小林製薬「紅麹」事件、最悪の事態を招いたのは「危機下での○○の欠如」
深刻な健康被害を発生させた小林製薬の紅麹(べにこうじ)製品問題。不祥事は常に教訓を提供してくれますが、今回は特に危機管理について学びの多い内容になっています。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
小林製薬が製造、販売していた、紅麹原料を含むサプリメントによる健康被害の問題(以下、本件)。
2024年7月23日に事実検証委員会による調査報告書が公表され、同時に会長の退任、社長の降格を含む人事が発表されました。
健康被害を発生させたことが重大な問題であることは間違いありません。
しかし、それに加えて、被害に遭った患者の担当医から最初に連絡を受けた2024年1月15日から、事実関係をはじめて公表し製品回収に踏み切った3月22日まで、2か月以上を要したことも問題視されています。
今回はこの調査報告書に基づいて、なぜ2か月を要したのかを検討します。
もうお分かりかと思いますが、タイトルの「○○」の答えは「スピード感」、すなわち「危機下でのスピード感の欠如」です。
💊よくある「品質不正」と何が違うか?
本件も品質問題ですので、数多くの企業が公表してきた品質不正がまた起こったと思われるかもしれません。
よくある品質不正では、次のような経過をたどります。
本件でも、紅麹原料の製造ラインは人手不足で、ずさんな品質管理が行われていたようです。
しかし、組織ぐるみで低品質な製品を作り続けた、ということは、調査報告書を読む限りなさそうです。
それよりも、問題の端緒が現れてから、なかなか具体的なアクションが起こらなかったことが事態を深刻にしています。
💊2か月の間、何が起こっていたのか?
時系列で事実関係を整理します。
1月15日 病院に勤務するA医師から、紅麹製品を摂取して急性腎不全を起こした患者がいると連絡を受ける
1月31日 消費者から、腎臓に異常がみられ、医師により紅麹製品が原因の可能性があると診断されたと連絡を受ける
2月1日 別の病院に勤務するB医師から3件の尿細管間質性腎炎の症例について連絡を受け、これとは別に尿細管間質性腎炎の可能性があると診断された消費者からも連絡あり
2月22日 小林製薬からの申し入れにより、B医師と面談
2月27日 さらに別の病院のC医師から、腎障害の症例が連絡される
2月29日 小林製薬からの申し入れにより、A医師と面談
3月6日 外部の医師・弁護士に相談
3月13日 セカンドオピニオンをとるため、別の外部弁護士に相談
3月15日 患者が摂取したと考えられるロットの製品を分析したところ、意図しない成分が含まれている可能性が判明
3月21日 消費者庁にはじめての連絡(電話)
3月22日
午前 消費者庁の指示により、保健所にて事態を説明
15時 消費者庁に対してWeb面談にて事態を説明(厚生労働省も同席)
17時 「紅麹関連製品の使用中止のお願いと自主回収のお知らせ」と題するリリースを小林製薬のホームページに掲載
18時 記者会見
小林製薬と社外とのやり取りを中心に事実関係をまとめました。
特に小林製薬から社外に向けてのアクション(太字部分)を眺めると、問題を放置していたわけではなく、なにがしかの動きが継続していることが分かります。
また、ここには取り上げていませんが、おびただしい数の会議などの社内コミュニケーションが行われています。
例えば、2月1日から22日までずいぶん間が空いていますが、この間には次の会議等が行われていました。
信頼性保証本部内の臨時ミーティング(2月5日)
信頼性保証本部と社長との月次会議(2月6日)
社長、事業部長、常勤監査役のグループ執行審議会(2月13日及び20日)
会長へのメールでの報告(2月14日)
社外取締役へのメールでの報告(2月16日)
監査役会での社外監査役への報告(2月21日)
これらの会議等の多くで、「○○を調査する」などのアクションが決定され、次の機会に結果が報告されています。
💊日数を費やした原因は?
誰もさぼっていたわけではなさそうですが、それでも問題が疑われる製品を2か月以上も販売し続けることになってしまいました。
調査報告書により事実関係を追いかけて違和感があったこと。それは、人命がかかっているという切迫感がないことです。
社内の関係者は一生懸命に動いているようなのですが、通常業務の枠内での活動のように見えます。
前述のグループ執行審議会は、他社での経営会議に相当する重要な会議体のようで、毎週開催されます。
2月13日以降、グループ執行審議会では本件が常に報告され、方針が打ち合わせされていました。
しかし、後知恵ではありますが、消費者の健康が害されているとの報告が相次いでいる中で、週次の定例会議で議論することでよいのか。
むしろリアルタイムで意思決定し、誤りや新事実が発覚すればその都度軌道修正し、定例会議開催時には周知の事実として報告不要としてしかるべきではないか。
ようやく事態が動いたのは、意図しない成分が含まれている可能性が高くなった3月15日からです。
緊急ミーティングが連発され、外部公表に向けた準備が加速します。
それでも、実際に公表されたのは一週間後の22日でした。しかも、当初は26日で段取りされ、会長や一部取締役の強い意向で前倒ししての22日です。
💊根本原因は何だろう?
スピード感をもって事態を収拾するために、何が欠けていたのか。
それは「自分が解決する」という責任感と覚悟を持つ個人だと思います。
調査報告書から透けて見えるのは、次のような構図です。
役員は、従業員がしっかりやってくれていることを確認し、追認する
従業員は、役員の承認を得て安心する
問題ないように見えるかもしれませんが、役員は従業員に、従業員は役員に依存し、どちらにも「自分が解決する」という覚悟が伺えません。
このことが、普段の行動パターンの枠内での対応にとどまった最大の原因だと考えています。
おわりに
私が監査法人にいたときに、関与先である部品メーカーで品質問題が発生したことがありました。
その関与先の部品は、得意先の製品に組み込まれて消費者に販売されます。その最終製品に不具合があり、使用者がケガをしたり、場合によっては命を落とす可能性があることが分かりました。
得意先は部品メーカーに、回収して修理するように主張しています。しかし、得意先の製品の設計に問題があったのか、部品メーカーの製品に問題があったのかは分かりません。
そのときに、部品メーカーの社長は、回収・修理を即決したのです。
責任の分担を後回しにすることで交渉が不利になるとしても、人命には代えられない、という判断でした。
社長からこの話を聞いたときに、経営者の背負っているものを目の当たりにして鳥肌が立ちました。
その後の、引当金の監査はとても苦労しましたがw
調査報告書を読みながら、そのときのことを思い出しました。
企業の不祥事を学ぶときに、事実関係をすべて見通した神の視点で「どうしてこんなバカなことが起こるんだろう」と考えてしまいます。
しかし、もし自分が品質の責任者だったら、事業部長だったら、社長だったら、社外役員だったら、何か違うことができただろうか。謙虚に考えてみることで、最大の学びが得られると思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま