「自分たちのやりたいことを誠実にやっていたら、また素晴らしい時期がやってくると信じている」Sworn Enemy(Vo.Sal LoCoco)Deep Cutz Fanzine 和訳インタビュー後編
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では後編もお楽しみください!!
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和訳:Hayato(PMA ENGLISH LAB)
資料提供・協力:CE$(Music Director / DJ / she luv it)
編集・校正:Erolin
ーDeep Cutz Fanzine
あの頃(EPをリリースした2003年頃)を振り返って、完璧な流れ、タイミング、場所でリリースをしたからあれほどの売上になったと思いますか?
ーSal LoCoco
とても良いタイミングにいたと思う。ただ個人的には、90年代にHatebreed, Fury of Five, All Out Warが出たときみたいな流れを作ることが出来たらもっと最高だった。確かにSworn Enemyは素晴らしいキャリアを積ませてもらったし、色んな場所で色んな人と出会えたことに文句はないけれど、ただもう少し早く世に出れていたら良かったのに、とは思うかな。
ーDeep Cutz Fanzine
"Negative Outlook"epの好調なセールスを嗅ぎつけて、他のレーベルからも声を掛けられたりしましたか?
ーSal LoCoco
そんなことはなかったよ。JameyとStillbornだけが常に俺たちに目をかけてくれて、JameyがNo Nameってマネージメントを紹介してくれて広がってツアーも出来たんだ。初の全米ツアーはDRIとまわって、そのあと大規模なツアーを2001年にPoison The Wellとまわった。それもJameyがPoison The Wellに口を聞いてくれて、Hatebreedが彼らをツアーに連れて行く代わりに、彼らのツアーに俺たちを突っ込んでくれたんだ。最高なツアーだった。
Queensのキッズ出身でNYHC以外は無知だったから、Poison The Wellのこともそれまで知らなかったんだ。それでPoison The Well, Unearth, Spark Lights The Frictionとのパッケージツアーが始まってからは毎晩1000人キャパの箱がソールドアウトだった。特にPoison The Wellのライブはシンガロングと客の熱気も最高だったね。
ーDeep Cutz Fanzine
それからElectra recordsと契約をしますね。制作面で何かレーベルからの要望などは言われましたか?
ーSal LoCoco
いや、全く何も言われなかった。全部俺たちに任せてくれたよ。というよりも、俺たちの扱い方を分かっていなかったのかもな。俺たちは特異な存在だった。ElectraはMotley CrueやPanteraが在籍していて、既に商業的に成功していたから、名無しの新人バンドの俺たちみたいなサウンドをどう扱ったらいいかわからなかったんだと思う。この頃はNu-Metal全盛期でKornやLimpBizkitが席巻していて、ツアーを回っていてもその類のバンドで溢れかえっていたよ。
ーDeep Cutz Fanzine
アルバム「As Real As It Gets」制作時に"シングル"をリリースしないといけないプレッシャーなどはありましたか?
ーSal LoCoco
俺たちはそれとは無縁だった。俺たちは自分たちの好きなものを作った。一度マネージメント側に"Sworn Enemy"の一部の歌詞を代えろと言われたけど、それでも代えなかったしね。
ーDeep Cutz Fanzine
これまで過去に取材した人たちは、Castle Heightsバンドの多くは音源を自主制作すると話していましたが、Sworn EnemyはElectraと契約をして真逆なように思います。
ーSal LoCoco
各々のバンドにそれぞれのやり方があるだろ、俺たちはハングリーだったんだ。ツアーに出たかったし、ライブがやりたかった。仕事なんてファックだ、バンドでどうにか生活してやるってね。他のバンドのことは知らないが、そこまでハングリーじゃなかったということだろう。
ーDeep Cutz Fanzine
2003年に「As Real As It Gets」が発売される前にCastle Heightsは閉店してしまいました。最後の頃はCastle Heightsでプレイしていましたか?またその当時の気持ちを教えてください。
ーSal LoCoco
俺たちは2001年頃から2009年頃までノンストップでツアーをしていた。家にもほぼ帰っていなかった頃の話だったし、閉店はとても悲しかったよ。ただライブをするだけの場所じゃなくて、JohnやKevinなどと何もなくても遊んでた場所だから。ライブがない日もバーに行って飲んでたし、カラオケナイトとかにも遊びに行った。あそこに行けば友人がいた。閉店して自分の一部が空っぽになった気分だったよ。
ーDeep Cutz Fanzine
2003年にオズフェストに参加されますね。他のラインナップのことや当時の気持ちを教えてください。
ーSal LoCoco
過去最高のツアー、ロックンロールブートキャンプさ。メインステージは、Disturbed, Korn, Marilyn Mansonとかで、俺たちのステージはCradle of Filth, Voivodなど。俺たちが嬉しかったのはKillswitch Engage, Chimaira, E Town Concrete, Shadows Fallくらいさ。このバンドたちでずっと連んでいた。
ーDeep Cutz Fanzine
Castle Heightsで共演していたバンドをNY外に一緒にツアーに連れて行こうという気持ちはありましたか?
ーSal LoCoco
それは不可能だったんだ。俺たちは大体サポートバンドとしてツアーに同行していく側だったからさ。いつか実現させたかったけど無理だった。ただどれだけのバンドがちゃんと全米ツアーに1ヶ月連チャンでライブをしたかったかは謎だけどね。
ーDeep Cutz Fanzine
1stと2ndの間でレーベルを移籍してAbacus Recordings(※当時のCentury Mediaの傘下レーベル的な立ち位置、現在は廃止)になりますね。それにはどういった理由が?
