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―ヒップホップやハウスもストリートの音楽だと思ってるけど、俺はやっぱりハードコアが好き― LIFESTYLE『My Life Is My Life』インタビュー

多種多様な音楽が巷に溢れすぎている2024年、ここ日本でも「過激な音楽」といえばヒップホップを挙げる人も少なくないだろう。
以前はロック・メタル・パンク・ハードコアなどが「過激な音楽」の代名詞だったように思うが、時の移ろいとは中々に恐ろしいもの。
主要な音楽フェスでは未だに90~00年代からの有名バンドが最上段に名前を連ねたりもしているものの、いま誰しも納得するような勢いのバンドがいるかどうかと言われると、答えは正直難しい。

オーセンティックなバンドサウンドは既に過去のものになったのか?果たして「過激な音楽」の覇権は変わってしまったのか?
そういった有るのか無いのか分からぬ議論をよそに、名古屋のヒップホップレーベル〈RC SLUM〉より、鹿児島のハードコアバンド『LIFESTYLE』の新しいEPがリリースされるという話が耳に飛び込んできた。
ヒップホップのレーベルからハードコアのバンドの新譜が出る、これを特異と見なすか、必然と見なすか。
このインタビューを読み終わる頃には、あなたの印象は少しだけ変わっているかもしれない。

Artwork by ATOSONE

▼EP Streaming

ハードコアといってもその起源からは約40年ほどの時間が経ち、音も見た目も、アティチュードでさえも様々に幅広く変化してきた(これはヒップホップなど他のジャンルでも同様のことだろう)。
それは日本でも例外ではなく、海の向こうで産声を上げたこの耳に優しくない音楽が輸入されて以来、別の文化圏ならではの独自な解釈や時代性/地域性などにおいて都度のこと変化してきており、その変遷はとてもユニークなものである。
ここで語られている内容も、LIFESTYLEがEast Coast~NYハードコア経由のバンドであることも踏まえて、物語のほんのごく一部。それでも歴史はとても奇天烈で、とても分厚い。

そろそろ、ハードコアの話もしてみよう。

・Interview
YOHEY(LIFESTYLE, It's All Good, P.YAYO)
・Interviewer
CE$(DJ / 音楽ディレクター)
ATOSONE(RC SLUM Recordings, COMMA VIOLETA, Gallery&bar COMMON
・編集/校正
Erolin(Burning Sign / Nodaysoff / SMDcrew / Back Yard Zine & Records)

※この記事は昨年Qeticに掲載されたインタビューの原文に近い内容になります。同じく昨年リリースされたLIFESTYLEの『My Life Is My Life』が各種ストリーミングにて公開されたタイミングにあわせて、あらためて編集/校正した上で≠完全版として公開しました(少し情報の古い部分などもあるかと思いますが、ご了承ください)。
ハードコアの深掘りした話や話し手3名の実体験に伴う各街の話など、インタビューの主旨から良い意味で逸れた話題も、ほぼそのまま載せているので是非楽しんでいただけたら幸いです。


■山から降りてきたリー・ペリーのダブ


CE$(以下、C)
:まずはアルバムの話からしていきましょうか。気になったリー・ペリーのダブ、あれはどういう経緯で?

YOHEY(以下、Y):れは元々10数年前に、レゲエのサウンドやってる友だちがダブを録るって言って。
そこで俺らも録りたいってノリで始まったのよね。そこでリスト見せてもらったらリー・ペリーがいて。

Lee "Scratch" Perry

C:あれはジャマイカで録ってる音源なんですね。

Y:いや、その時はリー・ペリーはスイスにいて。でも半年くらい連絡が返ってこなくて、その時はあぁヤラれたかもねって話してたんだけど、ようやくスイスの山奥から降りてきたと。

C:山から(笑)

Y:そう、山から(笑)それで少し話は逸れるけど、俺らのVo.カネキはレゲエのセレクターとかもやってるんだけど、めちゃくちゃ詳しくて。
あいつが鹿児島タワレコのバイヤーやってるときはメチャクチャ品揃え良かったっていうくらい。

C:コレクターみたいな感じなんですか?

Y:そうだね、コレクターって感じかな。そういうところもあってリー・ペリーでお願いしようとなった感じかな。
でもバックのオケも付けて最初は送ってきたのよね。それが恐らくジャマイカの古いバンドの演奏で、これはちょっと違うなとメンバーでも話して。

C:こっちで打ち込み直したんですか?

