見出し画像

リアル「限定付適正意見」に学ぼう【監査ガチ勢向け】

「限定付適正意見」にはなかなかお目にかかることができません。
出会ったときに、できるだけ学んでおきましょう。


てりたまです。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めました。

3月31日に、ある上場企業について限定付適正意見が表明されました。

なかなかお目にかかることがないので、この機会に勉強しましょう。
なお、もちろん私は監査法人側、会社側のいずれにも関与しておらず、公表されている情報のみを参考にしています。また、文中意見に関する点はすべて私個人の見解です。

ところで、今回から監査人向けの記事には、タイトルに【監査ガチ勢向け】と付けることにしました。監査人以外の方の時間を無駄にしない配慮です。
ちなみに最近は「監査ガチ勢向け」の内容が増えており、家族から「つまらない」「ネコの写真でも載せろ」と攻撃にあうリスクが高まっています。家庭円満のため、今後監査人以外の方も楽しんでいただける記事も考えていく所存です。

ざっくり全体像

東証プライム上場企業のサムティ株式会社において、連結範囲の問題が発見されて特別調査委員会による調査が行われました。特定の取引先が緊密者または同意者に該当し、実質支配力基準により子会社になるのではないか、との問題です。
特別調査委員会の調査結果は、「子会社に該当するものと認めることはできない」。会社もこの立場をとり、連結していません。

これに対し、監査人であるEY新日本有限責任監査法人は、子会社でないとの判断をサポートする十分な証拠がないとして、限定付適正意見を表明しています。

この監査報告書、会社法(招集通知)は9ページ、金商法(有報PDF)では10ページ(原本保管とXBRLに関するいつもの注記を含めると11ページ)に及び、おそらく日本の監査史上最長ではないかと思います(間違っていたらすみません)。
全体を説明するとものすごいボリュームになりますので、クイズ形式でポイントを見ていきましょう。

前提知識

クイズに挑戦いただく前に、いくつか前提となる事項があります。

  • 2022年11月期の連結財務諸表監査について、監査範囲の制約による限定付適正意見が表明された

  • 同年度の単体財務諸表については、無限定適正意見が表明されている

  • 同年度の経営者による内部統制報告書では、開示すべき重要な不備が開示され、内部統制は有効でないとの結論となっている

クイズの顔ぶれ

まず問題を紹介します。
答えはすぐに分かりますか? 本件を知らなくても回答できるものもありますよ。

問題❶ 監査意見
監査意見の区分において、無限定適正意見の監査報告書と異なる点を二つ挙げてください。

問題❷ 監査意見の根拠
無限定適正意見の監査報告書では、監査意見の根拠の区分に次の文言が入ります。
「当監査法人は、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査を行った。監査の基準における当監査法人の責任は、『財務諸表監査における監査人の責任』に記載されている。当監査法人は、我が国における職業倫理に関する規定に従って、会社から独立しており、また、監査人としてのその他の倫理上の責任を果たしている。当監査法人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断している。」
本件でもほぼ同じ文言が末尾に入りますが、異なる点が1か所あります。それはどこでしょう?

問題❸ KAMとその他の記載内容
以下の二つの文章は、いずれかが正しく、他方が誤っています。正しい方はどちらですか?
A「限定付適正意見を表明する監査報告書では、『監査上の主要な検討事項』と『その他の記載内容』は省略する」
B「限定付適正意見を表明する監査報告書では、『監査上の主要な検討事項』と『その他の記載内容』の記載順序が、無限定適正意見の場合と比べて逆になる」

問題❹ 内部統制監査
連結財務諸表監査に限定付適正意見が表明されたことで、内部統制監査の監査報告書にはどのような影響がありますか?

問題❺ 単体財務諸表監査
単体財務諸表の監査報告書には適正意見が表明されています。連結財務諸表監査に限定付適正意見が表明されていることで、単体にはどのような影響がありますか?

問題と解答

では、一つひとつ見ていきましょう。

問題❶ 監査意見

監査意見の区分において、無限定適正意見の監査報告書と異なる点を二つ挙げてください。

解答
区分のタイトルが「監査意見」から「限定付適正意見」に変更される
・以下の太字の箇所が追加される
「…上記の連結財務諸表が、『限定付適正意見の根拠』に記載した事項の連結財務諸表に及ぼす可能性のある影響を除き、我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の…」

これはもう、名刺に「公認会計士」と刷っている人には楽勝ですね。
修了考査合格前の皆さまも、勉強済みかもしれません。
合格したのに公認会計士を名乗れない皆さまは、お願いですので早く登録手続を済ませてください。

問題❷ 監査意見の根拠

無限定適正意見の監査報告書では、監査意見の根拠の区分に次の文言が入ります。
「当監査法人は、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査を行った。監査の基準における当監査法人の責任は、『財務諸表監査における監査人の責任』に記載されている。当監査法人は、我が国における職業倫理に関する規定に従って、会社から独立しており、また、監査人としてのその他の倫理上の責任を果たしている。当監査法人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断している。」
本件でもほぼ同じ文言が末尾に入りますが、異なる点が1か所あります。それはどこでしょう?