ーSal LoCoco
単純にHatebreedのセールス程に売上があげられなかったからElectraから落とされたんだ。レーベルに対して妬みや嫉みはないよ。俺たちだけの力では無理だったことを沢山サポートしてもらえたからね。
経緯としては何のフェスかは忘れたけれど、ヨーロッパのフェスでCentury MediaのRobertがレーベルに誘ってくれたのがAbacusに入るキッカケになったんだ。当時は誰も俺たちと関係を持ちたがらなかった。何かしらのStigma(汚名)でもあるかのように、まるで俺たちが犯罪者集団かのように皆んなが避けていたように感じるよ。
ーDeep Cutz Fanzine
といっても、当時はヨーロッパでも人気が出始めてましたよね?
ーSal LoCoco
あぁ、そうなんだ。2003年の初めてのヨーロッパツアーは皆んなが俺たちを待ち望んでいたよ。 Suicidal Tendencies, Ignite, Madball, Death By Stereo, Length Of Time, Knuckledustでのツアーだった。他のバンドももちろん最高だったけど、俺たちは毎晩マジで最高だったぜ。
ーDeep Cutz Fanzine
ツアーの映像を観ましたが、まるであなたたちがヘッドラインのツアーみたいな観客のリアクションでしたね。
ーSal LoCoco
だろ!ロンドンのやつか?ライブ中は常にピットが5つはあったし終演後に皆んなに囲まれて、俺たちがベストアクトだったって言われたよ。初のツアーとしては大成功だったさ。
ーDeep Cutz Fanzine
2ndアルバム「The Beginning Of The End」でサウンド面で変えるなどのイメージはありましたか?
ーSal LoCoco
ないね、ただやって来たことをそのままやるだけさ。このアルバムではよりハードにヘビーにビートダウンも増やしたと思う。完成したアルバムを聴いて、コレはネクストレベルに連れていってくれる作品だと確信したんだけれど、それをセルアウト呼ばわりされてビックリしたよ。Motley Crueみたいなサウンドになっているとしたら理解できるけど、よりヘビーにハードになったのにって。その当時は理解に苦しんだよ。
ーDeep Cutz Fanzine
ちょうど2ndアルバムをリリースされた2000年代中盤に、大きなメタルコアムーブメントが起きました。それについてどう思っていましたか?その類のバンドと当時よくツアーも回っていましたね。
ーSal LoCoco
正直に言えば、俺個人の好みではなかったね。ハードコアもメタルも好きだけれど、俺たちとスタイルが全然違ったからね。シーンの流れがあったからそういったバンドともよくツアーに回っていたけれど。ほとんどのメタルコアといわれているバンドは本当に短命で、出てきては消えての繰り返しだったな。
ーDeep Cutz Fanzine
Sworn Enemy の様なQueensのストリート出身のバンドと、スキニーを履いている郊外出身のメタルコアバンドの共演はカルチャーショックを感じましたね。
ーSal LoCoco
そうなんだ、俺たちはストリートやスクワット住まいのバンドのライブを見に行きながら、親が裕福な家庭のバンドと一緒にプレイするという時代にいたんだ。ただこの二つも、時代も比較できるものではない。ハードコアは音楽でありながら生き方の一つ。ハードコアは貧しい境遇出身のストリートで、無一文の中育ったものだからね。
ーDeep Cutz Fanzine
Agnostic FrontやCro-Magsだね。
ーSal LoCoco
その通りだ。俺達は80〜90年代にNYで彼らがとんでもないライブをしている凄い時代を目撃してきた。それから時代は移りハードコアバンドがスキニーを履く時代に突入した。カルチャーショックを受けたのを覚えているよ。
ーDeep Cutz Fanzine
話を現代に戻します。Sworn Enemyは2023年の4月にPain Of TruthとWorst Doubtとヨーロッパツアーに出ますね。このブッキングは自分たちでしたのですか?
ーSal LoCoco
いや、エージェントの勧めだよ。Billy Club Sandwichが元々Pain Of Truthの初ライブに出る予定だったのが無理になって、俺たちが代打で出る事になったっていう流れもあって。Pain Of Truthはいまやビッグバンドだから光栄だよ。
ーDeep Cutz Fanzine
Pain Of Truthは初期のSworn Enemy の音を連想させるからとても良いブッキングですね。
ーSal LoCoco
同感だね。ボーカルのMikeがステージで俺たちが昔から好きなバンドのT-shirtを着ていたりするしね。
ーDeep Cutz Fanzine
若い層のPain Of Truthのファンが結果的にSworn Enemyも観ることができて、ハードコアの繋がりと再生を感じられるとても良いブッキングですね。
ーSal LoCoco
そうだと良いね。Mikeにはツアー中盤からは俺たちが先に演って、Pain Of Truthにヘッドラインを務めてもらうかもって言っているよ(笑)キッズが俺たちで喜んでくれることを願っている。俺たちは自分たちのやりたいことを誠実にやっていたら、また素晴らしい時期がやってくると信じている。やり続けていたら各地でソールドアウトもしてきて、実際にまた良い兆候が出てきているし。いつか俺たちみたいなサウンドの若いバンドが現れて、俺たちをツアーに連れて行ってくれるのを願っているよ!
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