Y:アカペラだけ使うことにして、曲はLIFESTYLEのメンバーに全然違うオケを作ってもらって。

C:あれはじゃあバックの演奏もLIFESTYLEではなく?

Y:そう、あれは打ち込みだね。そのアツシって奴(※新メンバーとして加入)と、俺で一緒に作った。

C:あれ、リー・ペリーは何て言ってるんですか?

Y:最初は「Big Up Lifestyle!」って言ってる。それで「BTO Production」って俺らがやってるプロダクションがあって、次に「South Japan Rebels」だね。
「South~」っていうのはユースケくん(福岡/StarterEvolnatas
SQUASH)とか、九州の昔からいるハードコアのクルーってわけじゃないけど、そういう括りの名前。あんまり最近はその名前も使ってないけどね。

C:なるほど、そういうレペゼンの部分を言ってもらったってことですね。

Y:そうそう、これは言ってほしいっていうのを伝えて、返ってきたのが音源の感じだったね。


■90年代のEast Coast Hardcore愛


C
:最初の曲は速いパートから途中でグルーヴィーに落とす展開のやつですね。全体を通して90年代の東海岸の・・・割とオーセンティックな世代のハードコアへの愛を感じました。
一曲目の特に後半はリフやグルーヴ、ボーカルの方の歌いまわしとかLeewayっぽさを感じたりして。曲の作り方はどんな感じなんですか?

Y:基本は家で俺がギターで。そこでドラムもある程度まで作ってしまう。それをスタジオ練習の時に持っていってメンバーに伝えて、という流れ。
まぁでも俺たちもバンド長いから、その辺りも意思疎通が出来てて。

C:作曲の時はDAWとか?

Y:いやいや、ガーっと弾いて自分で覚えておいて。あとはそれを口頭で伝えて、スタジオで詰めていく。

C:歌詞はボーカルの方ですよね、内容やテーマは共有しますか?

Y:そう、歌詞はボーカル。内容はメンバーで共有もするけど、ある程度はボーカルに任せてるかな。歌詞を作ってきたら見せてもらって、それをメンバーでまた少し話し合ったりとか。
曲を作るとき、最初にテーマを伝えることもあるけど、基本はボーカルに任せてる部分が大きいかな。

C:リリックは歌詞カードに載せてます?

Y:載せてる。1stアルバムは日本語も多かったけど、今回のは全部英語で。

ATOSONE(以下、A):俺はLIFESTYLEとBLOODSHOT(岐阜)のスプリットのとき、ジュンくん(BLOODSHOT:Vo.)に4日間くらい寝ずにずっとリリックの説明されて。

2way Split
”The Choices”

C:すごいな。

A:もう寝ようって。お前のリリックはよく分かったからって。

C:全体を通して90年代のEast Coast Hardcoreを感じる曲が多くて。さっきもLeewayの名前が出ましたけど。

Y:やっぱりあの辺りのバンドが一番好き。でも勿論、他の土地のものも聴いてたけど。

C:その一つ前のクロスオーバースラッシュ?的なところとか。

A:基本的にギターが前に出てくるしうるさいんだよ。

C:良くも悪くも全部載せ、みたいなバンドも多い昨今です。でも引き算というか・・・特にハードコアやパンクでも、シンプルなことをやる人たちが減っている気がしていて。

Y:曲にしても、構成にしても、っていうね。

C:色んな過激な音楽が世の中に出回ってる時代に、例えばMinor Threatとかをいきなり若い子が聴いたらショボくも聞こえるだろうし。
SlipknotやKOЯNみたいな、あの頃のモダンヘヴィネス的な音楽は今の若い子たちも好きな人が多いですけどね。

Y:あぁ、Slipknotみたいなバンドは確かに増えてるかも。

C:そういう世代とはまた全然違う作品になってますよね。


■feat. YUKSTA-ILL


C
:今回はフィーチャリングが一曲入ってます、YUKSTA-ILL(1982S, SLUM RC, TYRANT, WAVELENGTH PLANT)。あれはどういう経緯だったんでしょうか?

