あなたはまだ「本当のチェックリスト」を知らない【監査ガチ勢向け】
チェックリストは、監査人のやる気を枯渇させ、疲労感を2倍に増幅させるパワフルなツールとして広く認知されています。そのパワー、正しい方向に使わないともったいない。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
Twitterの監査人界隈では、チェックリストは激しく嫌われています。擁護する声など聞いたことありません。「チェックリスト」はそんなにダメなやつなんでしょうか?
実は私の「チェックリスト観」を180度変えてくれた本があります。(アフィリエイトはやっていません)
この本、タイトルでめちゃくちゃ損しています。
よくある仕事術の本みたいですよね? 英語の原題も"The Checklist Manifesto"(チェックリスト宣言)とパッとしません。
しかしこの本は、ハーバード大学のバリバリの外科医が、手術での医療事故を減らす方法を探してチェックリストにたどり着き、周りから抵抗を受けながら事故を防いでいく物語なのです。
「チェックリストを使いましょう!」と言うと、外科医の先生はだいたいこのような反応だそうです。
「自分には要らない」
「医療は複雑で、チェックリストで対応できるものではない」
「忙しすぎて、チェックリストでチェックなどしている時間はない」
「そんなヒマがあれば、患者のケアに時間を使いたい」
どこの世界も同じですね。
ところが、「石鹸で手を洗う」「患者の皮膚を消毒する」そんな素人目にも基本的なことが守られず、感染症を起こすことがとても多いそうです。
事実、チェックリストを利用することで、事故は目に見えて減ったとのこと。
著者がかかわったWHO(世界保健機構)の実験では、医師を含む医療スタッフの80%が「手術の安全性向上にチェックリストが役立った」との意見。
さらに「あなたが患者として手術を受けるときは、チェックリストを使ってほしいですか」との問いに、93%の人が「Yes」と答えています。
よいチェックリストとは?
まず、悪いチェックリストとは何でしょうか?
著者が飛行機のチェックリストを取材したときに聞いた言葉です。
あれ、チェックリストってそういうものじゃないの? 私もそう思っていました。
しかしこの本を読み進めると、我々が監査で使っているチェックリストとは、かなり違うものだと分かります。どこが違うのでしょうか?
❶ チェックリストはマニュアルではない
この本で、「チェックリストはマニュアルではない」と何度も繰り返されています。
チェックする項目のことをすでによく分かっている人が使うのがチェックリスト。
「え、そんな要求事項があったの!?」ということがないように、別の手段で学んでおく必要があります。
❷ 現場で使いながら頻繁に改訂する
どれだけベテランが作ったチェックリストでも、現場で使ってもらうとボコボコにされて戻ってくるそうです。
現場の意見を聞いて改訂し、また現場に使ってもらい…と常にアップデートされます。
❸ 必要なときに短時間で使う
現場作業の節目でさっと取り出して、パパっとチェックするイメージです。1分も1分半もかかるようなチェックリストは邪魔になり、ずるされたり手順を省かれたりするそうです。
❹ 一回にチェックする項目は10個未満
チェックリストは、やるべきことを網羅したものではありません。
漏らしがちなもののうち、絶対に漏らしてはいけない項目を確実にチェックするものです。
❺ 複数人で一緒にチェックする
医療事故も飛行機事故も、チーム内のコミュニケーションの問題が原因となっていることが意外とあります。
「おかしいと思ったが、声に出しづらかった」「大事なことは伝わっていると思い込んでいた」そんな状態で進んでしまわないように、チェックリストはコミュニケーションを確実にする役割も期待されています。
したがって「私がチェックしておきました(しておきます)」ではダメで、チーム全体や関係者間で指差し確認することが原則です。
監査でチェックリストをどう導入するか
映画などで飛行機のチェックリストを見たことありませんか?
実は飛行機の場合、平時のチェックリストはそれほどたくさんはないようです。
その代わり、問題が発生したときには、ありとあらゆる場合を想定したチェックリストが用意されています。
監査でどんなチェックリストがあるとよいか、考えてみました。
リスク対応手続調書のチェックリスト
内部統制や実証手続の個別調書ごとに使う、汎用的なチェックリストがあってもよいと思います。
例えば、作成者が査閲者に調書を引き渡すときに、こんな項目を一緒にチェックするのはいかがでしょうか?
すべての計画された手続は完了したか、あるいは完了できる見込みか
すべての未了事項はリストされ、引き継がれているか
監査人として批判的に検討したポイントは調書に明確に記述されているか
発見された虚偽表示や内部統制の不備は個別にマネジャーに報告済みか
「査閲者はいないことが多いし、そんな時間ない」という声が聞こえてきそうです… でも、もしこれができれば、レビューがスムーズになり、作成者が後で追いかけられることが少なくなると思いませんか?
往査のタイミングでのチェックリスト
先日、クライアントから監査人への要望についてnoteの記事にしました。
現場初日や最終日、一日の始まりと終わりにチェックリストがあれば、マナーの問題などは解決できるかもしれません。
一日の終わりのチェックリストは、例えばこんな項目でしょうか。
お借りした資料等は、一か所にまとめてきれいに積まれているか
テーブルの上のごみはとったか
クライアントに、引き上げることを告げる担当者は決まっているか
難しい監査論点ごとのチェックリスト
もちろん、よくミスをする監査論点にはチェックリストがあった方がよいですね。
一つのチェックリストであらゆるパターンを網羅しようとすると長くなってしまいます。例えば固定資産の減損でも、多店舗展開している会社と工場がある製造業とでは別のチェック項目になるでしょう。
繰延税金資産の回収可能性では、会社分類ごとにある方がよいでしょう。
買収があった場合には、買収対価の検討、取得原価の配分(PPA)、開示など局面ごとに別のチェックリストになっている方が使いやすそうです。
おわりに
この本に一貫して流れているトーンは、著者が医療事故のリスクに謙虚に向き合い、一人の医師としてそれを減らす方法を探し求めて旅する求道者としての姿です。
著者の旅は世界中の病院にとどまりません。チェックリストを使っていると聞けば、ボーイング社、建設現場、投資会社などどこまでも行って話を聞きます。
プロフェッショナルとしてもたいへん尊敬できる姿勢に感銘を受けました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま