悪いことをしないこと
「たとえ過去に間違いがあったとしても、
それを誤りや過ちと認めるなら、
その人は許されるでしょう。
そうでなければどうでしょう?
間違いを認めるなら、
それは正しいことをしようと言う決意と言えるでしょう。
だからそれは懺悔であり、改悛であるので、
許されるべきです。
しかし、正しいことを守るのは口では易しくても
実際にするのは困難が伴うでしょう。
だから、それを守れることが善性の証明です。
そうでないなら悪性です。
仕方がないでしょう。」
「そうですね。
では、善性を守ることができるなら結構です。
できないなら、どんな意味です?」
「悪いです。」
「そうですね。」
「そうでしょう。」
「悪いことをしたと言うなら謝罪が必要ですね。」
「そうでしょう。」
「そうですよね。」
「自分が悪いと思わないなら、それが正しいのではないか?」
「そうでしょうか。
なら、正しいことをすればいいでしょう。」
「どうでしょう?
これは正しくないかもしれないですね。
悪いかも知れません。
前もって謝っておきます。」
「自分にとっては悪くなくても、
それで悪くないとは証明されてませんね。」
「という訳で誤解があると言うべきではないですかね?」
「そうですね。
多分そうです。」
「なぜそうなるのでしょう?
齟齬がありますね。」
「自分にとってはそうであってほしいと思うと
それだけでもう
既にそうなっていると錯覚するのでしょう。
そんなことがあり得ますよね。
そんな認識の甘さが人間的ですかね?」
「これは誤解の暗礁ですね。
気をつけるべきです。」
「であるとするならどうすべきでしょう?」
「何が正しいかよく確認することですね。
間違いが潜んでいるかもしれません。
それを忘れてはいけませんよ。」
「そうですね。
気をつけましょう。」
「認知バイアスとかでしょうか。
認知の歪みですかね。
ただ読むだけでは分かりません。
実証が必要です。
それが普通だと考えるべきではないでしょうかね。」
「そうですね。
そうあるはずではありますね。
それで正しいでしょうか?」
「分かりません。
そうあってほしいことと実際にそうであることは
それなりに開きのあることですよね。
そうであるなら、
それは誰に聞けばわかるでしょう?」
「誰に聞いても同じです。
自分でよく確かめるしかありません。
そう思います。
それで違いますか?」
「それでいいのではないですか?
ただ証明されていません。
証明は自分ですることが優先されるはずですよ。
ですよね。
違いますか?」
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