Y:その曲に関しては実は6年以上も前に作っていた曲で。ちょっとトラップとかが流行っていた時期で、トラップコアみたいなのを作りたかったのよね。

C:トラップコアやばいすね(笑)

YUKSTA-ILL

Y:Aメロ作って、ラッパー入れたいと思ったのよね。そしたらちょうど曲が煮詰まってきた頃にユークが鹿児島にライブで来てて。
ユークはRC SLUMの中でもTYRANTの時代から知ってて、何回も遊んで仲も良かったしすごい好きなラッパーだったから。タイミングもバッチリだったし、もうそこで録ろうかと。

C:あの曲のイントロはソウルのサンプリングですか?

Y:うん、たまたま見つけたメッチャ古いジャマイカンソウルの7インチで。ラベルに「AFRO」って書いてて、それがカッコ良いんだよね。試聴したらイイ感じだった、昔に買ったやつ。

C:ヨウヘイくんもレコードとか結構集めてます?

Y:まぁちょこちょこ。DJってほどじゃないけどね。

C:鹿児島ってレコード屋さんは結構あるんですか?

Y:何軒かあるけど中古レコード屋ばかりで。ちゃんとセレクトされたレコード屋ってのはないかな・・・フレンチポップとか強い感じのお店が一軒くらい。

C:九州は中古レコードが強いイメージありますけどね。福岡は勿論ですけど、熊本とかもジャズカルチャーが凄くあって。
自分が行った時も、逆にダンスミュージックやヒップホップが少なくて、独特な感じのジャズやレゲエの中古レコードが沢山あったりして。

A:福岡はむっちゃレコ屋ある。そんで、良いレコードにはちゃんと値段ついてる。安くない。


■1999~2004年のアメリカ


C
:話を少し戻して。今回の曲数はリー・ペリーのダブをあわせて5曲ですよね。これを名古屋のRC SLUMからリリースすることになった経緯は?

Y:まず一番にあったのは、色んなことを共有できるっていうところかな。
今までずっと自主で出してて。今回初めてレーベルから出したいっていうのもあって。

A:カズキくん(Juke Boxxx Record)のところは?

Y:あれは昔にコンピに入っただけだったからね、みんなカバー曲のやつ。Green Peace。俺らはBreakdownカマしてたやつ。

A:BLOODSHOTとのスプリットは?

Y:あれは自主だね。でもカズキくんはいつも手伝ってくれてた。

C:アメリカにいたのは?メンバーでヨウヘイくんだけですか?

Y:うん、俺だけ。俺が帰ってきてから(LIFESTYLEは)組んだ感じだね。日本のハードコアシーンのことも全く知らず。色々と話には聞いていたけど。

C:あ、帰ってきてからバンド組んだんですね。アメリカは何年から何年くらいまで行ってたんですか?

Y:1999年の初めから、2004年の終わりくらい。

C:最初の行くキッカケは何だったんですか?

Y:最初は英語の学校だね。

C:学校はちゃんと行ってたんですか?

Y:最初の3ヶ月とかかな。その後は学校には行かなくてもいい、でもアメリカにはいたい、って感じで。
その後は年20万くらい払えばビザも出してくれたし。でもちょうど911があって。そこから摘発が厳しくなって、見つかったら強制退去。
危ないな、ってことで学校も辞めちゃって。でも何となくノリもわかったし、まぁいけるかって感じでそこからXXXXだったね。

C:街はどこにいたんですか?

Y:ずっとボストン。NYも行きたかったんだけどね。途中で絶対引っ越そうと思ってたんだけど、まぁ住めば都で。そのボストンでバンドも始めちゃって。
NYは近いからちょくちょくライブや遊びにも行けるし。そこでCE$とも初めて会ってる可能性があるもんね。20歳か21歳とか。Castle Heightsで。

C:自分も当時やっていたバンドで行っていて。911の2ヶ月後でしたね。

Y:911の時はコンピも出まくってたよね。

C:特にNYのバンドはユニティー感を大事にする人たちも多かったですからね。

A:EGH(Everybody Gets Hurt)とか日本に来てたもんね。

C:そうそう。いわゆるNYハードコアでもMadballなどのバンド以降の世代のバンド・・・中でもEGHやIrateBilly Club Sandwichは来日もしましたし。

A:俺、ビリークラブは名古屋のフライヤー作ったもん。ボーカルの顔とドラえもんのジャイアンの身体を入れ替えて。

C:さっきも話していた新しい世代のNYハードコア・・・クイーンズとかブロンクス、少し違うエリアのEast Coastや郊外のバンドもよく聴かれていた感じだったんですよね。
ヨウヘイくんのいたボストンはどういうシーンでしたか?

