエネルギー輸入を段階的に削減し、米国からの輸入を増やすことで、欧州のロシアへのエネルギー依存から脱却を図っている。これは米国のエネルギー安全保障政策と合致しており、十分な成果を上げていると考えられていただけに、今回のトランプ発言に驚きが広がっている。
2.NATOの軍事費負担増を求めるトランプ氏
EU諸国は、ロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシアへの対抗能力を高めるために、防衛費を段階的に増加させ、対GDP比2%まで増加させてきている。更にNATO脱退の可能性をちらつかせるトランプ政権の誕生を控えて、国防費をGDP比3%まで引き上げることで、米国依存からの脱却検討に入っているが、トランプ氏は、1/7の記者会見において、「2%ではなく5%にすべきだ」と述べ、更に要求のハードルを引き上げている。
3.グリーンランドの領有を目指すトランプ氏
トランプ氏は先月、デンマークの自治領グリーンランドについて、「安全保障と世界の自由のために、アメリカにはグリーンランドの所有権と管理権が絶対に必要だと考えている」と発言し、デンマークが拒否すれば関税を課す方針を示している。更にトランプ氏は、上記1/7の記者会見において、領有のために軍事的・経済的圧力の行使も排除しない考えを示している。
4.ドイツの極右政権への支持を表明するイーロン・マスク氏
トランプ政権で政府効率化省を率いることになる実業家のイーロン・マスク氏が、2月に総選挙を控えるドイツに向けて、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への投票を呼びかけ波紋を広げている。世論調査で支持率2位のAfDが更に勢いづき、米大統領選挙を覆った分断の火種が、欧州に持ち込まれた形となっている。マスク氏は、AfDが掲げる規制緩和・反移民・原発再稼働を評価し、政治的現実主義と評価している。
マスク氏は、ドイツ以外にも、イタリアの極右政党「イタリアの同胞」党首のメロー二首相とも密接な関係を構築した上で、今後欧州域内の極右政党へ巨額献金を行うとの見方が強まっている。
5.揺らぐEU理念―EU中核国フランス・マクロン大統領の苦悩
昨年のフランスの総選挙において、マリーヌ・ルペン氏が率いる「極右政党・国民連合(RN)」の躍進を許し、少数与党に転落したマクロン大統領は、ウクライナ支援や移民受け入れなどの国際協調に指導力を発揮できる立場ではなくなっている。EU中核国フランスでは、年金改革などの予算案が、極右政党などの反対に合い、内閣総辞職により首相が2度交代するなど、国内政治の混迷状態から抜け出せずにいる。これに米国によるNATO脱退圧力やEU分断工作が加わったことで、EUの存立が危ぶまれる事態に陥らないか懸念される状況になっている。
6.今後のユーロ相場の行方
中国の景気鈍化やロシアからのエネルギー供給遮断の影響もあり、欧州経済は、内憂外患の閉塞状態に陥っている。そのため今年も景気テコ入れの観点から、利下げ継続が予想される上、米国による関税圧力を緩和するために通貨ユーロの安値誘導を行う必要があり、ユーロが対ドルでパリティー(等価)割れまで下落するとの見方が強まっている。
加えて、フランスの財政悪化を受けて、信用格付けの引き下げ観測も高まっており、政治・経済両面で八方塞がりの欧州中核国の苦悩が当面続くことになる。ユーロのパリティー割れが、ユーロの存立自体を危うくする象徴的な出来事とならないか、懸念される。
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2025年1月9日執筆 チーフストラテジスト 林 哲久