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「Ramen Break Beats」の店主・柳瀬拓郎さんへインタビュー!
テリヤキスト・品川イッコーさんによるシェフインタビューシリーズ第一弾として、今回は予約必須の人気ラーメン店「Ramen Break Beats」の店主・柳瀬拓郎さんへのインタビュー記事をお届けさせていただきます。
いまや東京を代表する人気ラーメン店となった「Ramen Break Beats」が生まれるまでのヒストリーを柳瀬店主に聞いてきちゃいました!
インタビュアー:品川イッコー、インタビュイー:柳瀬拓郎
1. 料理人になるきっかけ
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イッコー:最初からラーメン屋になろうと思っていたわけではないんですよね?
柳瀬:そうなんですよ。大学時代に飲食のアルバイトを始めて、その時に観たフランス料理の名店「Quintessence」の岸田周三シェフのドキュメンタリーがきっかけでした。
大学卒業後はワーキングホリデーでカナダに渡って2年ほど現地で飲食の仕事を経験しました。カナダで色んなシェフに出会ったことで本格的に料理人を目指す気持ちが強まりましたね。
帰国後は4~5年で地元・福岡のイタリアンやフレンチの有名店をいくつか渡り歩きます。
そんななか、カナダのワーキングホリデー時代にお世話になった会社がトロントに新たにお店を出店することになってそこから約8年間シェフを務めました。
イッコー:長いですね。ずっとカナダで働こうという感じだったんですか?
柳瀬:そうですね。永住権をとる一歩前までいってて英語の試験もパスして、カナダで骨を埋める覚悟だったんですけど、コロナに直面してレストランで働けなくなってしました。
イッコー:完全に営業停止になるんですか?
柳瀬:そうですね。街は完全にゴーストタウン状態でした。給付金とかもらって生活はできてたんですけど生き甲斐がなくなってしまって。子供ができるとなった時にこのままカナダにいても仕方がないと思い、日本に帰って独立してお店を出そうと決意しました。
2. ラーメン屋として店を出店するきっかけ
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イッコー:何でラーメンだったんですか?
柳瀬:カナダにいたころ、コロナ禍の影響で、家で過ごす時間が増えてYouTubeやInstagramなどで洋食の料理の投稿を始めたりしていたんです。途中からジャンルを絞った方がいいと思い、当時趣味で作っていたラーメンをInstagramで投稿するようになりました。
イッコー:もともとラーメンはお好きだったんですね。
柳瀬:はい、海外にいながら日本の美味しいラーメンって食べる機会があまりなくて、だんだんラーメンへの想いが強くなっていっていきました。
徐々にフォロワーが増えていって、認知されていったので2020年に「お店出します」とInstagramで告知したのがきっかけですね。
だけど飲食店の経験はあっても日本でラーメン屋の経験がなかったので正直言って不安ではありましたね。
3. 店開店後の反響と試行錯誤
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イッコー:奥様の地元・目黒で「Ramen Break Beats」をオープンさせますがこの店名はどういう意味なんですか?
柳瀬:カナダ時代、休みの日にクラブで音楽のDJをやっていたりしたんで音楽の要素を絡めたいと思ってつけました。海外の方にも覚えてもらいやすいですし検索もしやすいですから。
イッコー:お店を実際開けてみていかがでしたか?
柳瀬:飲食を経験していたとは言え、オープン当初は右も左もわからない状態で味の決め方がまだ定まっていませんでした。ラーメン好きの人も納得させなければならないし、料理好きの人にも納得してもらわなければならない。そのバランスが難しかったです。
「チャーシューを厚くしてほしい」「値段が高い」といったお客さん、口コミ、友人、ラーメン店主などのフィードバックをたくさんもらいましたね。ラーメン店に属していなかったので派閥もなく、同業の方にも色々教えていただき、スープ、タレの作り方、麺の茹で加減、盛り付け全部変えました。
「安くてそっちの方が美味しい」とラーメンファンってそっちにいってしまうんです。だからいい食材を使ってその値段で納得させられるようになるまで最初の1~2ヶ月は必死に試行錯誤を繰り返しました。
イッコー:料理って納得させる作業ですよね。ここまでやってるんだからこの金額は仕方ない、むしろ安いくらいだって思わせる。それが難しいんだけど。
柳瀬:そうですね。いい食材使えばいいわけじゃないし、自分のエゴだけじゃやっていけない世界です。
4. 「Ramen Break Beats」がブレイクした理由
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イッコー:ご自身ではなんで「Ramen Break Beats」がブレイクと考えていますか?
柳瀬:お店のInstagramのフォロワーが1000人増えるごとに限定ラーメンを販売していたのも大きかったです。
「トリュフ香る鶏白湯ラーメン」や「ロブスタービスクのラーメン」などの限定ラーメンを目当てにやってくる常連様と普通のラーメンを食べにくる新規のお客様で週末は30~40人くらい並ぶようになっていってそれが目立ったのかもしれません。
イッコー:限定ラーメンのバリエーションは洋食時代に培ったのも活きたんですね。そしてSNSの使い方も上手かったんですね。
5. 2店舗目、3店舗目、今後
イッコー:2店舗目、3店舗目と順調に店舗が増えていっていますが、「Ramen Break Beats」とはそれぞれコンセプトが違うんですか?
柳瀬:はい、「Ramen Break Beats」は清湯スープですが、2店舗目の新宿御苑前にある「Ramen Afro Beats」は同じ天草大王を使って濃厚に仕立てた鶏白湯スープが特徴です。店名も音楽のジャンルから取っています。
中目黒に出した3店舗目の「Ramen Jazzy Beats」 も店名は音楽関係です。「Beats」系で覚えてもらおうと。天草大王を使いつつも煮干しをブレンドしています。濃厚気味に炊いてクリーミーに口当たりよくして提供しています。
遠い将来は単価15,000円~20,000円くらいの和食屋さんもやってみたいですね。
6. 地獄と天国のエピソード
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イッコー:柳瀬さんにとって地獄と天国のエピソードをお聞かせください。
柳瀬:それこそ福岡の修業時代は地獄でした。他の人は専門学校を卒業してからレストランに入ってくるんですが、僕は23や24歳とかだったので「人の3倍努力しろ」と言われ怒られる日々でした。かなり罵声も浴びせられましたし、ひどいときは鉄拳制裁は日常でした。
イッコー:鬱っぽくなったんですか?
柳瀬:一歩手前でした。地元福岡でも一番厳しいとされていたフレンチレストランで働いてた時、休みをもらって弟の結婚式に出席したんですが、その時の写真を見たら顔が真っ青でした笑。そのくらい辛い時期でした。
あとは店をはじめて1、2か月は趣味でラーメンは作っていたもののまだ模索状態でした。家族もいて食わしていかなきゃいけない状況で精神的にもだいぶ追い詰められていましたね。
イッコー:逆に天国のエピソードはありますか?
柳瀬:まさに憧れの「Quintessence」の岸田シェフがオープンして4カ月で自分の料理を食べてくれたことですね。「美味しかった」と言ってくれました。
こないだ2回目も来てくれて、ミシュランの会場でも一緒になったりとか、そういう空間に入れるってことがいままでの努力が報われた瞬間でした。
イッコー:貴重なお話ありがとうございました!
TERIYAKIのYouTubeチャンネルでご覧いただけますので是非そちらもご覧ください!
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