見出し画像

監査クライアントに品質管理部門とのやり取りをどこまで説明するか【監査ガチ勢向け】

私の経験を踏まえた両極端な失敗事例を二つお話しします。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

現場のパートナーが重要な監査判断を誤り、審査もスルーしてしまうと、監査法人が甚大なリスクを背負いこむ可能性があります。
あとで問題が発覚して、クライアントや財務諸表のユーザである投資家に取り返しのつかない大迷惑をかける可能性もあります。
そこで、品質管理部門(品管)を巻き込むことが多くなっています。

品管に問い合わせた結果、クライアントが納得できる結論が出た場合は丸く収まります。
問題はそうでない場合です。

今回のてりたまnoteでは、品管との協議の結果、クライアントの意に沿わない結論が出たときに、クライアントとどのようなコミュニケーションをとるか、についてお話しします。



💣議論の前提

実際の案件をそのままお話しするわけにはいきませんので、数ある過去の失敗を再編成して、両極端な二つの事例にまとめます。

いずれの事例も、次のような前提でお話しします。

  • ある極めて重要な会計事象について、A、B二通りの考え方がありえる

  • クライアントはAの立場

  • 監査パートナーもAが妥当と考え、クライアントには暫定的な判断として伝えた上で、念のため品管に問い合わせることにする

  • 品管の結論はB

  • 監査パートナーはクライアントの協力を得て、新しい事実や説明を入手し、品管と何度も折衝、さらに監査法人内で所定のエスカレートも行う

  • 品管の結論はBのままで変わらず、これが監査法人の最終的な見解となる

💣失敗事例❶ 品管とのやり取りをクライアントに伝える

監査パートナーからクライアントへのコミュニケーション

品管とのやり取りを中心に、次のようなことをクライアントに克明に伝えます。

  • 品管との会議において、どのような点が問題になり、どのように説明し、品管はどのように反応したか

  • 監査法人のルールとして、品管と監査パートナーとで意見が相違するときに、どのようなステップで解決することになっているのか

  • そして、パートナーとして今後どのようなタイムラインと方針で品管と協議するつもりでいるか

クライアントの受け取り方(筆者の推測)

クライアント社内はAを前提に動いており、結論が変わると多方面に大きな影響が及ぶことになります。
このことは経理部門にとっては多大なプレッシャーとなります。監査法人内部での議論の経過が心配になり、気が気ではありません。
そこで、パートナーから詳細な説明があるのはありがたいことです。また、パートナーが戦っている様子が分かり、何とかがんばって品管を説得してもらおうと協力体制が生まれます。

しかし、事態はいつまで経っても好転せず、挙句の果てに「Bで決まってしまいました」という結論が告げられます。

クライアントは強い憤りと失望を覚え、次のように感じます。

  • こんな理不尽な結論が出たことは、監査法人の何かがおかしい

  • 顔が見えない「品管」というは、ありえないほど理屈が通らない連中なのだろうか

  • あるいは、がんばってくれていたように見えたパートナーが、会社の実態や判断をうまく伝えてくれていないのではないか、「品管」と直接話ができれば、すぐに分かってくれるのではないか

  • 「品管」とやらも、パートナーも信頼できない


💣失敗事例❷ 品管とのやり取りをクライアントに伝えない

監査パートナーからクライアントへのコミュニケーション

❶とは真逆で、品管とどのようなやり取りを行っているか、クライアントには一切伝えません。

監査パートナーは、高度な監査判断が求められる案件については専門部隊である品管に問い合わせ、品管は豊富な経験をもってパートナーが適切な判断ができるようにサポートします。最終的に、パートナーが納得した上で自ら監査判断を行います。
これが本来あるべき姿であり、これを地で行こうとしたのがこの❷です。

監査パートナーはクライアントに対し、監査法人内部で品管を巻き込んではいるが、品管のサポートを受けた上で、判断するのはあくまでも自分自身であると伝えます。

クライアントの受け取り方(筆者の推測)

クライアントにとっては、監査法人内部で何が起こっているのか、さっぱり分かりません。
監査チームから追加の資料や説明を求められ、必要となった理由の説明も一応はあり、最大限協力はします。
しかし、いったい誰がそのような情報を求めているかは見えません。パートナーに何度聞いても、「判断するのは私」「私が判断する上で必要」としか言いません。

パートナーの様子からは、雲行きが怪しくなっていることは分かります。しかし、監査法人のルールではどんな段階があり、今どこにいるのかは闇の中でストレスがたまります。
パートナーからは検討に時間がかかっていることへの謝罪はあり、「Bになるかもしれません」「Bになったときの段取りもしておいてください」といった物言いがだんだん増えてきます。
そしてとうとう「結論はBです」と通告されます。結論に至った理由の説明はありましたが、監査法人内部で何が起こっていたかは分からずじまいで、キツネにつままれたようです。

クライアントは強い憤りと失望を覚え、次のように感じます。

  • このパートナーが一人で決めていることはありえないし、実際に品管を巻き込んでいると話していたのに、どうして隠すのか

  • 会社の会計処理なのに、それが決まった経過の説明がまったくないことは極めて理不尽

  • このパートナーも、パートナーの後ろにいるはずの連中も信頼できない


💣どうするべきだったのか

どちらも、監査法人内部で起こっていたことは同じです。
違うのは、クライアントに何を伝え、何を伝えないのか。

失敗事例❶では、パートナーは伝言係のように見えます。また、パートナーの説明が悪い可能性はあるが、十中八九、悪者は品管だとの印象を強くクライアントに与えます。

失敗事例❷では、情報を隠すようなパートナーは不誠実に思え、信頼できないと感じさせてしまいます。

それでは、どうすればよかったのか。
それは、❶か❷かという前に、もっともっと早く始動し、早く結論を出すことだと思います。

今回の前提では、クライアントはAの会計処理を決めて、社内を動かしてしまっています。
そもそもその状況で、AかBかを客観的に議論するのは難しいと言えます。
クライアントが処理を決めてしまう前であれば、「Aだと思うけどなあ」と内心では思いつつも、異なる処理を受け入れやすくなります。

また、早期に結論を出すことで、クライアントを待たせてイライラさせる時間が短いため、❶か❷かはあまり大きな問題になりません。
つまり、両極端の❶と❷の間でどうバランスを取るかを考えている時点で、すでにかなり後手を踏んでいることを自覚しないといけません。

なお、早期に対応するためには、次の条件をクリアする必要があります。

  • クライアントから早く相談を受けるために、日ごろから信頼関係構築に努める

  • 相談を受けてから素早く動くため、監査チームの瞬発力も必要

  • 結論を早く出すためには、品管も含めたプロジェクトマネジメントを徹底する

いずれも簡単ではないですが、うまく乗り切れば、クライアントも監査チームも、ついでに品管もハッピーになります。


🐣おわりに

ここでの失敗事例のようなことが起こると、監査チーム、特にパートナーは、クライアントと品管との間で板挟みになり、強烈なストレス下に置かれます。
こんなことが続くと身が持たないので、パートナーの皆さんは、クライアントやチームのためにも自分自身のためにも、早期始動、早期解決を図っていただければと思います。

まあ、分かっちゃいるけど諸般の事情でうまくいかないんですよね。
お疲れさまです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

いいなと思ったら応援しよう!