公認会計士・監査審査会「監査事務所検査結果事例集」(2024年版)を読む【監査ガチ勢向け】
CPAAOB恒例の「検査結果事例集」。事例がたくさんあり勉強になりますが、205ページもあるため読む気になりませんよね。手がかりとして、一部ピックアップして解説します。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
CPAAOBは、毎年7月に「監査事務所検査結果事例集」を公表しています。
一年間の検査で指摘された事項を「業務管理態勢編」「品質管理態勢編」「個別監査業務編」に分類し、さらに複数の監査で類似の指摘があった項目には「頻発」、今回新しく指摘した項目については「NEW」と表示しています。
また、監査法人を大きく「大手」と「準大手・中小」に区分し、どちらへの指摘なのかも示しています。
ページ数が多くなかなか見る気にならないかもしれませんので、入り口のガイドとして、次の条件に合う14項目を紹介し、短く解説します。
「個別監査業務編」の指摘事項
※現場の監査人にとって一番切実と思われるため「大手」監査法人に対する指摘事項
※過去は大手で指摘された事項が、時間差で準大手、中小に広がっていったと思われるため(このトレンドは変わるかもしれません)「頻発」「NEW」またはその両方が付されている指摘事項
※特に重要な指摘や新しい指摘に注目したいため
なお、この事例集の情報をベースに、一部私の経験を加味して記載していますので、正確でないところがあるかもしれません。
また、てりたまnoteはいつもそうですが、文中の意見はすべて私個人のもので、いかなる組織を代表または示唆するものでもありません。
不正リスク
不正リスクを認識しているが、不正の手口について検討していない。
不正の手口を具体的に特定して不正リスクを認識するように、とは以前からずっと言われていることで、これが「頻発」しているのは不思議に思います。
連結で消えてしまう取引でも、不正が起こる可能性はありますが、それを指摘にまでする背景がよく分かりません。
妄想すると、次のような経緯があったのかもしれません。
検査官が回転期間20か月を問題視→監査チームは不正リスクでない前提で必要な手続は実施し虚偽表示は発見されなかったと主張→納得しない検査官は不正リスクを軸に指摘事項とすることに踏み切る
不正リスクを認識したが、それに該当する取引はなかった、との結論に検査官が懐疑心を抱き、結局監査チームの説明では納得が得られず指摘になった、ということのようです。
該当する取引がなかった、という状況はありえますが、その場合は検査で厳しく見られることになります。
不正リスクに十分対応したと言えるのか、ほかに認識するべき不正リスクはなかったのか、改めて検討する必要がありそうです。
グループ監査では、構成単位の監査へのより大きい関与が年々求められますが、そのレベルに達していなかった、ということですね。
監基報600の改訂も行われたところで、さらに関与を強化することが求められています。
実証手続
事例集に詳しくは書いていませんが、全社の売上原価(あるいは、かなり大きい事業部門の売上原価)を一体として、しかもきわめて簡単なモデル(売上高 X 前期売上原価率)を使って推定値を算出していたとすると、検査官の懐疑心をあおってしまったのかもしれません。
「なぜ前期の売上原価率を使えるのか」という点も議論になりそうですが、そこは監査チームががんばったんでしょうね。
売上高と売上原価との関係が取引種類ごとに違っているのに、ひっくるめてざっくり分析しすぎ、という点が指摘になりました。
役員の自己取引については、アンケートで情報収集することがよくありますが、あるはずの取引が記載されていないので、まじめに回答していないんじゃないか、あるいは意図的に回答しなかったんじゃないか、という指摘。
ごもっとも、ですが、そこから懐疑心を高めてどのような手続ができたのか、難しいところですね。
あらかじめアンケートを担当した部門か経理部門でチェックして、漏れがあれば再度の記入を依頼しておいてほしかったところ。相手が会長なので、依頼しづらかったのかもしれませんが。
会計上の見積りの監査
どこまでの本社費を配賦の対象とするのか、は難しい論点で、検査官もデジタルにアウトとは言いづらいところだと思います。
ここでのポイントは、配賦対象となっていない本社費の一部が、店舗に関係する費用であることを監査チームが認識していた、という点。
どこでそれが分かったのか、は気になるところです。
営業費用は営業収入とは比例的には増えない、という仮定。
営業費用には固定費もあったでしょうから、それ自体は合理的なように思います。
問題視されたということは、営業収入の伸びに対して営業費用の伸びがかなり小さかったのかもしれません。
ここに引用していない前段を読むと、直近2期連続で営業損失なのに、翌期予算ではコロナ明けの大幅回復による黒字を見込んでいたとのこと。
検査官の懐疑心が高まり、簡単には逃れられなかったということだと思います。
これだけでは分かりづらいですが、この会社は縮小する事業の再構築を行うと外部に公表しており、この結果将来キャッシュ・フローは改善するため、減損損失不要と結論付けています。
これとは別にサステナ関係で既存設備の停止が予定されているなど、かなり壮大で複雑な見積りのようです。
重要な仮定がたくさんあり、監査の難易度が高い案件にもかかわらず、踏み込みが足りなかったということでしょう。
内部統制監査
別々の監査に対する指摘だと思いますが、似ているので一つにくくりました。
どちらもクライアントの経営者評価の対象が不足しているのでは、という指摘。
一つ目は「重要な業務プロセスとしている在庫の内部統制が、実地棚卸だけ、なんてありえるの?」、二つめは「連結上の特検リスクを識別している販売プロセスが、経営者評価対象外なんていいの?」という論点です。
これは内部統制報告書の単純なミスかもしれません。
それを監査でも見逃してしまった。
レビューアーの立場からは、「販売促進費」の取り扱いに変更がなければ、典型的な3勘定が挙げられているのを見て「よしよし」とスルーしてしまうかもしれません。
その他
想像ですが、内部監査人の作業結果を監査で利用している場合、検査官の懐疑心は高まるのだと思います。ただ、どこまでの利用が許されるかは判断が難しいところです。
ここでは、特検リスクを識別しているところと、そうでないところで、同じように内部監査人を利用していることで、指摘しやすかったと思われます。
キャッシュ・フロー計算書での区分が誤っているのに、監査で見逃した、ということ。
キャッシュ・フロー計算書は、クライアントにとっても、監査チームのパートナーやマネジャーいとっても、あまり優先順位が高いものとして時間を割いていないように思います。
特別な取引(この場合は、子会社株式の追加取得)がある場合、仕訳はちゃんと検討していると思うんです。
そのときに、キャッシュ・フロー計算書での取り扱いもあわせて見ておくべきですね。
おわりに
これらの指摘を読んでいると、「しまった、できていなかった」「そこまでやらないといけなかったのか」「ちゃんとやっていた、指摘は理不尽だ」などの思いが渦巻く監査チームの悲鳴が聞こえてくるようです。
ある程度抽象化されたこれらの指摘事項を読むと、指摘やむなしとも思いますが、実務は複雑で完璧を期すのは難しいですね。
それでも社会からの期待は大きく、監査人は完璧に向けて歩んでいかないといけないんだろうと思います。
この記事が、少しでもそのための助けになれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま
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