解答
終わり近くの「意見表明の基礎」が「限定付適正意見表明の基礎」に変わる

監査意見の根拠の区分では、上記のほかにもう一点重要な変更があります。
タイトルが「監査意見の根拠」から「限定付適正意見の根拠」に変わります。
本件監査報告書では、この区分だけで6ページ半に及んでいます。

本件では、「限定付適正意見の根拠」区分はおおむね以下の構成になっています。(私が勝手にネーミングしています)

  • 背景と経緯

  • 会社の結論

  • 監査人の結論

  • 監査人の結論の根拠

  • 連結財務諸表への影響

  • 通常の「監査意見の根拠」区分の文言(ただし上記の変更あり)

この中で「監査人の結論の根拠」は、「緊密者該当性」と「同意者該当性」に分け、それぞれポイントとなる論点ごとに「会社の主張」と「監査人の見解」を表形式で対比しています。かなり読みごたえがあり、行間から緊迫した議論がにじみ出るようです。

連結財務諸表への影響は、重要ではあるものの、影響を受ける勘定科目が限定されることから広範ではないとの判断。このため、限定付きながら監査意見が表明できています。

問題❸ KAMとその他の記載内容

以下の二つの文章は、いずれかが正しく、他方が誤っています。正しい方はどちらですか?
A「限定付適正意見を表明する監査報告書では、『監査上の主要な検討事項』と『その他の記載内容』は省略する」
B「限定付適正意見を表明する監査報告書では、『監査上の主要な検討事項』と『その他の記載内容』の記載順序が、無限定適正意見の場合と比べて逆になる」

解答
Bが正しい

「監査上の主要な検討事項」と「その他の記載内容」を省略するのは、意見を表明しない場合でした。(監基報705.28)
限定付適正意見の場合は記載が必要。本件でも、もちろん記載されています。
順番が逆になるのは、限定の原因となっている事項が「その他の記載内容」にも影響を及ぼすことが多いためのようです。監基報705でも720でも、「その他の記載内容」、「監査上の主要な検討事項」の順になっています。

本件におけるKAMとしては、連結範囲の問題ではなく、収益認識と販売用不動産の評価が取り上げられています。

「その他の記載内容」は、無限定適正意見の監査報告書では「その他の記載内容に関して、当監査法人が報告すべき事項はない」で終わるのに対し、本件では限定付適正意見の根拠として記載した事項のために「当該事項に関するその他の記載内容に重要な誤りがあるかどうか判断することができなかった」で終えています。
当該事項に関する部分以外については判断できるように思いますが、監基報720の文例5でも言及されていません。

問題❹ 内部統制監査

連結財務諸表監査に限定付適正意見が表明されたことで、内部統制監査の監査報告書にはどのような影響がありますか?

解答
開示すべき重要な不備に関する強調事項の中で、「財務諸表監査に限定が付された原因となった事項が及ぼす可能性のある影響を除き」との文言が追加される

本件では、開示すべき重要な不備があることと、財務諸表監査に限定が付されていることの2点が通常と異なります。
これを一緒くたにすると分かりづらいので、別々に説明しましょう。

一般に、開示すべき重要な不備がある場合は、経営者の内部統制報告書において「内部統制は有効でない」との結論を表明し、監査人の内部統制監査報告書では「適正意見」を表明し強調事項を付すことが通常です。
本件の内部統制監査報告書も、この基本的な立て付けによって作成されています。

財務諸表監査に限定が付されていることによる影響は、強調事項の中にあります。
開示すべき重要な不備がある場合、通常、強調事項は
「これによる財務諸表監査に及ぼす影響はない」
とのそっけない一文で終わるのですが、本件ではこうなっています。
「上記<財務諸表監査>の「限定付適正意見の根拠」に記載した事項の連結財務諸表に及ぼす可能性のある影響を除き、これによる財務諸表監査に及ぼす影響はない」

問題❺ 単体財務諸表監査

単体財務諸表の監査報告書には適正意見が表明されています。連結財務諸表監査に限定付適正意見が表明されていることで、単体にはどのような影響がありますか?

解答
「その他の記載内容」の最後の一文が、連結に準じた内容になっている。

本件では、連結範囲が問題になり、また親会社や他の連結会社は問題となる取引先の株式を保有していないため、単体財務諸表への影響はありません。
したがって、適正意見が表明され、文言にもほとんど影響はありません。

一点だけ異なるのが、「その他の記載内容」です。連結と同様、「当該事項に関するその他の記載内容に重要な誤りがあるかどうか判断することができなかった」で終えています。

おわりに

限定付適正意見との結論に至るまでに、監査チームとクライアントとの間で、また監査法人の内部で、膨大な時間をかけて議論が行われたと想像しています。
また、限定付適正意見が固まってからも、10ページもの監査報告書をドラフトして文言を一つひとつ詰める作業にも、気が遠くなるような時間と労力が費やされたに違いありません。
背景を何も知らずに軽々しいことを言うべきではありませんが、これだけの大仕事を終えられた監査法人とクライアントの関係者の方々に敬意を表したいと思います。お疲れさまでした。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま


いいなと思ったら応援しよう!