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「クレヨンしんちゃん」の野原家が、車でショッピングモールに来る理由。

先週、仕事で「ららぽーと富士見」へ出かけた。そこに出店する某アパレルブランドの取材だった。池袋から東武東上線の「鶴瀬」まで約40分。駅前からバスに乗り、10分で到着する。バスは5分おきに出ているのでとても便利だ。

行く場所が初めての時は、1時間くらい早く着くようにしている。遅刻を避けることもあるが、何よりその街やビルの空気感を掴んでおくためだ。ブラブラ歩きながら、これから会う人はこういう所で仕事しているのかという実感があると、話もうまく進むような気がする。銀座にあった伝説のバー「クール」のバーテダー・古川さんが、開店前に必ず銀座を散歩し、銀座の空気をいっぱい吸ってからカウンターに立ったという例に倣ったものだ。

鶴瀬駅からは、タクシーではなく路線バスに乗る。入ってくる情報量が多いからだ。窓からぼんやり外を見ると、同じような建売住宅が延々と続く景色が広がっている。所々に外食店舗やさまざまなディスカウント業態のチェーン店もある。典型的な首都圏郊外の風景だ。5kmほど先には、川越街道と交差する形で国道16号線が走っている。

柳瀬博一さんの著書『国道16号線 「日本」を作った道』には、バブル崩壊後の1990年代に本格化した日本のモータリゼーションが首都圏の消費構造をいかに変えたか、が詳しく書かれている。都心に立地する百貨店が凋落したのに対し、国道16号線沿いには、トイザらスやコストコ、ブックオフ、IKEAなど、ディスカウント業態が続々と誕生した。イオンなどの大型ショッピングセンターも、その代表例だ。

郊外立地のショッピングセンターは、自動車で来店するお客のために無料の大型駐車場が用意され、低層で1フロアの面積が異常に広いという構造になっている。世田谷の桜新町に住む「サザエさん」は都心型百貨店へ電車で買い物に行くが、16号線沿いの春日部に住む「クレヨンしんちゃん」の野原一家は車で移動し、ショッピングモールで1日を過ごす。その連載が「漫画アクション」で始まったのは、まさに1990年である。

この日訪れた「ららぽーと富士見」は、2015年にオープンした。ただ1号店がオープンしたのは遡ること30年前の1981年で、「船橋ヘルスセンター」の跡地を三井不動産が再開発したものだ。「ららぽーと」の本格的な展開は2005年以降で、首都圏では柏・横浜・春日部・三郷・富士見・海老名・立川など、いずれも16号線が通る地域に出店している。バブルで破綻した「そごう」や「マイカル」が都市型百貨店のコンセプトをそのまま郊外に持ち込んで失敗したのに対し、「ららぽーと」はモータリゼーションに最適化した店づくりをした。この辺が三井不動産の真骨頂だったと思う。

「ららぽーと富士見」は、富士見川越バイパス沿いの富士見市役所向かいにある。約300のテナントが入居する北関東の旗艦店である。バス停から一番近い入り口を入ると、すぐにマクドナルドとコメダ珈琲店、ミスタードーナッツ、ケンタッキーフライドチキンが両側にあり、その先に巨大なヤオコー、そして各種専門店が視線のはるか先まで続いている。とにかく広い。都内の食品スーパーや専門店でしか買い物をしない僕からすると、その規模の大きさにまず圧倒される。

仕事は2時間ほどで終わった。帰りがけにヤオコーでお弁当を買い、フードコードの席で食べることにした。平日の午後の早い時間だったせいか、全体的には高齢者の姿が目立つ。やはり郊外も高齢化の波が押し寄せているのだろう。

首都圏郊外は少子高齢化の影響で、どこも老いが進んでいる。人々が都心のマンション群へ回帰し、衰退しつつある街も多い。しかし一方で、14歳以下の子供を抱えた子育て世代が郊外へ移り住み始めているのも事実だ。14歳以下の転入者数が多い街のベスト5は、流山市・柏市・町田市・印西市・小平市である。子育てをするなら、都会と郊外のいい所取りをした16号線沿いの街に済むのも賢い選択だ。そしてコロナ禍のリモートワークの定着が、この動きを加速させている。

首都圏の街や郊外は、これからどうなっていくんだろう。そんなことを考えていると、ワークマンの土屋専務の話を思い出した。

土屋専務が本社へ出社するのは月・火の2日だけ。残りの3日間は全国のワークマン加盟店か出店候補地へ出張している。社長や専務は会社にはいなほうがいいらしい。出店候補地を訪れる時には、必ずGoogleマップで予習をし、路線バスがあれば必ず利用する。乗客の姿から客層を推測し、乗降数や人の往来、商店の様子などから、その商圏の活性度を推し量るのだそうだ。

目的地に着くと、近辺の施設や道路の状況を見る。10分間の車の往来から1日の交通量を計算し、1万台以下だと「ワークマン」、1万5000台だと「ワークマンプラス」、「ワークマン女子」はそれ以上でないとダメと、出店業態の当たりをつける。さらに車が時速60kmで走っている道路沿いは出店には向かず、40kmくらいならOKという判断基準も持っている。

もちろん食べ物屋や食品スーパーものぞいて、メニューや品揃え、客層をチェックする。高齢者が多い街は将来性が乏しく、ファミリー層や女性向けのお店が多ければついで買いが期待できる。男性の職人は目的買いで来店するが、「プラス」と「女子」に来店する女性客にはついで買いを前提にした店づくりが必要だからだ。

そんな話を思い出しながら、「ららぽーと富士見」を後にした。街はどんどん変わっていく。10年ぶりに訪れた懐かしい街が、高層ビル街になっていてビックリすることも度々だ。だけど変化する街を感じながら仕事をし、生活するのが、きっと同時代を生きるということなのだ。

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