イギルの伝説
トゥバ共和国には民族楽器「イギル」の伝説があります。筆者が知るだけでいくつかの話が存在しますが、著名な音楽グループ「アラッシュ」のホームページに掲載されている以下の英語のテキストから日本語に翻訳しました。なお英語から翻訳しましたが、基本的に同じ話が掲載されたВ.Ю. СУЗУКЕЙ / МУЗЫКАЛЬНАЯ КУЛЬТУРА ТУВЫ В XX СТОЛЕТИИも参照し、説明が必要と判断したものに関しては筆者が注を付けました。
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ある馬の物語
このイギルについての物語は、1917年にトゥバ西部のスト・ホル(※トゥバ語で「ミルクの湖」)近くのアルダン・マードゥル村に生まれたオールジャック・コンブ・チャルツェヴィチによって語られたものである。トゥバの多くの物語の主人公であるオスクス・オールが登場する。
(※オスクス・オール/ Ösküs-oolはトゥバの民話に登場する伝統的なキャラクターで、ポジティブなヒーローである)
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昔々、あるところにオスクス・オールという少年がいた。彼は父親と暮らしていたが、父親も年を取っていて貧しかった。所有していたのは3匹のヤギだけ。オスクス・オールの主人であるモンゴルの悪い王子は、痩せた老牝馬を飼っていたが、ある春に子馬を産んだ後、過労のため死んでしまった。モンゴルの王子は「孤児の仔馬のために貴重な草を無駄にするのはいやだ」と言い、その仔馬を草原に連れて行き、狼に食べさせるために捨てるように命じた。
オスクス・オールは仔馬をかわいそうに思い、家に連れて帰り、ヤギの乳を飲ませた。その仔馬は、額に白い星を持つ、力強く俊敏な灰色の馬に成長した。オスクス・オールの馬は、レースで悪い王子の馬を打ち負かし始めた。この馬は人々の間で人気になり、勝つたびにトゥバ全土で有名になった。このことに激怒した王子は、嫉妬と怒りで使用人に命じてオスクス・オールの馬を奪い、高く張り出した崖から突き落とすように仕向けた。
愛馬がいなくなったことを知ったオスクス・オールは、馬を探し続けた。やがて疲れ果てて倒れ、深い眠りについた。
夢の中で愛馬が近づいてきて、人間の声でこう言った。
「私の亡骸は、この険しい崖の下にある。私の頭蓋骨をカラマツの老木に吊るせ。その木で楽器を作り、『イギル』と名付けなさい。イギルを私の顔の皮で覆い、弦と弓は私の尻尾の毛で作る。あなたがイギルを弾き始めると、私の分身が上の世界から降りてくるでしょう」。
オスクス・オールは目を覚まし、馬が夢の中で言った通りにした。イギルを弾き始めると、愛馬がまだひょろひょろの子馬で草原を駆け回っていた頃の幸せな日々や、たくさんのレースに勝つまでに成長した姿が思い出された。
彼のイギルは幸せそうな音だった。そして、オスクス・オールが愛馬がもう生きていないことに涙を流すと、イギルも一緒に涙を流しながら演奏した。
オスクス・オールは王子のことを考えると腹が立ち、その悲しみと怒りがイギルの音色に表れた。オスクス・オールは長い長い間演奏し続け、近くの人々も遠くの人々もその演奏を聴きにやって来た。人々はそれを聴きながら、彼とともに笑い、泣いた。
突然、高い山の頂上で雲が分かれ、頂上から額に白い星をつけた大きな灰色の馬が降りてきた。牡馬は一頭ではなく、その後ろからオスクス・オールの愛馬と同じように黒と白の顔をした力強い馬の群れがどっと降りてきた。
(翻訳終わり)
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※資料を参照したトゥバ共和国の音楽学者である著者のヴァレンティーナ・スズケイ氏によると、トゥバ人は馬の頭蓋骨を地面に投げず、必ず木にぶら下げるようになり、その伝統は1940年代までトゥバで守られていたそうです。
画像引用元:https://www.alashensemble.com/Instruments/igil/igil_folktale.htm
写真は木から馬の頭蓋骨を切り出し製作した珍しいイギルと、そのイギルを弾くアラッシュの初代メンバーでもあるマイオール・セディップ氏。