Y:その頃は・・・初めにボストンに来たときはレコード屋を探して。フライヤーとかを頼りに。ちょうど地元だとBlood For BloodがVictory Recordsから2ndアルバムを出した直後だったかな。
あとボストンのすぐ下、コネチカットのDeath Threat。みんなめちゃくちゃライブやってた。ボストンならIn My EyesTen Yard Fightとかも勢いあった。

C:クラシックな面々ですね。

Y:当時はBlood For Bloodの勢いが凄かったな。一番喰らったかも。

A:いや絶対そうだよね。あとボストンハードコアのビデオテープが出回らんかった?公民館みたいなところでライブしてて、注意しに来たジジイを殴ったりするやつ。

C:あったね、「Boston Beatdown」ね。めちゃくちゃ喧嘩するビデオ。

Y:俺が最初行った頃はFSU Crewのイメージ。そのトップバンドがBlood For Bloodで。まだスキンズ色が強かった時で、FSUのOGとかもいたし。
人もメチャクチャ入ってて。あとはHatebreedとかもいたし、とにかくVictory Recordsが凄かった。

名物のブルドッグロゴ

■ボストン、ハードコアのピーク、モッシュのスタイル


C
:ボストンのライブにはよく行ってたんですか?

Y:しょっちゅう行ってた。みんなツアーとかでまわってきてたしね。それこそCandiriaが2枚目出した時とかも。

C:NYのバンドとかも結構来てました?

Y:そうだね。それでいうと、ちょうど俺はDMS Crewとかの90年代のNYハードコアにハマった世代。でも俺がアメリカに行った時は、そういう世代のバンドが一旦下火になってる時期で。
ギリギリMadballがLook My Wayの頃にツアーに来たくらい。またそこからあまりやらなくなっちゃって。

C:ロードランナーから出してた時ですね。

Y:そうそう。その頃のNYハードコアでいうと、MerauderSubzeroとかもやってなかったし。

C:確かにDMS周辺はみんな止まってた時期かもしれないですね。

Y:DMSなら他にはギリギリSkarheadがやってたかな。でも一つ後の世代のVictory系がやっぱり活発で。バッファローだったけどBuried Aliveとかも好きだったな。

C:Death Before Dishonorとかはどうでした?ボストンですよね?

Y:あいつらは同世代で、俺が向こうでやってたバンドでは一緒にショートツアーやったりとかしたよ。

C:ボストンはBlood For Bloodもそうでしたけど、スキンズやOiパンクの色が強い印象があります。

Y:ん~と、その前になるとSlapshotかな・・・DYSとかその辺りになると80年代だもんね。

C:NYとは違うガラ悪さがありますよね。言い方はアレですけど、単にケンカ強そうみたいな。

A:いま話してるのはBad Luck 13(Riot Extravaganza)とかの後なんだよな。俺の聞いた時系列でいうと。

C:ド真ん中のNYハードコアがメジャーレーベルまでいくぐらい確立されて、俺たちみたいなヘッズはNY以外の、一風変わった郊外のバンドを求めるノリでしたね。
さっき話に出たBad Luck 13もフィラデルフィアだし、ボストンやコネチカット、デトロイトやボルティモアにペンシルバニアとか。そういうのをババっとディグり出した時期で。

Y:NYでもUp Stateの方。トロイとか。

C:謎にデスメタル色が強いっていう。東海岸のメタリックなハードコアはあの時期にある意味確立された感じありましたね。

A:Stigmataとかヤバかったよね。死ねると思ったもん。ドラムがヤバすぎる。

Y:ソウタ(ATOSONE)はアレだもんね、Mercy(WDsounds / Payback Boys)と初めて会った時かな?今里さん(Struggle For Pride)とかも囲みながら、一番どのハードコアバンドが好きなの?みたいな会話で「俺はStigmataのドラム聴いた時に、これ以上ないって思った!」って言ってたもんね。みんな、ウン・・・みたいな感じやったけど(笑)

C:あの時代がハードコアっていうジャンルで何度目かのピークだったような気もします。メジャーといったものとの距離感も含めて。

A:ムーブメントとしては、理解されないはずの音楽が急に理解されだして商業的になっていった、っていう面もあるんじゃない。

C:まぁメタルも同じようなこと言えそうですね、スラッシュメタルとか。パンクもそうかな。
ただ東海岸のハードコアに関しては、日本でもある特定の時期のライブハウスとかクラブとか・・・街で遊んでた奴らにとっては聴いてて当たり前だったというか。
それは鹿児島、名古屋、大阪、東京、それこそ各都市で同じような感じだったんじゃないかな。あのムーヴメントは何だったんだろう・・・

