【投資家向け:監査人交代はなぜ起きるのか 後編】交代する本当の理由
なかなか表に出ない、監査人交代の「本当の理由」についてお話しします。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
前回と今回とで、監査人交代についてお話ししています。
個人投資家の方が「企業がなぜ監査人を変えるのか、気になります」とおっしゃっているのを聞いて、思い立ったテーマです。
なお、前回(前編)でも触れましたが、監査人交代の本当の理由は外から分かりにくく、分かったとしてもすぐに株価に影響があるとも限らないので、投資判断の材料としては使いづらいことをご理解いただけると幸いです。
🤔監査人交代の本当の理由―監査人がおりる場合
それでは、監査人交代の「本当の理由」、具体的に挙げていきましょう。
なお、株主にとってプラスと思われるのか、マイナスと思われるのか、中立と考えられるのかを示しています。
リスクが高すぎる(マイナス)
監査人は、最初に監査を引き受けるときはもちろん、2年目以降でも、毎年リスク評価を見直して、リスクが高すぎると判断すれば監査人をおります。
特にリスクが高くなった場合は、期中でもおりることがあります。
「リスクが高すぎる」とは、例えばこんな場合です。
不正が発生するリスクが非常に高い
内部統制があまりに脆弱
アグレッシブな会計処理を採用したがる
経営者が信頼できない
株主から見ると、どれも好ましくないですね。
採算が悪い(ややマイナス)
監査法人も民間企業ですので、利益が出ないと存続できなくなってしまいます。
監査法人の利益管理のベースは、個々の監査契約の採算を管理することにあります。
採算が悪い場合は、監査報酬を値上げするか、効率化するか、どちらかで改善を図ります。
ただ、その努力のかいなく採算がよくならない場合は、監査を継続しないという判断をすることがあります。
以下のようなケースでは、株主にとってマイナスと考えてよいと思います。
企業が専門家への報酬を必要以上にケチっている
企業の業績が悪く、報酬を払いたくても払えない
企業の管理体制がずさんで、監査の手間がかかりすぎている
監査法人の人手不足(中立)
監査法人は万年人手不足にあえいでいます。
人手不足を解消するためには、人を雇うか、業務を効率化するか、仕事を減らすしかありません。
雇える人はいない、効率化もこれ以上難しい、となると、仕事を減らす=監査契約を減らすことになります。
これは監査法人または監査業界の問題であり、企業にとっては、はなはだ迷惑な話です。
ただ、監査法人は、どの監査を減らすのか、選んでいるはずです。
これが、単に規模が小さいという理由であれば、企業に罪はありません。
しかし、相対的にリスクが高い、手間がかかって採算が悪い、ということであれば、企業側にも問題があるかもしれません。
🤔監査人交代の本当の理由―企業が交代に踏み切る場合
企業主導で監査人が交代となる場合を見ていきましょう。
監査品質に不安がある(プラス)
ちゃんと監査してくれているかどうか心配、ということであれば、監査人を交代させる必要があります。
新しい監査人によって適切な監査を受けられるようになれば株主としてはプラスです。
監査が心配になるケースとは、例えばこんなことです。
過去の財務諸表を訂正する事態になり、誤った(または不正を起こした)企業に責任はあるが、見つけられなかった監査人にも問題があった
当該企業とは直接は関係ないが、監査人が重大な不祥事を起こした
関与年数が長い(中立?)
前編で触れましたが、関与年数が長いと、癒着があったり、過去の判断を批判的に検討できていなかったりするおそれがある、という考え方があります。
個人的な肌感覚としては、そんなことはないと思いますので「中立?」としました。
企業の監査役等の中に「ガバナンスを向上させるために、関与年数が長い監査人を交代させるべきである」という考えの方がいらっしゃると、否定することは難しく、ほかに理由が何もなくても交代となることがあります。
なお、監査人交代理由で関与年数に言及していても、前回の交代から数年しか経っていないこともありますので、注意が必要です。
直近の有価証券報告書の「監査の状況」にある「継続監査期間」を見ておきましょう。
監査人のサービスが悪い(中立?)
企業は、さまざまな理由で「サービスが悪い」と不満を持つことがあります。例を挙げますと…
監査判断に関する不満
一旦決めた監査判断を、土壇場でひっくり返された
企業からの問い合わせに対して、監査判断を行うのが遅すぎる
監査判断の内容が理不尽
その他の不満
段取りが悪すぎて、企業が振り回される
監査チームメンバーの入れ替わりが激しい
海外子会社の監査がグリップできていない(期日に間に合わない、似た事象に対して子会社によって監査判断がばらばら、など)
企業が監査によって非効率になったり、ストレスを受けていたりするのであれば、適切なサービスを提供できる監査人に変更することは、株主にとっては長い目で見ればプラスかもしれません。
一方で、不満に思う企業の方が理不尽なのかもしれません。その場合は、ネガティブな情報になりえます。
どちらの場合も考えられるので、「中立?」としました。
監査人の能力不足(プラス)
専門家なのに能力不足ということはあるのか、と思われたかもしれません。
例えば、企業が海外子会社を買収した場合、海外対応のできない監査法人では監査の継続は難しいと思われます。
必要な能力のある監査法人に変更することは、株主にとってもプラスですね。
監査報酬が高い(???)
監査報酬が高いことが本当の理由、ということもありえます。
大手監査法人から準大手への交代、または準大手から中小への交代があると監査報酬は安くなることが一般的です。
利益に比べて監査報酬が大きい企業では、監査報酬が安くなることは増益要因になります。
その意味では、株主にとってプラスです。
しかし、監査品質が十分でない監査法人に交代するのであれば、株主にとってマイナスになります。(大手と比べて、準大手や中小が品質が低いと言っているわけではありません)
また、監査報酬に限らず、そもそも適正な費用を支払わない企業なのであれば、どこかで問題が噴出する可能性があり、株主にとって望ましいとは言えません。
おわりに
上記の多くのケースでは、企業と監査人がもめた末に監査人交代に至ります。
このため、「どのような場合に企業と監査人はもめるのか」という質問への答えにもなっています。
冒頭に記載したように、投資判断には役立たないように思いますが、企業や監査を知る上で参考にしていただければ幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま