監査報酬を政府が支払うことにしたら、どうなる?【監査ガチ勢向け】
監査法人はクライアントから監査報酬を受け取る以上、独立性を保てないという議論があります。それでは、どんな方法がよいのでしょうか?
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。
監査報酬を政府のような公的な機関が一括して徴収し、監査法人に分配する方がよいのではないか、という意見をときどき目にします。
そこには、クライアントから監査報酬を受け取りながら、クライアントに厳しい監査はできるわけがない、という前提があるように思います。
私自身は、「今のままでも必要なレベルで独立性は維持できている」と考えていますので、そんな意見は脊髄反射的に拒絶してきました。
ただ、考えもしないで反対するのはよくないので、一度どのように実現できるかを考えてみました。
監査報酬を政府が支払うモデル
あくまでも妄想の域を出ないのですが、もし実現するとしたら、こんなモデルになるのではないでしょうか。
政府または公的な機関が被監査会社から監査報酬を受け取り、監査を担当する監査法人に配分する(以下、「公的機関」と呼ぶことにします)
公的機関は、各被監査会社の監査人選定も行う
監査法人は民間企業のまま
実現に向けての課題
このモデルを真剣に議論するのであれば、次のようなことを詰めないといけません。
監査法人をどう選定するか
公共工事のように、入札で監査法人を決めるのはいかがでしょうか?
国土交通省の「公共工事の入札契約方式の適用に関するガイドライン」には、落札者の選定方法が複数紹介されています。
価格のみで決める「価格競争方式」は、品質が問題になりやすい監査には適切ではありません。
そこで、「総合評価落札方式」がよさそうです。
「総合評価落札方式」は、価格とそれ以外の要素を点数化し、それを足し合わせた評点のもっとも大きい者を選定する方法です。
(ほかにも、価格以外の要素だけを点数化し、それを価格で割ったもので比較する方法もあるようです)
監査法人が受け取る報酬をどう決めるか
被監査会社から集めた報酬を、見積監査工数など一定の指標により按分する方法が考えられます。
ただ、監査工数の見積りが水ぶくれしないようにチェックする仕組みも必要です。
それよりも、入札時の監査法人の提案に報酬額も含める方がうまくいきそうですね。
これも含めて、「総合評価落札方式」の中で考慮します。
なお、監査がスタートしてから、買収や不正の発覚など報酬の見積時点で考慮しえないイベントが発生することがあります。
イベントがなくても、内部統制のレベルが想定以上に低いなどの理由で監査工数が余分に発生することもあるでしょう。
国土交通省の「ガイドライン」には、価格の決め方についても複数の方式があり、一定金額で契約するとともに、変更がある場合の単価をあらかじめ合意しておく方法が紹介されています。(「総価契約単価合意方式」)
被監査会社が支払う報酬をどう決めるか
選定された監査法人に支払われる報酬と同額を、被監査会社に請求するのが一番簡単そうです。
公的機関の運営費をどうまかなうか
新しい組織を作れば、人件費やさまざまな経費が発生します。
税金でまかなおうとしても財源の確保が難しいので、被監査会社か監査法人(あるいは両方)から報酬の一定率を手数料として受け取ることが考えられます。
「監査報酬を政府が支払うモデル」の問題点
このように考えを進めると、このモデルの難点も見えてきます。
ただ、私は現在のモデルを頑迷に推している守旧派なので、その点は割り引いて読んでください。
公的機関は、被監査会社の詳しい事情を把握せずに選定することになる
会社はどれ一つとして同じものはありません。
現状の監査人の選定では、そのような状況を候補となる監査法人に説明することもあれば、監査法人が事前のヒアリングで聞き出すこともあります。
被監査会社は、その対応も見極めて、監査人を選定しています。
公的機関も事前に被監査会社から情報を入手したり、候補監査法人に被監査会社へのヒアリングを許可することも考えられます。
しかし、公的機関がさまざまな状況を適切に勘案して選定することは相当に難しいと思われます。
海外子会社の取り扱いが難しい
海外子会社を含むグループ監査の場合、海外の監査人をどう決めるかを考えないといけません。
入札により海外も一括して決めることにしてもよいのですが、日本の公的機関が海外の監査人も決めてしまうことは、嫌がる国も出てきそうです。
海外子会社は切りはなして、これまで通り被監査会社が選定、契約することもできます。
ただし、子会社の監査報酬をふくらませ、親会社の監査人に還流させて、被監査会社に迎合した監査を行う、という脱法行為を防止する仕組みが必要になります。
監査役等からのガバナンスが効きづらい
監査役会等は、会計監査人の株主総会での選任・解任議案の内容を決定する権限や監査報酬への同意権を持っています。
このような権限を持つことで、会計監査人に対して職務を果たすようプレッシャーを与えることができます。
ところが、これらが公的機関に取り上げられてしまうと、監査役会等は重要なツールを失うことになります。
その上でどうやってガバナンスを効かせるかは問題になります。
「監査品質」以外の「品質」が評価されづらい
現在の監査人選任・再任では、いわゆる監査品質以外にも、次のような項目も評価されていると思います。
被監査会社の負担への配慮
適時適切なコミュニケーション
事前に打ち合わせたスケジュールの尊重
監査品質が犠牲になってはいけませんが、これらもサービスの「品質」です。
「被監査会社の負担の配慮」や「適時適切なコミュニケーション」は数値化しづらいため、入札時に評価することが難しいと考えられます。
また、事情によっては必要な監査品質を達成するために「スケジュールの尊重」が適切でない場合もあるため、公的機関としては取り扱いづらいと思われます。
その結果、これらの項目が被監査会社にとって耐えがたいほど低レベルであったときに、どのようなアクションが採れるかが問題となります。
公的機関が監査人の変更を希望する一方で、監査法人は問題はなかったと考えている場合、両者の主張を調停する仕組みが必要になります。
参考
「公共工事の入札契約方式の適用に関するガイドライン」国土交通省(令和4年3月)
おわりに
ひたすら妄想するだけの回に付き合わせてすみません。(私のnoteではよくありますが)
皆さんが考えられるきっかけになればいいなと思っています。
「もっとこんな論点がある」「その『問題』は簡単に解決する方法がある」と気づかれたことがあれば教えてください。
ここまで考えて、実現は不可能ではないものの、かなり高いハードルがあると感じます。
監督官庁は今の制度の否定はしづらいので、よほど独立性が問題となる監査不祥事が相次ぎ、ほかに選択肢がないほど追い込まれないと動きづらいでしょう。
結局は政治家が問題意識を持ち、そこに相当な情熱を注がないと実現しないと思います。
そもそも監査業界では制度は勝手に変えられないので、「報酬を支払ってくれる相手への独立性なんてないでしょw」というご意見は、聞いてもらえそうな国会議員を捕まえて主張してください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま