【投資家向け:監査人交代はなぜ起きるのか 前編】企業が開示している理由は真に受けてよいのか?
監査人交代の適時開示では、企業は交代の理由を記載することになっています。しかし、開示されている理由だけでは、分からないこともあるのです。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
以前の監査人交代では、その理由は判で押したように「任期満了」。今は東証の指導もあり、少しは改善されました。
しかし、「本当の理由」は違うところにあるかもしれません。
今回と次回の2回に分けて、「監査人交代理由」についてお話しします。
なお、結論を先に言いますと、監査人交代の本当の理由は外からはなかなか分かりません。
また、その理由が分かったとして、株主から見てプラスの場合もマイナスの場合もあります。しかしプラスやマイナスだからと言って、すぐに株価に影響があるとも限りません。
投資判断の材料としては使いづらい監査人交代ですが、その背景や、どんなケースがあるのかをご理解いただければと思います。
🤔監査人交代をめぐる環境
監査人交代を難しくしている環境と、容易にしている環境の両方がありますので、監査人交代理由についてお話をする前にご説明します。
監査人交代を難しくしている環境
監査人を交代するためには、株主総会で新しい監査法人を選任する決議が必要になります。
それに先立ち、監査役会が総会の議案を決定し、招集通知に掲載することも必要となります。
スムーズに終えたい総会の決議事項を増やすこと、そこに至る手続も必要なことは、企業にとってのハードルになります。
また、監査をするためには、企業のビジネスやプロセス、そしてもちろん会計記録に関する膨大な情報が必要となります。
継続している監査人であれば、過去の監査で入手した情報を監査調書を通じて、または継続している監査メンバーを通じて利用することができます。
しかし、監査人が交代すると、企業は新任監査人にこれらの情報を最初から伝えないといけません。
これは企業、特に監査人への窓口となる経理部門にとって大きな負担となります。
監査人交代を容易にしている環境
かつては監査人交代は極めてまれでした。
その中で交代することは、何か異常事態が発生しているのでは、とさまざまな憶測を呼ぶことになります。
最近は、監査人交代の事例が増えています。
異常事態が発生していることもありますが、そうでないこともあり、冷静に見られるようになってきたと思います。
ヨーロッパなど海外では、監査人を一定期間ごとに変更する(あるいは、少なくとも変更を検討する)ことを義務付けている国もあります。
その背景には、長期間にわたって同じ監査人が監査をしていると、癒着があったり、過去の判断を批判的に検討できなかったり、という弊害を心配する声があります。
なお、現実にどの程度の弊害があるのかは議論があるところです。
🤔開示されている監査人交代理由
企業が開示している監査人交代理由を見ておきましょう。
東京商工リサーチが2024年3月4日に発表したところでは、2023年の上場企業の監査人交代は全部で264社。
一番多い理由は、監査法人の合併による83社ですが、これは監査法人同士の合併で消滅するほうの監査法人の監査を受けていた会社の数で、実質的には監査人交代とは言えません。
この数は、大型の監査法人合併があった年に大きくなります。2023年にはPwCあらた監査法人がPwC京都監査法人を吸収合併しています。
そのほかでは、監査期間が長いことを理由に挙げている企業が75社、監査報酬が高いことを挙げている企業が67社となっています。
🤔監査人交代の本当の理由?
紋切り型の「期間満了」よりはずいぶん進歩しましたが、それでも本音の理由は別のところにあるかもしれません。
例えば、こんな二つのケースがありえます。
監査人は、何らかの理由で監査をおりることを決定。しかし、本来の理由を告げるのではなく、監査報酬の大幅値上げを提示して、企業の監査人交代を促した。
→企業は監査人交代理由として「監査報酬が高い」ことを開示監査人が何かで大失敗し、企業の経営者と監査役が激怒。監査人は平謝りに謝るが、企業側の怒りは収まらず、監査人交代に踏み切る。
→企業は監査人交代理由として「監査期間が長い」ことを開示
それでは、「何らかの理由」「何かで大失敗」とはどんなことなのか。
次回、開示に隠れた本当の理由についてお話しします。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま