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「トランプ氏暗殺未遂事件」を内部統制の観点から見てみよう
ペンシルベニア州での選挙演説中に発生したトランプ氏暗殺未遂事件。未だ調査中ですが、内部統制で言うどこに問題があったのか、考えます。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
2024年7月13日にトランプ氏が銃撃され、本人が右耳を負傷したほか、1人が死亡、ほかに2人が重傷を負いました。
このニュースは、星条旗をバックにこぶしを振り上げるトランプ氏の写真とともに世界を駆け巡り、大統領選にも大きな影響を与えました。
この事件は、要人警護の重要性を改めて認識させる出来事となりました。
今回は、この事件を内部統制の観点から分析することで、要人警護における課題と改善点を探ります。
🕶 トランプ氏暗殺未遂事件の大きな謎
トランプ氏は、元大統領としても大統領候補者としても、シークレットサービスの警備の対象です。
しかも、事前にイランがトランプ氏の暗殺を企てているとの情報もあり、より厳重な警備網が敷かれていたはずでした。(今回の事件とイランとの関係は否定されています)
一方、犯人のトーマス・マシュー・クルックス容疑者は、現場から1時間ほど離れた町に住む20歳の若者でした。
地元の射撃クラブに所属していましたが、組織的なテロリストの一味でも、狙撃のプロでもありません。
そんな一般人が、厳重な警備をかいくぐり、どうして140mの距離にあるビル(AGR社の倉庫ビル、以下AGRビル)にライフルを持ち込み、あと数cmで暗殺を成功させられるような銃撃ができたのか。
これが、事件発生直後から大きな謎となっていました。
🕶 事件当日の動き
FBIなど複数の調査が進行中ですが、当日の容疑者の動きはかなり明らかになっています。
これにより、まったくの不意打ちではなかったことが分かります。
15:50ごろ
クルックス容疑者は、現場でドローンを飛ばし11分にわたって上空から会場を観察17:14
クルックス容疑者は、武器を発見する磁力検査機に2度反応して写真を撮られ、地元警察に不審者として認識される17:38
クルックス容疑者が距離計を使用している写真が撮られ、郡警察内で共有される17:44
郡警察が州警察にクルックス容疑者について報告、州警察はシークレットサービスにも共有する18:02
郡警察は、クルックス容疑者がAGRビル付近を歩いているところを目撃18:05
トランプ氏、演説を開始18:06
クルックス容疑者は、エアコンの室外機やパイプをよじ登りAGRビルの屋上に向かう18:10:55
郡警察官が屋上にのぼったところ、クルックス容疑者に銃口を向けられ、あわてて2.4mの高さから飛び降りる18:11:33
クルックス容疑者、最初の射撃18:11:44
トランプ氏、右耳に手をやる/クルックス容疑者、2回目と3回目の射撃18:11:35
トランプ氏が演台に隠れるように倒れこみ、シークレットサービスの担当官が演台に向かう18:11:37
クルックス容疑者、4回目から8回目の射撃/郡警察が銃で応戦18:11:49
シークレットサービスの狙撃手、クルックス容疑者を射殺
🕶 警備のどこに問題があったかー内部統制の観点から
この事件は、シークレットサービスにとっては世紀の大失態です。キンバリー・チートル長官は失敗を認め、事件から10日後に辞任することになります。
そもそも今回のシークレットサービスとそれに協力した地元警察の警備の「目的」は何か。
それは、第一にはトランプ氏が無事に演説を終えられるようにすることでしょう。
なぜそれが実現できなかったのか、現時点で分かっていることを踏まえ、全社統制の枠組みに(やや強引ながら)照らして検討します。
統制環境
統制環境の観点から、いろいろなことが言えると思いますが、そもそもシークレットサービスの人材は十分にそろっていたのか、が問題となっています。
シークレットサービスの予算は過去10年間一貫して増加していますが、インフレ調整後では2020年から横ばいになっています。
人員は8千人を超えているのですが、警備のニーズは増えており、全体として不足感がかなりあったようです。
J-SOXの統制環境の例示において、関係している項目を挙げておきます。
(なお、この事件に合わせて、「経営者」を「シークレットサービスの責任者」に、「信頼性のある財務報告の作成」を「要人の安全」に読み替えています。以下の引用も、カッコ内は同様の読み替えを示しています)
・「シークレットサービスの責任者」は、「要人の安全」を支えるのに必要な能力を識別し、所要の能力を有する人材を確保・配置しているか。
「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」を一部読み替え
リスクの評価と対応
「トランプ氏が無事に演説を終えられるようにする」という目的に照らして、重要なリスクは網羅的に識別され、対応されていたのか。
演説の会場の周辺には建物は少なく、AGRビルが一番近い建物でした。AGRビルからトランプ氏の演台までは140mで、狙撃には十分近い距離。
