「全般的な結論を形成するための分析的手続」、どうやってますか?【監査ガチ勢向け】
普段はゆるふわなnoteばかり書いている私ですが、実は監査論っぽいのも書けるんですよ。(たぶん)
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
少し前のことになりますが、Xでこんなつぶやきを目にしました。
監基報520第5項の分析が論点になるなんて、ましてや本になるなんて想像もしていませんでしたので、和服さんのこの投稿が記憶に残りました。
未だ本を書いて披露できるほどの知見はないのですが(∴私は「1冊書ける人」ではない)、せめてnoteの記事は書いてみようと思います。
※てりたまnoteはいつも筆者個人の意見を書いていますが、今回も同様です。
📊監基報520第5項って何?
ガチ勢の皆さんにとっては言うまでもないですが、監基報520「分析的手続」第5項は次のような短い規定です。
以下、これを「最終段階の分析」と呼ぶことにします。
私が業務執行社員を担当していたジョブで、こんなことがありました。
それは、審査から受けた素朴な質問が発端でした。
「P/Lで売上高が増えているのに、売上原価が減っているのはなぜですか?」
私は恥ずかしながら即答できず、時間をいただくことにしました。
実証手続の個別科目調書も見てみましたが、事業部別や製品グループ別の詳細な分析はあるものの、合算したベースでの答えは見つかりません。
マネジャーや担当者に聞いても首をかしげるばかり。
何か重大な見落としがあったのかと肝を冷やしましたが、答えは簡単でした。
「売上原価率の高い事業部の売上高・売上原価が大幅に減少する一方、売上原価率の低い事業部の売上高・売上原価が大幅に増加。ネットで売上高は増加し、売上原価は減少した」
要は、原価率が大きく違う事業部間でのセールスミックスが変化したということです。
結果的にリスクの識別漏れや、リスク対応手続の漏れはなかったのですが、「最終段階の分析」の重要性を痛感しました。
📊何を分析すればよい?
「最終段階の分析」の内容やその粒度は、監査先によってばらばらではないかと思います。
それもそのはずで、単一事業で子会社もない監査先もあれば、多様な事業をグローバルに展開する監査先もあります。
期中にまったく無風で変化に乏しいこともあれば、大型の買収によって単純な前期比較ができないこともあるでしょう。
とは言え、最大公約数的には次のような分析が必要になると考えられます。
🔹財務諸表レベルの勘定科目残高の前期比較
我々が監査意見を表明する対象は、財務諸表です。
その中でも何といっても本表、それも貸借対照表と損益計算書が最重要と言ってよいでしょう。
木を見て森を見ない監査をしていると、かつての私のように当たり前の質問にも答えられなくなってしまいます。
森のレベルで大丈夫か、を確かめるために、財務諸表レベルの勘定科目を分析することは必須です。
🔹主要な比率分析
売掛金の増加原因のコメントが「売上高が増加したから」。
それはそうなんですが、売上高が2割しか増えていないのに売掛金が2倍になっていたらおかしいでしょう。
売掛金、買掛金、棚卸資産などの回転期間分析は必要だと思います。
また、粗利率、表面税率といった比率分析も、財務諸表レベルの残高間の整合性を確かめるために有効です。
🔹より詳細な分析
事業が一つだけ、製品も一つ、販売チャネルも一つ、といった超シンプルな会社でなければ、ある程度分解しないと売上高、売上総利益、棚卸資産などの変動を理解することはできません。
分解の切り口は、事業部別、製品グループ別、販売チャネル別、顧客別、店舗別、地域別など、監査先の実態に即して選びましょう。
売上高などに大きな影響を与える販売数量、為替レート、市況情報(原油価格など)も分析に含めると、より説得力のある分析になります。
ただし、あまり細かくすると「監査人の理解と財務諸表が整合していること」を確かめるという趣旨を超えてしまいます。
連結財務諸表の場合は、売上高等の分解は主要な構成単位別が適切なことが多いでしょうね。
できれば連結消去後(取引高を消去し、未実現利益を控除した額)で分析できると、連結財務諸表レベルの増減に直結するコメントが得られます。
このほか、製造原価や販管費も、損益計算書では一行で表示されていたり、ざっくりとした費目でしか開示されていないことが通常ですので、試算表レベルなどより詳細なデータで分析したいところです。
📊「最終段階の分析」の進め方
この「最終段階の分析」、いつやっていますか?
実証手続がおおかた終わって、最終の審査の直前? それだと万一何か出てきても手遅れになってしまいます。
モデルケースとして、以下のような進め方はいかがですか?
🔹期末監査の初期
「最終段階の分析」のフォーマットは、できれば期末監査開始前に準備しておきましょう。当然、この時点では当期の数値や増減コメントはブランクです。
決算日が到来し、期末の監査がはじまり、監査先からある程度固まった単体決算数値が提供されたら、「最終段階の分析」のフォーマットに入力。
また、連結決算がだいたい固まったときには、連結ベースの「最終段階の分析」調書にも入力。
マネジャーが前期数値との変動を見て、気になるところは監査先に軽く質問したり、該当する勘定科目の担当者に注意喚起したりしておきましょう。
🔹期末監査中
各勘定科目の担当者は、所定の実証手続の実施に邁進するわけですが、マネジャーから注意喚起のあった事項については優先して確かめます。
マネジャーと話す機会に「何で変動していたか分かった?」と聞かれたときに、即答できるとマネジャーは安心できますし、「なかなかやるな」と一目置いてくれるはず。
シニアスタッフなど現場のとりまとめをしているメンバーは、各担当者に教えてもらったり調書を見たりして「最終段階の分析」調書にコメントを記入していきます。
🔹期末監査終盤
マネジャーは、個別科目の調書をレビューしつつ、「最終段階の分析」調書の記載内容を確かめていきます。
パートナーは、「最終段階の分析」調書を最初に見て、全体像を頭に入れます。そして重要な個別調書をレビューします。
審査もパートナーと同様で、「最終段階の分析」をじっくり見るところからスタートすることが多いでしょう。
おわりに
冒頭に「監査論も書けるもん」と啖呵を切りましたが、やはりゆるふわになってしまいました。
監査ガチ勢の皆さんは、
「ここは、違うと思うな」
「大事なことが抜けてるんじゃないかな」
などと違和感を持たれた点があると思います。
その違和感を共有いただくことで、議論が生まれ、議論の参加者やそれを見ている方々の理解が深まる。
それがこの記事の価値だろうと思います。
ぜひ、あなたのご意見をお聞かせください🙇♂️
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま