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お聴聞手帖 記念すべき1ページ目やいかに。
こんにちは、寺嫁お京です。
九州ではポカポカ日和が続いて春が芽吹き、気持ちも身体も眠りから覚めたように弾み…食欲が止まりません。
先日、SNSのどこそこでご紹介がありました「お聴聞手帖」が私の元にも届きました。今回は、そちらの手帖をご紹介したいと思います。
お聴聞とは
お聴聞とは、ご法話を聴くことを言います。浄土真宗では、このお聴聞によって仏縁をいただきます。
お聴聞手帖とは
この度、購入させていただいたお聴聞手帖は、浄土真宗本願寺派備後教区の若手僧侶さん(20〜45歳)の集まりで出版されたものになります。
お聴聞し、各々でいただいた気づきを記入できるようになっています。1冊48座分あります。
詳細はこちらにあるのでご紹介させていただきます。
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近頃、お聴聞が楽しくなってきた寺嫁お京はさっそく購入。黄色と紺色の2色ありどちらも購入しました。
自坊では毎月2日に常例法座(お聴聞の場)を執り行っているのですが、この手帖が届いたのはなんと前日の1日! なんという縁なのでしょう、と前日から常例法座が楽しみでした。
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お寺をあげてお聴聞一色モード。
やれお聴聞祭り。(私の中で勝手に)
「よし!学ぶぞぉ〜!」
裏の仕事をササっと済ませて、私もお御堂の隅に着座。気持ちは前のめり。
「阿弥陀仏とは」
というところでお話が始まりました。
しばらくすると…
「シーだよ。」
と子どもを注意するお母さんの声が聞こえてきました。
そう、この日初めてお聴聞に来てくださった親子がいたのでした。子どもさんは3歳。
イスに座っていたものの、少しすると机の下に潜り込みはじめました。机の下から机をパンパンと音を鳴らす遊びを見つけ、その時お母さんに「シーだよ。」と言われているのです。
子どもが食べられるグミがあったのを思い出したので、私はそれをお皿に5個盛ってその子どもさんのところへ持っていきました。
子どもさんは目を輝かせ食べ始めました。
よかった。
しばらくするとまた机の下に潜り込み仰向けに。
(後から聞くと、グミが大好きな子どもさんで5個のグミはあっという間になくなったそうです。)
私は次の策で、絵本とハム太郎の指人形を持っていきました。また、目を輝かせて静かに遊び始めます。
ふぅ〜良かった。
しかし…少しすると今度はお経本を雑巾かけのようにして畳の上を拭き始め、いよいよ法座中にお母さんが怒り始めてしまいました。
私は
「そうよね、キツイよね、限界だよね」
とお聴聞を諦めて子どもさんと一緒に遊ぶことを決意。
小さな声で
「一緒に遊びに行こうか」
と声をかけてパッと2人を見ると、子どもさんもお母さんの顔もともにひきつっていました。
「もっと早く連れ出してあげたら良かったな。」
子どもさんと手を繋いでお御堂を出る時に、いつも来てくださる御門徒さんに
「子どもには無理させちゃいかんよ。」
と耳打ちされました。
おっしゃる通りです。
あの場にいた全員が苦しい思いをしていたことに気づきました。
私はまずお母さんの心境を察するべきでした。
いいえ、気づいていたのにお聴聞への欲が優先してしまっており、あの場でどうにかならないかと願っていたのだと思います。
でも、その答えはその場から離れて悠々と遊び始める子どもさんの姿にあらわれていました。
終わってお母さんに声をかけて笑顔で帰っていただいたものの若坊守として仏法との縁の場を作ることが出来ずにいたこと、場をつくることとは…考えさせられる出来事でした。
法座が終わり片付けもひと段落して
お聴聞手帖を開いてみました。
「あぁ…聴けなかったなぁ…。」
それでもやっぱり聴きたかったことに執着している私。
すると、この文言が目に入りました。
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「そうか、忘れてもいいのか…聴けなかったとしても良かったのかもしれない。むしろ、この出来事が今回の私のお聴聞の縁だったのかもしれない。」
そう考えることが出来たのです。
それから
これまでの常例法座は、来慣れている方ばかりだったことで滞りなく行えており、私も自坊でお聴聞の機会をいただけていたのです。
常例法座は「どなたでも」聴きに来ていただいていい法座です。
産まれたばかりの子どもさんが来てもいい、
車椅子の方が来てもいい、
耳が不自由な方が来てもいい、
そういった包容力がある法座だということを思うと、私の役割は皆さんがお聴聞できる環境づくりに徹することだと気づきました。
もっと間口を広げて「どなたでも」来やすい環境づくり、働きかけをしていきたい。
お寺に足を運べない御門徒さんは他にどんな方々がいるのだろうか…と様々な疑問が湧いてきました。
ということで、記念すべき1ページ目はこのようになりました。
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私はこの出来事との縁のおかげで、大きな気づきを得ることが出来ました。
そして、私は外に出てお聴聞の機会をいただくことを誓うのでした。
ご縁の場
私の夫(住職)も教区の若手僧侶で結成した子どもたち対象のご縁の場づくりに携わっています。
毎度、子どもたちとのレクレーションのため、手作りのゲームや人形劇、ムービーなどなどを制作し子ども会を行っています。
僧侶さんの中でも色んな連盟があるようなのですが、私の中では若手僧侶さんたちの取り組みが『推し』です。自由で柔軟で謙虚な取り組みをされていて何より仏教初心者の私たちに優しいです。
https://note.com/terayome_okyo555/n/n9954ac4620b1
以前書いた記事の研修内容もその若手僧侶さんの研鑽の場のひとつでした。
ね、良いでしょ?素敵でしょ?
今日からお彼岸週間です。
自坊の春季彼岸法要の日程は、なんとWBCの準決勝、決勝の日程とダダ被り。
でも…皆さんに、夫(住職)のお話を聞いて良かったぁと思ってもらえるよう頑張るのみ。だって、
『WBC=若手 坊さん クラシック』
だもの。
最後までお読みくださりありがとうございます。