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企業の不祥事により、監査報酬はどの程度跳ね上がるのか

ENECHANGE社の事案では、執行部と監査法人の対立だけでなく、監査報酬の大幅増加も注目を集めました。不祥事が起こったときに、監査報酬はどの程度上がるものなのでしょうか?


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

2024年7月9日、世間を騒がせたENECHANGE社の有価証券報告書(有報)が提出され、辛くも上場廃止を免れました。
そこに記載されていた監査報酬は、前期33百万円に対して、当期324百万円。また、監査に投入された人数(補助者の数)も前期11名から当期はちょうど100名に跳ね上がりました。

ほかの不祥事ではどうなっているのか、調べてみました。



😖不祥事が発生すると、なぜ監査報酬がふくらむのか(監査ガチ勢でないあなたへ)

🔸監査報酬がふくらむメカニズム

不祥事が発生し、財務諸表に大きな影響がある場合、監査法人は、不祥事そのものを理解し、その影響が正しく財務諸表に反映されているかをチェックする必要があります。
しかし、やらないといけないのは、これだけではありません。

むしろやっかいなのは、ほかは大丈夫か、という点です。
ゴキブリではありませんが、一つ見つかれば、ほかにもうようよいるかもしれません。

これがすでに監査が終わった過年度の問題であればどうでしょうか。
当時の監査で見つけられなかったということは、ほかに見逃しているものがあるかもしれません。

さらに不祥事が不正だったら…… 意図的に隠蔽されていたわけですから、さらに徹底的な手続が必要になります。

そのために監査法人は人員を大量投入することになり、監査時間がかさみます。監査報酬は、基本的に監査時間X単価で計算されていますので、これもふくらむことになります。

🔸「監査補助者」とは?

もう一点、「監査補助者」という言葉を説明しておきます。

監査報告書にサインするパートナー以外の監査チームメンバーを「監査補助者」または単に「補助者」と呼んでいます。

監査時間が同じでも、少数のメンバーで一年中監査できれば補助者の人数は少なくて済みます。一方、メンバーがどんどん交代すると補助者の人数は増えることになります。
また、業務が増えたときに残業でカバーすると補助者の人数は変わらず、新規メンバーを投入すると人数は増えます。

したがって、補助者の数と監査時間は正比例するわけではないのですが、監査の規模をはかる目安にはなります。


😖最近の不祥事を探す

調査の対象になる不祥事を、どのように探しましょうか?

ENECHANGE社のような同一決算期の中で発見され、監査も完了した事案を探すことは難しいため、次のように訂正事案から探すことにしました。

  1. EDINETの「書類詳細検索」より、2024年6月30日までの1年間に提出された訂正有価証券報告書を検索

  2. 抽出された866件の中から、監査報告書が添付されているものを選択

  3. 監査報告書自体を訂正するための訂正有報を除外(4件ありました)

  4. 訂正された年度の次の年度(2023年3月期が訂正されたのであれば、2024年3月期)の有報が提出されていないものも除外(2件ありました)

こうして抽出された28件について、直近の訂正年度の監査報酬と、その次の年度の監査報酬を比べます。
訂正事案を監査するための監査報酬は、訂正された年度ではなく、次の年度の監査報酬に含められていることが多いためです。
監査報酬はそのほか多くの要因によって増減しているはずですが、訂正事案の影響が大半を占めると仮定して分析しています。

2024年6月30日までとしたのは、調査時点までに訂正年度の次の年度の有報が提出されている可能性が高いと考えたからです。それでも、提出期限未到来のため提出されていないケースが2件ありました。


😖監査報酬増加割合トップ5は?

直近の訂正年度の監査報酬と、その次の年度の監査報酬を比べ、何倍に増えているかでランキングしました。
第5位から順に見ていきましょう。

いきなり説明が必要ですが、この会社の場合、訂正年度の監査にかかる報酬は、訂正年度の監査報酬に含められており、しかもその金額が開示されている珍しいケースです。
直近訂正年度の監査報酬125百万円のうち、83百万円が訂正関連と開示されています。他社の例と同じように、これを翌年度の監査報酬に含められていたとして計算すると、3.5倍となります。

また、訂正年度は個人の公認会計士2名により監査されていました。
翌年度は中部総合監査法人に変更されていたのですが、監査報告書にサインしていたパートナーは前年と同じ方でした。
いずれの年度もお二人だけで監査されていたようで、補助者への言及はありません。

こんなペースで説明していると、たいへんな文字数になってしまいますので、第4位から第1位までは一挙にお見せします。

やはり上位は不正がらみが多いですね。
また、大手監査法人ばかりでもなく、中小法人や個人の監査先も登場しています。


😖全体の傾向は?

トップ5のみご覧いただきましたが、28社全体を見ると、次のことが分かります。

  • 監査法人の内訳は大手11社、準大手4社、中小13社

  • 約半数(13社)で監査報酬は30%以上増加している

  • 監査報酬が何倍に増えたか、という倍率を単純平均すると約2.2倍

こうやって要約すると無味乾燥ですが、一件一件を見ていくと、企業の関係者や監査法人の阿鼻叫喚が聞こえてくるようです。


🐣おわりに

老眼をしょぼしょぼさせながらひたすらEDINETのデータを開けては閉じてを繰り返して準備しましたので、もし正確でないところがあれば申し訳ありません。
それでも、だいたいの傾向はつかんでいただけると思います。

先日、ある会社の監査役さんから、「不祥事を見逃しておいて、何倍も監査報酬をとるのはおかしくないですか?」と厳しいご質問をいただきました。

実際にはかかった時間に見合う報酬はいただけていなかったり、そもそもの報酬水準の問題や、二重責任の原則など、監査業界の人間として言いいたいことはいろいろあります。
しかし、訂正事案は多くの関係者を不幸にすることを忘れずに、1件でも少なくする努力を続けないといけないのだと思います。そのためには平時からガバナンスや内部統制が改善されるように監査先の背中を押すことも重要だと思います。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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