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自信を持って!あなたは勉強ができません!

こんにちは!
寺子屋ペンギンです(*´ω`*)

何やらあおり散らかしたようなタイトルですね(笑)
でもこのタイトルこそ結論です。
興味があったら読み進めてみてください。

はじめに言っておきますが

わかっておいてほしいのは、勉強ができない人を

・バカにする意図はないこと
・責める意図はないこと
・その勉強が無駄に終わる可能性を示唆するものではないこと

です。
なぜなら私自身が勉強ができない人間だったからね。
言ってしまえば、勉強できないことを笑う資格なんてないわけです(いや、誰にもないんですけどね)

自分と向き合う

よく聞く言葉だと思います。
「自分と向き合う」
皆さんはできていますか?

別の言葉を使うなら、
「自分に素直になれているか」
「自分を素直に受け止めているか」
といったところでしょうか。

ここでは勉強のでき具合についてフォーカスしているので、学校の成績やテストの点数などを思い浮かべてください。
このとき、

点数や成績を具体的に思い出さなかった人
テストの出来をイメージしながら「まぁ、ね……」と言葉を濁す人
自分の点数や成績から目をそむけた人

などなどは、まさに自分を素直に受け止めていないと言えますね。

ちなみに私は……

中学時代の私、それはそれはひどい点数でしたよ。
平均点がとれている教科なんて……国語くらいだったかな?
実技系の教科もまぁまぁとれていたかと。

これも、かなりぼんやりした記憶です。
ただただ「勉強ができない」ということが強く記憶に残っているだけです。
そもそも国語ですら得意科目とは言えませんでしたからね。
ずば抜けて良い点数ってわけでもなかったのもありますが、他がひどいから、それだけできていても「得意」という評価はできなかったんですね。

私は勉強ができませんでした。
そんな中学時代です。

そして私は、そんな自分を受け入れていませんでした。
もちろん「(それでも)自分はできる!」とハッピーなことを考えていたわけじゃありませんよ(笑)

できないことはイヤでした。
しかし、かといって、

予習のひとつでもしていったかと言えば、してない
できなかったところを繰り返しやり直したかと言えば、してない
とにかく時間をとってめっちゃ勉強したかと言えば、してない

点数や成績が上がるムーブなんてなんにもしてない(笑)
できない自分を嫌がっていただけです。

正当な評価が下されただけだよってこと、どんなおバカさんでもわかりそうなことじゃないですか?
でもちょっとやそっとのおバカさんは、そんなことがわからないんですよ。

自分と向き合うには

この「おバカさん」という言葉に引っかかりを覚えてほしいのですけど、どうでしょうか?

そうだよ、自分はバカだよ!
それがどうした!

くらいの虚勢を張ろうものなら、それはちょっとやそっとのおバカさんの部類だと思ってください。

ここで気をつけてほしいのは、以下の人。

本気で勉強というものに価値を感じてない
・自分は「正真正銘、勉強ができない」と心の底から思っている
・勉強する意味も必要も本当にわからない

そういう人はちょっとやそっとのおバカさんではないです。
なんと呼ぶかはそれぞれにお任せしますが、そういう考えの人はそれで良いのです。本気で、心の底からそう思っているなら、本当にそれで良い。

要するに、自分のおバカさん具合をしっかり振り切ってるかどうかが重要なのです。
本気で自分のバカさ加減がわかっていて、それでいて「勉強するか」「勉強しないか」の選択肢を選べている人は、自分と向き合っていると言えますよ。

「勉強しない」を選択した人で、「勉強しなけりゃ生きていけないぞ」「こんな成績でこの先どうするんだ?」なんて言葉に揺るがない人は、正直なんとでもなるんじゃないかと思ってます。
たとえばここで揺るがない人は、いずれ勉強しないとどうにもならない壁にぶつかったとき、今度はその揺るがない心で勉強に走るんじゃないか、とかね。

振り切るって、めっちゃ強い武器なんですよ。
はっきりと「自分は勉強が理解できていない」ことを認めるんです。

「どうせバカだよ!」「できなくたって良いわ!」「コレができないだけで、ここはわかってる!」なんていうのは強がりです。自分が認めなくたって、ただの強がり。
目先のテストの点数や成績はないがしろにしているくせに、将来「勉強してないせいで……」の漠然とした不安は持ってる、ちょっとやそっとのおバカさんです。

自分と向き合うには、ちゃんとおバカさんになることですよ。

真のおバカさんになりましょう

思うに、ちょっとやそっとのおバカさんはプライドが高いんですよ。
勉強できないってわかっててしないのに、低い点数や悪い成績はしっかり恥ずかしい。
恥ずかしいくせに、改善する努力は怠る。

「勉強できないけど勉強しない」ことに振り切ってる人は、たとえ一桁点のテストでも、こともなく見せてくれますよ。
恥ずかしいなんて思う必要ないんで。勉強できないことが恥ではないのですから。

やらなきゃ。でもなぁ、面倒くさいな……。
テスト一週間前に詰めてやれば良いか。
ひととおり課題をやっておけば何とかなるだろう。

それでどうにもならない結果が返ってくるんですけど、それを繰り返すのってすごく負担じゃないですか?

やるなら、やる。
やらないなら、徹底的にやらない。

心の負担って、このどちらかでかなり軽減されます。
そして、オススメは絶対に前者です。
「徹底して勉強しないまま人生を乗り切って見せる」という覚悟を持つのは、相当な事情や精神力でもない限り、かなり難しいと思います。それを貫いて生きていける人はマイノリティなのではないでしょうか。

やるからには、変に虚勢を張らず、どんな低いレベルでとどまっていてもそれを認め、自分のおバカさんをしっかり自覚して勉強しましょう。

脱!ちょっとやそっとのおバカさん!

ちなみに私は……2

私もまぁプライドは高かったですよ、無駄に。
コンプレックスも一丁前で、「わからない」「できない」って言うのが恥ずかしいんです。悔しいんです。

でも、わからないんだし。知らないんだし。

「知らないんだから仕方ない」ってきちんと思えるようになってからは、勉強のスタイルは変わりましたね。
私はおバカさんなんだから、ちゃんと教えてもらわなきゃ! って。

自分が知らないことだとわかって学んでいるので、勉強していて物事の吸収率が良くなったと思います。
知らないことを知るのが楽しくなったし、なぜそうなるのかを理解して感動できるようになりました。

無知だからこそ入ってきた知識が心を打つのですが、素直なおバカさんでなければ、その感動も半減していたかもしれませんね。

自信を持って!

ということで、やりましょう。
勉強はやりましょう。
できないことが恥ずかしいならやりましょう。
面倒くさいのは百も承知でやりましょう。
何度も何度もやり直さないと理解できないとわかってやりましょう。

良いですか?
あなたはできないんです。勉強できないんです。
素直に自分のバカさ加減を認めるんですよ。
虚勢なんて張らなくて良いんです。

素直に「わかりません」をぶつけてください。
真のおバカさんになることは、自分の心を軽くします。
勉強は相変わらず面倒くさいと思うかもしれませんが、向き合い方は変わるはずですよ。

そして、真のおバカさんを、先生は歓迎します。

自信を持って!
あなたは勉強ができません!

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