A:その少し前にスカやメロコアとかが流行ったっしょ。アレに対するアンチテーゼみたいなのもあったのかなって。

C:そうかもね。もっともっとデスメタリックなものを求めていって、でも服装とかもメタルはちょっと違うなって。East Coastの感じがオシャレに見えたし。

Y:でもメタルの方がマーケティング自体はデカいよね。

A:メタルはオタクがいるからさ。ギターの上手さとかドラムのズレのなさとかに興奮する奴ら。そいつらがアニソンとかに走ったりするよね。
でも名古屋に関してはリュウノスケくんが誰よりも早くずっとNYにいて。ウインドミルの腕まわすモッシュもあの人が名古屋にもってきた。
そこから名古屋ではブチかます系のモッシュが流行ったんだよね。ヒデオ(HIDE052)がやり出した、全員殺すようなスタイル。

C:各街にいるおっかない先輩的な。

A:そうそう。でも大阪にはSxSxSがいて。あの人たちは踊るようなダンサブルなモッシュだった。
名古屋の奴らはそれに対抗するように殴るっていう。踊ってるところにドーン!みたいな。

Y:そこはちょっとボストンとNY的なところがあるかもしれんね。

C:ヒップホップと一緒で地域性は密接に関わってくるっていう。

Y:あのダンサブルなモッシュは初めて観たときビックリしたもん。

C:そういうのがVHSとかの映像で出回ると違いがわかるというか。

A:大阪はダンサブルで、名古屋はブルータルっていう。東京もまた違う。


■街が小さいから、お互いが影響しあう感じもあるし一緒に遊ぶ


C
:ちょっと話を戻して。ヨウヘイくんがアメリカとか色々経験した上で、いまLIFESTYLEをやっていて、こういうバンドでありたい、みたいなところとかあります?活動やスタンスとか。

Y:スタンス的には鹿児島って土地としてやっぱり中心からは離れた場所だし、独立国家というか。良い面も悪い面もあるけど。
街が小さいし他のシーンの人たちと距離は近い。お互いが影響しあう感じもあるね。遊ぶってなったら一緒に遊ぶし。

C:プレイヤーの絶対数が少ないわけですし。一緒にやる方が良いかもですよね。ジャンルで完全に分散してることも多いですし。ハードコア好きな人とヒップホップ好きな人っていう。

Y:ハードコア好きな人でも分かれてるくらいだもんね。

C:各地で若いバンドが出てきてると思うんですけど、90’s~00’sのバンドが好きだったりするんですよ。Second To NoneやDyingraceとか。どこで知るんだろうね。

Y:びっくりするよね詳しくて。こないだも若い子と喋ってて、こっちが知らんバンドとかいたもん(笑)

C:最近は若い人達の頑張りで認知度が高まってる感じもあります。自分たちの世代と比べて、少しジャンルが違う感じの、例えばミクスチャーやメタルコアのバンドも分け隔てなく一緒にやったりするんですよね。当時のごちゃ混ぜ感とはまた違う。

Y:感覚が違うんだろうなーと。

C:悪い話じゃないですからね。

Y:自分たちも最近になって若い子のイベントにも呼んでもらうこと増えて。俺たちを聞いたことない人たちもいるだろうし。それはそれでカマすだけだけどね。


■セルアウトっぽく見えていた音楽も、最近になって聴けるようになってきた


Y
:バンドの音楽的な話をすると、もちろんメンバーは色々な音楽を聴いてるわけだけど。昔聴いてたのをもう一度聴いたりとか。俺はDeftones好きなんだけど。

C:俺も好きですよ。

Y:でもハードコアに傾倒してた時期もあったから、セルアウトっぽく見えて一度興味なくなったりして。それがまた最近になって聴けるようになってきた。
メタルもパンクも、クラブミュージックとかも、もう少し素直になって消化しようと。そういう中で音楽的に出したいものも変わってきてると思う。それも自然なことかなって。