しかし、シークレットサービスが警備する重点エリアは会場に近いところに限定され、AGRビル周辺は地元警察に任せられていました。
これは警備計画通りではありましたが、その計画でよかったのか、もっと重大なリスクを識別し、対応するべきではなかったのか、と問題になっているところです。
J-SOXのリスクの評価と対応の例として挙げられている4項目はすべて関係しますが、特に次の項目が問題となると思われます。
・リスクを識別する作業において、「要人をめぐる」内外の諸要因及び当該要因が「要人の安全」に及ぼす影響が適切に考慮されているか。
「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」を一部読み替え
統制活動
AGRビルの警備が地元警察に任せられていたとはいえ、ノーガードだったわけではありません。
実はAGRビルの2階には、地元の警察官がいたのです。しかし、屋上には誰もいませんでした。
その理由として、辞任した長官はテレビのインタビューの中で、傾斜した屋上での警備は危険だったから、と説明しています。
これまで「屋上」と訳してきましたが、実際は「屋根」という方が適切な形状になっています。
もともと大きなリスクがあるとは考えていなかったわけですが、小さなリスクにも不十分な対応となっていました。
J-SOXの統制活動の中で、該当するものはこれでしょうか。
・「要人の安全」に対するリスクに対処して、これを十分に軽減する統制活動を確保するための方針と手続を定めているか。
「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」を一部読み替え
情報と伝達
「事件当日の動き」において、シークレットサービス、州警察、郡警察という組織が登場していますが、実態はもっと複雑です。
郡警察は、会場が所在するバトラー郡だけでなく、隣接するビーバー郡からも応援が来ていました。
また、シークレットサービスにはトランプ氏の身辺警護にあたるエージェントもいれば、遠方からの攻撃を見張る狙撃手もいます。地元警察も一般の警察官もいれば特殊部隊の隊員もいました。
事前に打ち合わせはしていたとのことですが、刻々と変わる状況の中で情報を共有し、確実に対応することは相当に難しかったようです。
これもJ-SOXでいうと複数の項目に関連しますが、重要なものを一つ挙げます。
・「警備」に関する重要な情報が円滑に「シークレットサービスの責任者」及び組織内の適切な管理者に伝達される体制が整備されているか。
「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」を一部読
参考
Wikipedia, Attempted assassination of Donald Trump
https://en.wikipedia.org/wiki/Attempted_assassination_of_Donald_TrumpThe Economist, The Trump shooting has made a mockery of the Secret Service, July 17, 2024
https://www.economist.com/united-states/2024/07/17/the-trump-shooting-has-made-a-mockery-of-the-secret-serviceCNN, ‘Could it have been avoided?’ Local cops detail breakdown in efforts to stop Trump’s would-be assassin, August 10, 2024
https://edition.cnn.com/2024/08/10/politics/snipers-detail-breakdowns-trump-assassination-attempt-invs/index.htmlBBC, New bodycam footage shows moments before Trump rally shooting, August 9, 2024
https://www.bbc.com/news/articles/cd9dnnypx04o日本経済新聞、トランプ氏銃撃、警備に3つの失態 動機はなお謎、2024年7月20日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN19DCX0Z10C24A7000000/
おわりに
シークレットサービスの対応に問題があったことは明らかなのに、全社統制を持ち出して回りくどいことをしていると思われたかもしれませんね。
内部統制の基本的な考え方が、企業活動以外にも転用できることを示したくて、このような記事を書いてみました。
これから調査が進み、新しい事実が明らかになると、内部統制の観点からはどのように考えられるのか、思いめぐらせていただければと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま
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