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大人たちに言いたいこと
私は、走れば1分以内にたどりつく目の前の中学校ではなく、電車に乗って、小一時間かかる私立中学校に通っていた。
6年生の秋に急にそこに行きたいと言いだして、受験し、進学を決めた。
そして、入学する前に、母に言われたことを覚えてる。
ーお父さんも、お母さんもあなたたちに学校に行ってもらっているわけではない。行かせてやっているんだ。あなたは、ゆっくり歩いても5分以内で着く中学校ではなく、遠くの中学校を自分で選んだの。雨が降っても槍が降っても、送っていくなんてことはないから、自分で通いなさい。
さすがに、槍が降ることはなかったけれど(笑)、雪の予報が出たら、少し早く起きて駅まで歩き、大雨でもレインコートを着て自転車で、または、早めに出て歩いていく計画を自分で立てて、その後、高校を卒業するまで同じ道を通った。
とはいっても、風邪をひいている日などに雨が降ったり、寒かったりしたら、母のほうから送ってやると声をかけてくれた。でも、私は自分から送ってと頼むこともなければ、送ってもらった日も、迎えに来てもらうことを当然だとは思っていなかった。帰りの時間に母が忙しければ、歩く、バスに乗るなどの方法で家にたどりついた。
「専業主婦」と呼ばれていても、5人の子どもを育て、下宿生、居候のいる家庭の主婦であるだけではなく、父の仕事を手伝う母が「専業」でないことを私は知っていた。父が、身を粉にして働いて、私たちの豊かな生活をさせてくれていることを知っていた。
父の仕事の実際の大変さは、同じ仕事をして初めて知ったにしても・・・。
そんな親の子への姿勢に、私は、時間の使い方を学び、自立の意味を知った。自分だけではなく、人の時間の貴重さ、他の人を大切にすることを教わった。
一方、今遭遇する堂々と遅刻をし、無断欠席をし、振替授業を忘れ、相手の時間を無駄にすることに躊躇のない子どもたちの周囲の大人たちは、概して、自分は忙しい、忙しいと言いながら、他の人の時間を無駄にしたり、人にかける迷惑に無頓着だ。
自立は、一人で何でもできることではなく、人に適当なときに頼ることができ、また人に頼られる人になることだ。人の時間を無駄にしても、自分の思う通りに時間を使えると思っている間は、自立することはできない。
だから、自分の時間だけではなく、人の時間を大切にする努力をしてほしいと子どもたちには伝えてほしい。本当は、人の時間を無駄にするということは、自分の時間も無駄にしているということも。
お迎えに来てもらうことを当然のように思い込んで、待たせても平気な顔でいるのに、自分が待たされると不機嫌になる子どもたちを見るたびにー私は、不安になる。
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