C:年齢を重ねて聴けるものが増えるっていうこともあるじゃないですか。昔に聴けなかったものが聴けるようになるっていう。

Y:だって俺も最初はLeewayダメだったからね。あの歌メロが。

C:わかります、歌い上げ系。

Y:俺はパンクから入ってるから余計にね。

C:僕の世代はそういう入り口がメタルっていう人も多いんですよね。それこそPanteraとか。そしてそこからベタにBiohazardやSick Of It All辺りのメジャーなNYのハードコアバンドをMTVで観て知るっていう。
後はWARPとか読んだらLordz Of Brooklynとかも載ってて、NYハードコアの人なのにラップしてる!服もオシャレだ!みたいな。

A:そこはBeastie Boysからなんじゃないの?大きな流れとしては。そこからLordz Of Brooklynが出てきてっていう。

C:そうだね。音楽のスタイルはもちろん、アートワークやマーチのデザイン、打ち出し方とかも含めて。

A:やっぱBad Brainsがデカい。Beastieの前。

C:あの人たちは元々ワシントンだよね。ライブが荒っぽくて地元で出来なくなって、追い出されてNYに出てきたという。

A:Bad Brainsまでいくと概念。

C:レジェンドに近い。ロックの歴史というか。

Y:まぁ成功したというか。Bad Brains、Minor Threat、Fugazi。そこで今はTurnstileか。

C:確かに今はTurnstileがアメリカで凄い人気で。何度目かわからないけどハードコアリバイバルが起こってる感じ。少しその波が日本にも来てる気がする。

Y:きてるね確実に。

C:とはいえ上の世代のバンドも現役でやっていたりするんで、若い子たちの勢いとどう混ざっていくのかなっていうのは楽しみですね。

A:まぁそもそも論でいえば、当時はバンドブームの後にヒップホップのブームが来てたわけでしょ。
それで今はヒップホップ流行ってるわけだから。そうなるとまたバンドがくるんじゃねーのかな。

:よくいう20年周期みたいなね。最近のハードコアのライブに来てる子たちって、ヒップホップのライブにも割と行ってるイメージ。
ただ昔と一緒なのは、ヒップホップの子たちはハードコアのライブにはあんまり来ないっていう。大阪は知ってるかぎりでは今もそんな気がする。

A:でも名古屋はまた違って。ハードコアのライブでハックフィンにめちゃくちゃ可愛い女の子がいるみたいな。俺はそういうのに憧れたもんなぁ。

Y:まわってきたビデオ観てたら、ステージ脇にギャルが沢山いたりしてね。ビックリしたもん(笑)

A:そうそう、ギャルがめっちゃいて。

C:大阪もそれはあったかも。可愛い女の子と怖い人の組み合わせ。流石に今の若い人達の感覚では無いのかもしれませんが。

A:わからんよ。いきなりあるかも。

C:ギャング化するの?


■トラディショナルとアップデート


A
:ヨウヘイくんたちLIFESTYLEは、当時の名古屋のハードコアが少し下火になった時にいきなり現れたの。ビートダウンもある、ゴリゴリでストレートな不良のハードコア。
あの時はCALUSARIとかのメンバー、キンカイくん(EL LATINO)とかもそうだけど皆がヒップホップにいっちゃったりした時期で。そこにLIFESTYLEがグワッと出てきたからバチクソにやられて。心を持っていかれちゃった。一回(昔に)戻す、みたいな衝撃を喰らって。

CALUSARI

C:今回の作品はオーセンティックでトラディショナル。そのカッコ良さっていう。

A:そう、忘れられない良さ。

C:そして決してアップデートしてないわけじゃないっていう。

A:(アップデートしてない)と思いきや、歌うのよカネキが。Facecarzのトモキが歌ったりもしてたんだけど、Audio Slaveみたいな。

C:オルタナっぽい感じ。

A:そう、でも今回はカネキが。歌心みたいな。

C:でもメロディーラインとかセンスみたいなのって、色んな音楽聴いてるからこそ出来ることで。
ゴリゴリのデスメタリックなハードコアを漁ってた当時って、Life Of Agonyみたいなバンド聴いてもピンとこなかったけど、今になったらカッコ良さがわかったりとか。

Y:わかるわかる。カッコ良いよね。

C:今は完全に大御所ですもんね。向こうの現行トップクラスのZuluやTurnstileが出るようなハードコアフェスとかに呼ばれても、一番上にロゴがドーン、みたいな。

Y:ボーカルが性転換してね。完全に女性。振り切った。

C:いわゆるマッチョイズムやホモフォビックな空気が未だにあったりするジャンルの中で、振り切ってやるっていうのは凄いことですね。
現地の今の空気感はわからないですけど、少しずつ変わってはきてるんだろうなっていう。

