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福岡に引っ越してきて

 去年の8月に福岡に引っ越してきた。それまで僕は東京にいた。鳥羽さんに、フリースクールを立ち上げるのでスタッフとして働かないか、と誘ってもらったのが去年の5月。初対面だったのにもかかわらず、誘ってくれた理由はいまだによくわかっていない。福岡に引っ越すことも、子どもと関わる仕事をすることもそれまでまったく想定していなかった。あれからあっという間に時間が経過している。

 引っ越してきたばかりの頃は、東京の友達や家族と電話やLINEでやりとりしている時間が多かった。ひとり福岡に引っ越してきて寂しさを感じるかもしれないと思っていたけれど、変わらず連絡を取り合っていたので案外大丈夫だった。引っ越しをする前に想像していた東京との「遠さ」を感じることはほとんどなかった。

 今でも自分が東京にいるつもりになっていることがある。ネットで東京のお店の情報などを見て、今度なにかのついでに寄るか、と思っていたりする。東京の郊外に住んでいたので、これまで自分が東京にいるという意識もほとんどなかったのだけど、福岡に引っ越してみて自分は東京にいたんだな、と時々思う。最近はニュースなどで「福岡」という文字に反応することも増えてきた。

 8月末に福岡に台風が近づいてきたときに、友達や家族から「九州の台風はひどいイメージがあるから気をつけて。窓が割れるかもしれないから養生テープを貼ったほうがいい」と連絡が来た。激しい雨の中、傘をさして養生テープを買いに行ったが、近くのコンビニには売ってなかった。近くの別の店は台風に備えて休業にしていた。あまりの風の強さで傘が壊れた。結局、養生テープは買えずに、壊れた傘と一緒に帰ることになった。結局、台風はまったくひどくならず肩透かしで終わった。そのときの友達や家族とのやりとりのなかで「こっちは台風、週末にくるから」と何人かに言われた。そうか、と思った。福岡と東京とでは、台風が到来するのに2、3日のタイムラグがあるのか、と。そんなあまりに当たり前のことを意識せずにいた。はじめて自分がいる場所と東京との「遠さ」を感じた。自分だけ別の場所にいる。疎外感というか、なんというか。少し寂しかった。

 地理的に離れているという現実をスマホが覆い隠してくれていた。どこにいても変わらず連絡が取れる。これまで通りにインターネットで検索もできるし、動画も見られる。けれども、僕らは別々の場所にいる。これまで生活のなかで何気なくしていた天気の話が、遠く離れてしまうだけで噛み合わなくなってしまう。当然のことなのだけど、その当然のことを僕は気にせず生活できていた。

 福岡に住み始めてみて、福岡はアジアの一部であるという自覚が強いような印象を受けている。福岡出身の人と喋って受けた印象というよりも、例えば、福岡市総合図書館では、アジア各国の貴重なフィルムの収集や保存を行っているようだし、そのアーカイブを公開するための映像ホールも図書館のなかに設備されている。それに福岡アジア美術館という名称にアジアの文字が含まれている美術館もある。また、記憶が朧げなのだけど、TERAの課外活動で子どもたちと訪れた北九州市立美術館では、開館してすぐに実施した企画展(たしか第1回だったと思う)が「中国の漢唐壁画展」だったはずだ。最初の企画展が日本の作家や文化の展示ではなく、別のアジアの国の昔の壁画なのか、と気になった記憶がある。アジアとの文化的な接続を意識していることがよくわかる。

 東京に住んでいるとアジアとの物理的な距離も遠く、近くの海といえば日本海ではなく太平洋だった。海の向こうにアジアの国々を感じることはなかった。むしろ、東京や関東は、東京だけで、関東だけで、閉じているという印象が強いように思う。それに東京はいまだにアジア諸国よりもアメリカやヨーロッパへの意識のほうが強いように思う。僕自身も、無意識のうちにその磁場のなかにいたのだな、と改めて気づかされた。

 海がすぐそこにあって、その向こうにアジアの国々がある。他の国々と海を挟んで隣り合っている。ここはアジアの一部である。そういう感覚を福岡に来る前の生活のなかで感じることはなかった。これは僕の思い込みなのだけど、福岡で見かけるアジア系と思われるの人たちからはふらっと隣町へ来ているようなラフな雰囲気を感じてしまう。むしろ、僕のなかでアジアとの距離が近づいたのだと思う。僕もふらっと、アジアのどこかの国へ遊びに行こうかなという気分になってくる。

 まさか、引っ越しという地理的な移動が僕にこういった印象を抱かせるとはまったく予想もしていなかった。僕が生まれ育った場所は近くに海もなく丘陵地帯だったのでスマホで地図を見るときにいま自分はこんなにも海の近くにいるのか、といまだに驚いている。時々、夜中に少し歩いて海辺へ行ったりしている。夜の海の前でひとりになれる時間はかなり気に入っていて、心地がいい。近所に海があるという生活のなんともいえない開放感を日々味わっている。

(横田)

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