Y:バンドの出始めは90年代初めくらいだもんね。俺らより歳も全然上。

CType O Negativeとかね。当時はよくわからなかったけど、大人になって聴くと良さが分かるというか。


■自分で言うのもアレだけど、めっちゃキャッチーだと思ってて。あとはグルーヴ。この2つには特にこだわってる


C
:今回はRC SLUMからLIFESTYLEのアルバムが出るってことで。RC SLUMというレーベルを追いかけてる人も聴くだろうし、LIFESTYLEを追いかけてる人がRC SLUMに触れるキッカケにもなるだろうし。

Y:うん、そうだね。

A:まぁでもなんだろ、クラブカルチャーと混ざるっていう。LIFESTYLEは単純に踊れるから・・・NYのヒップホップ、例えばNASやビギーを聴く感覚で、たぶんLIFESTYLEの曲かけてもリスナーは踊れると思う。
最近のヒップホップでも過剰な低音が出てたりするでしょ?ブーンっていう。あれの正真正銘の音を見せつけられたら、もうちょっと分かってもらえるんじゃないかなって。

Y:狭い街だからっていうのはあるかもしれないけど、鹿児島でも活動の当初からヒップホップの子たちも一緒だったし受け入れてもらってたからね。
RC SLUMから出すっていうのも俺らにとっちゃ必然的だったというか。

C:まぁ関係性を知ってる人たちは違和感ないですよね。

A:レーベルとしては最南端の街の奴らとやる面白さもある。

Y:ストリートの音楽も色々あるけど・・・ヒップホップやハウスもストリートの音楽だと思ってるけど、俺はやっぱりハードコアが好き。だから対等になりたい、っていうのはずっとある。

C:良くも悪くもハードコアってイメージが変わってない部分もあると思うんですよね、未だに物騒なだけのジャンルだと思われてたりとか。

Y:でも名古屋とかもWits Endってバンドがいて、M.O.S.A.Dってグループがいて、みんな同じくストリートの音楽だったわけでしょ。

C:それは大阪もそうかも。ヒップホップに負けないくらいハードコアのバンドも人気ありましたからね。
今また色々と入れ替わって各ジャンルの若い子たちが出てきてる感じかなと。

A:でもさ、Kid FresinoとかIssugiとか仙人掌とかさ、バンドとかも一緒にやる機会あるわけじゃん。
生音聴きたいんだったらハードコアが一番衝撃あると思うんだけどね。

C:僕は今回のLIFESTYLEの作品を聴いて、自分の好きなハードコアの部分を聴けたと思っていて。要らないところをそぎ落としたような。
この作品をキッカケに、今たくさんのクラブミュージックや音楽が流行ってる中で、初めてそういったハードコアに触れる中学生や高校生とかがいるとしたら凄くベストだなと思ったんですよね。

A:わかるわかる。

C:どっちにもいけるというか。LIFESTYLEからグルーヴィーな音楽を掘る人もいるかもしれないし、うるさい過激な音楽の方にもハマるっていう人もいるかもしれない。
そのきっかけとなる音源として、このLIFESTYLEの作品があって良いんじゃないかなって。

Y:自分で言うのもアレだけど、めっちゃキャッチーだと思ってて。あとはグルーヴ。この2つには特にこだわってる。俺はそのつもりでいる。

C:例えばNASやウータンを聴いたら誰もが首振れるわけじゃないですか。それに近いものがあるというか。オーセンティックっていう言葉が似合うなぁと。


■街ごとのカラー


A
:あとはやっぱり地元のスーパースターっていう。俺らは東海にFacecarzっていうスーパースターがいたから。それを県外にもっていってみよう、みたいな。
俺とヒロシ(DJ Blockcheck)はローディーしてたし。ローディーの仕事は何もしとらんかったけど。

C:楽しいからついて行ってるだけだよね。

A:でもそういうMadballのフレディみたいな、ハードコアのスーパースターみたいな奴がいて、そういう奴が地元をもっていっちゃう。これはバンドの良さだよね。

C:ヒップホップと一緒で街の音楽としての意義があると良いよね。

A:無いと意味ない。でもLIFESTYLEはそれがあるから。それがあったとして、その後にどうするかっていうのがあるじゃん。
鹿児島は制覇しました、その次の手助けが出来れば良いかなと思うけどね。大阪とかはどうなの?

C:若い子たちが頑張ってて、そういう若い子が自分たちの企画でLIFESTYLEを呼ぶじゃないですか、それが希望なんじゃないかなとは思いますけどね。

Y:歳も20くらい離れてるからね。

C:僕たちの頃はそんなに上の世代のバンドを呼んだりすることもなかったですし。とか言いつつ自分も大人になって、若い人に嫌われないように心掛けてます(笑)

Y:それは俺も心掛けとるね(笑)でもハタチくらいの子に飲みに誘われたりするし。
まぁそれはこっちも柔軟にアンテナ張って今の若い子をチェックしたりしてるから、っていうのはあると思う。自分と同世代でも聴いてない奴は全然聴いてないからね。

C:今日のこの3人は割と色んな人と関わる立ち位置ですからね。

A:名古屋の自分の周りではね、もしかしたらNYハードコアってダサいんじゃない?ってところまで正直いってた時期があった。
それをLIFESTYLEにガッと戻された。色んな面倒な・・・一旦これは置いておこう、みたいなラインを度外視してきた。

Y:たまたまそういうタイミングだったんだよね。でも名古屋はライブに人は入るけど、最初はメチャクチャ様子見されるっていう話を聞いてて。

C:棒立ちのやつですか。

Y:俺たちも一番最初はそうだったかも。でもそのあと仲良くなるのもメッチャ早かった。ただ正直、LIFESTYLEは日本に帰ってきて各地に知り合いもほとんどいないまま組んだバンドで。
なのに歳はまだ若かったし、本場のアメリカから帰ってきたっていうので変なプライドもあったのね、それを名古屋でパーンって折られるっていう(笑)超オシャレなギャングたちがいて。

C:その街ごとのカラーってありますよね。今もあると思うんですけど、当時はもっと分かりやすかった。やっぱり名古屋がローライダーとかも含めて一番ギャング感が強いイメージだったかなと。

A:そんな中でツヅキくん(Wits End)はリュック背負って一生懸命歌ってた。

YDistrict 9スタイルだ(笑)

A:でも若い子もいるんでしょ?大阪にも。

C:さっき会ったUNHOLY11のガクトって子たちは、自分たちでクルー作って、ライブや企画も頻繁にやってる。
まだ20代前半で若いし、いい意味で気にせずやってるというか。今や「お前ら誰やねん」とか言ってくるオジさんも減ったと思うし。

:お前ら誰やねんオジさんヤバいね(笑)

A:ワシに挨拶ないんかい先輩ね。そういや昨日もRunnerって大阪のバンド来てたよ。

C:Runnerも良いバンドだよね。大阪は色んな垣根がドンドン無くなってる気がする。


■歳は関係なく一発獲りに行きたいなって。ハードコアで


C
:ヒップホップにしろハードコアにしろ、過激な音楽を欲して聴き始めたわけで。

A:通学中にハードコア聴くのがイケてると思っとったからね。

C:三重の端っこで育った自分はパンクやハードコアを聴く奴は全然いなかった。

Y:それは鹿児島の俺も一緒やね。

C:だから一人で7インチやCDを通販したりして、それを周りの友だちにテープにダビングして聴かせたりして。それで聴く奴も増えたりしましたけどね。
今もこれだけヒップホップとか流行ってる中でも、こっそりハードコアとかを聴いてる高校生もいると思うし。そういう高校生が興奮する作品になってるんじゃないかなと思います。

Y:嬉しいね。

A:またどっかで(バンドに)裏返るときが来るんじゃないの。

C:アメリカはさっきも名前が出てたTurnstileやZuluが凄くて。現代のBeastie Boys的なイメージ。
ファッション、スタイル、サウンドにアートワーク・・・やっぱりそういうスターが出てくると変わる。既に影響下にあるようなバンドもいっぱい出てきてるし。

A:世の中が荒れれば荒れるほど、的な。

C:物騒な音楽が流行る。まぁハードコアは物騒な面だけじゃなくてポジティブな面もある音楽だけど。
日本で若くてメチャクチャ人気あるバンドとかが出てきてほしいとは思ってますけどね。僕たちが教えられることは何もないけど(笑)。
ヨウヘイくん、最後に何かありますか?

Y:展望的には・・・歳は関係なく一発獲りに行きたいなって。ハードコアで。


■LIFESTYLE

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1st ALBUM「THE SUN RISES IN THE SOUTH」
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